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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第一章 僕爆誕
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第一話 赤ん坊になったのである



 ―僕こと登張綾は男だった―



 見た目は女の子みたいだが普通に男だったのだ。スポーツも好きだしゲームも好きだし美味しい食べ物も好きだしかっこいいロボットもドラゴンも好きだ。そしてかわいい女の子も好きだ。


 僕の性愛の対象は女性だったし人並みに性欲もあった。


 中学2年生の頃、性欲と知識欲を満たすために性行をしてみたいという欲求がとてつもなく芽生えた。

 幸いなことにモテた僕は、適当に軽そうな女の子と付き合えたことによってすぐにその欲求は満たされた。そして何度か繰り返して満足したので、爾来そういった行為をすることはなくなった。


 とは言っても僕は男なのだし、性欲がなくなったわけではないのである。



 そんな僕はいま、女の子に抱き抱えられていた。



 年は10代後半くらいだろうか、栗色の髪と銀色の瞳、どこかで見たことあるような美しい顔立ちに豊かな胸、日本人ではないことは確かだ。

 例えるならば絵本に出てくるお姫様のような子だ。


 …いったい誰だ?


 僕の記憶は僕の致命的な失敗で一度締め括られている。

 しっかりと覚えているのだ。トラックが突っ込んできたことも、二人の女性を助けようとしたことも、そしてあろうことかこの僕がそれに失敗したことも。


 状況から考えて僕は生まれ変わったのだろう。

 ここで「夢かな?」とか能天気な発想が出てくるほど僕はマヌケではないのである。



 少女が慈愛に満ちた表情で僕に話しかけてくる。


「anya yabam brusche tta hegsh 」



 …? 何語だ?僕がわからないって相当だぞ。



 僕は基本的に今後必要だと予想される言語は習得してきたつもりだ。その僕がわからないとなれば『①僕が必要ないと判断した言語 ②今までいたのとは別の世界の言語』の2択である。


 視界には彼女の胸と顔しかないが、彼女の薄く化粧された顔、シミひとつない肌、丁寧に手入れされた髪という要素だけで、彼女が文明の全く発展してない秘境の部族という線は切ることができる。

 つまり彼女の話す言語は後者ということになる。


 別にそんなことでいちいち驚きはしない。

 今までいた世界に前世の記憶があるなんて人は基本的にいなかったし、彼女の顔が見えた時点で確信こそなかったものの、なんとなくわかってはいたのである。



「あー」


 とりあえず喋ってみようとしたが失敗。

 声というよりも音が出たといった感じの手応えである。


「wamgtu ioa mg anya!」


 少女の乳首を口に当てられる。

 彼女は母親か乳母なのだろうか?ずいぶん若いし美人だ。



 …くどいようだが、僕は男なのである。


 正直に言おう。赤ちゃんだからとか、あるいは自分の母親か乳母だからとかそう言った理由で、授乳をされるという行為に対しての心の持ちように特別な変化はない。


 そりゃそうである。僕は記憶が残ってるのだから、赤ちゃんと同じ気持ちで授乳されることはできなくて当然だ。


 そもそも、僕にとっての母は優しくてピアノの上手な、もうすぐ40歳になるあの母だけなのである。

 目の前にいる可愛らしい少女を母だなんて思えないし、いくら赤ちゃんになっているとはいえ見知らぬ女性に授乳されることに(いや別に母相手でも)抵抗はある。



 だがあえてもう一度言おう。僕は男なのである。


 美少女に胸を吸えと差し出されれば吸うに決まってる。


 そりゃそうである。僕は記憶が残っているのだから、同年代の女の子の胸を吸えと言われれば吸わないわけがない。


「wamg gmgt ioa mg anya?」


 唐突に胸から離される。

 もしかして僕の下心が顔に出ていただろうか?


「mgd wgagt ioa!」


 そんなこともなかったようだ。

 もう一度乳首を差し出されたので当然吸い付くのである。


 …あれ、もういいかな?


 赤ちゃんにとってはこのおっぱいを吸うという動作もかなりの労力なのだろう。性欲も食欲も満たせるとんでもない行為だというのに「もういいかな?」感が否めない。


 さっき少女が一旦離したのは、もうそろそろ僕がいらなくなる頃だと判断してのことだったのだろう。

 この体については、さっき意識が芽生えたばかりの僕なんかよりも彼女の方が詳しいようだ。


 僕はお腹いっぱいという意思表示の仕方がわからないので、とりあえず乳首から口を離す。

 

