第二十二話 僕は男?なのである
食事会のメンバーは僕、ラファ、ママ、トゥリー、カラさん、ハロルド、ハロルドパパ、ヨモンド、ティア、カチュア、ヘロンさん、妾の計12人である。まあどうせラファとヘロンさんとカチュアはそこだけの空間ができるので9+3だ。
学校はナスフォ街の北西部に位置している。3つの地域から通いやすい場所に建てられたようだ。
街長の家は街の中心よりも少し南の位置にあるため、学校から20分弱歩くことになる。初登校で疲れたハロルドとティアには少し厳しい道のりだ。
校門をでて、大通りを真っ直ぐに進むとナスフォ街のセンター通り――『アトリス通り』に出るのである。
アトリスというのは『馬車』という意味だ。
学校前の大通りは両脇に街路樹が植えられた、緑溢れる落ち着いた通りなのだが、アトリス通りは両側を様々なお店で囲まれた賑やかな通りである。
人通りはそれなりにあるが、馬車は馬車道とかいう名前のわりにほとんど通っていない。田舎なんてそんなもんだ。
アトリス通りを進めば街役所のある大きな広場に出る。
アトリス通りを含め、ナスフォ街の主要な道路はこの中心広場に繋がるようにできている。
中心広場の中心は噴水のある公園になっていて、子供たちが遊んでいたり、老人が休んでいたりする。旅の行商人はここに馬車を止めて商いをするし、晴れている日には、ハンター同士の情報交換なんかも行われていたりする、街で一番賑やかな場所なのである。
中心広場から南に伸びた『イオア通り』は、金持ちの住む住宅街なのである。ここに街長邸宅がある。
イオアというのは『すごい』という意味だ。古文の『をかし』とか現代の『神』くらいのニュアンスである。
イオア通りは馬車がすれ違える程度の幅があるそれなりに大きな通りだ。両サイドには庭付きの豪邸が並んでいる。
その中の、白い壁にド派手な金色の装飾がされた一際豪華な建物が街長邸宅なのである。
ギラギラした金色の門とド派手にガーデニングされた庭が異彩を放っている。
僕はガーデニングに詳しくないのでよくわからないが、きっとすごい人がやっているのだろう。かなり沢山の派手な色の花を使っているのに、ガチャガチャしたくどい感じはなく、統一感のある一つの作品にまとまっているのである。
――――
「…うちの庭はお母様ががお手入れして下さっているのです。…と、とっても美しいでしょう?」
街長邸宅に到着すると、ティアがなぜか怯えたような様子で僕に自慢の庭を紹介してくれた。
…あーなるほど。庭の手入れは妾がしているのかー。
まあそう言われてみれば納得である。
妾は派手なのが好きな感じだし、ガーデニングとかも得意そうな感じの顔をしている。
僕は別に嫌いな人間だからといって、その人の全てを否定したりはしないのである。
妾のことは嫌いだが、彼女の手入れしている庭が美しいことに変わりはない。妾にだっていいところも勿論あるのだ。
「……アーニャがお母様のことをよく思っていないのはわかっています。お母様にも悪いところはありますし…仕方ないとは思うのですが……………そ、それでも私っ、私は!2人ともが大好きですので………その、な、仲良くなって欲しいです…っ…!」
…驚いた。
妾に対する負の感情はバレていたのか。
バレないように隠しているつもりだったのである。
それに、ティアが『お母様にも悪いところがある』なんて言ったことにも驚いた。ティアは、自分や母親を否定するようなことを絶対に言わないと思っていたのである。
「リシア様もティアも同じで、ただ不器用なだけなんだ。プライドが高くて、人を見下してしまうところもあるとは思うが、2人とも悪人なんかじゃない。そのプライドは気高さゆえなんだ」
僕ってそんなに態度に出やすいほうなのだろうか?
ヨモンドが震えるティアの頭にポンと手を置いてお兄ちゃんしているところを見るに、今僕が心の中でティアに対して抱いた感想もヨモンドにはバレているのだろう。
そういえば、ヨモンドは初めて会った食事会の時からティアのことを嫌っている様子はなかった。あそこまで馬鹿にされていたのにもかかわらずである。
僕に言わせればヨモンドはお人好し過ぎると思う。
ティアのことは好きだが、もし僕がヨモンドの立場だったとして、妹にあんな態度を取られたらしっかりと教育を施すし、妾にあんな態度を取られたらしっかりと始末する。
「……私だって子供にここまで言わせて何も思わないほど愚かではありません。――私のあなた方一家に対する全ての無礼を謝罪致します。申し訳ありませんでしたわ」
複雑そうな表情で妾が深々と頭を下げて謝罪をしてくる。
プライドの高い妾が田舎者と見下していた――それも6歳の子供に頭を下げると言うのは相当なことだろう。
僕とてその想いを無下にするほど人でなしではない。
僕にも悪いところはあったし謝罪をするのである。
「私は正直に言ってリシア様のことを妾だと思って見下していました。頭を上げてください、無礼だと言うのであれば私の方が無礼でしたでしょう。ティアに気苦労をかけてしまったのも私の責任です。大変申し訳御座いませんでした」
「!? あ、あなたは少し正直過ぎますっ!!!私は妾なんかではなく正式な