「wgm ioa!」


 なぜかもう一度当てられる。いらんって。


「あー」


「mgat dgjt itta」



 相変わらずなんて言ってるかわからないが、僕がもうお腹いっぱいだと言うことはわかってくれたのだろう。

 彼女は立ち上がって僕をどこかに運ぶ。おそらく僕のベットだろう。


「dgm want ioa mg anya」


「うー」


 彼女は僕の頬にキスをしてベットの上に寝かせると、どこかへ歩いて行ってしまう。


 寂しいがまあいい。少し考えをまとめる必要があるし丁度良いとも言える。ずっと猫撫で声で話しかけられて続けられては考えもまとまらないのである。




 …さて、そもそもここはどういった世界なのか…



 ………。


 

 ………………。




 …おっと、腹が満ちたらすぐに眠くなるのかこの体は…。


 

 こんなに眠くては頭も回らないし、仕方ないから寝ることにするのである。




――――――――――――――――――――――――――




 1週間くらいが経過したと思われるが、僕の新しい生活は単調すぎて退屈である。



 僕の1日は件の彼女とその夫と思われる20歳くらいの男性にキスをされて始まる。


 既にキスをされることに対しての抵抗はなくなっている。

 彼女にされるのはもちろん、父と思われる男性にされるのも、男性がとてつもないイケメンということもあって、なかなかどうして悪い気がしないのである。



 彼と彼女が父と母で間違い無いと思う。


 まだ他の人間に会ったこともないし、年齢的にも(母は少し若すぎる気がするが)大体こんなもんだろう。


 母は栗色の髪を肩下までのばし、優しそうなタレ目に銀色の瞳を、父は限りなく黒に近い濃紺の髪を短く刈り揃え、鋭い目には髪と同じ色の瞳を輝やかせていた。



 そして二人とも前世の僕に似ていた。


 母はよく見ればほとんど僕みたいなものである。僕をもう少し穏やかにして髪と瞳の色を変えたらきっとこんな感じになる。最初にあった既視感はそれだったのだろう。


 父は目つきや輪郭こそ違うものの、鼻の形や唇は似ているし、耳の形なんかは僕そのまんまなのである。



 …この両親から生まれたのならきっと、僕は前世と同じように育つのだろう。


 ……同じように背が伸びないのだろう…。


 僕は自分の体なんて見ることができないがそのくらいは嫌でもわかってしまうのである。


 不思議なものだ。父も母も父にも母にも似てないのに僕だけはきっと同じになる確信がある。変わるのは瞳の色と髪の色くらいだろう。

 結局僕はチビから逃げられないのである。



 毎晩僕はそんなことを考えて泣いていた。


 僕が泣いていたら母はすぐにやってきて、抱っこしてあやしてくれるのである。


 赤ちゃんの夜泣きは母親を追い詰めるということはわかっているのだが、それでも泣いてしまう。

 ひっそりと泣くということもできなくて、毎日毎日大声で泣いてしまうのだ。


 そして、あやしてくれる母に申し訳ない気持ちになってきて余計に涙が出てくるのだ。

 あやしてもらうことも、僕が父のようなイケメンには育てないことも本当に申し訳なくなるのだ。



 赤ちゃんが泣いているのにも理由があるのだ。


 うんこが出たからとか、腹が減ったからとかそれだけではないのである。



――――




 キスで始まった僕の1日は退屈だ。



 目が覚めるとすぐに授乳の時間になる。


 この時間はパラダイスではあるが修行でもある。

 散々迷惑を掛けている母の負担を少しでも減らしてあげるために一度で出来るだけ飲んで、授乳の回数を減らすのだ。

 


 そしてうんこをする。


 おしっこはまあ別に出てもほおっておくがうんこは拭いてもらわないと気が済まないし、恥ずかしいとか言っている場合ではないのである。

 


 そして寝る。すぐに眠くなるのだ。考える暇もない。


 腹が減ったくらいに母が来てくれる。で、うんこもする。そして寝る……



 それを繰り返しているとお風呂の時間になる。



 女性に洗われるのだが、別に恥ずかしいとは思わない。

 というのも、とんでもない量の汗をかくし、散々排便もするしで、夜には不快感がマックスなのだ。

 体を拭いてもらうことを僕は、退屈な1日の中で唯一の楽しみにしているまである。



 お風呂が終わればもう1日もクライマックスだ。


 父が嬉しそうに話しかけてきて最後にキスをして寝る。母もキスをして寝る。

 僕の1日はキスで始まりキスで終わるのだ。



「dgm want ioa mg anya」


 これはお休みという意味だ。


『jntt want ioa mg anya』がおはよう『dgm want ioa mg anya』がおやすみ。これだけはこの1週間でわかった。

 文法も、どの単語がなにかもわからないがjnttが朝でdgmが夜とか多分そんな感じだ。



 僕は紳士なので挨拶は返す。



「あにゃー」



 最後のanyaは発音がしやすいのである。





――――――――――――――――――――――――――







「びゃーーーー!!!」

 腹が減ったのである。



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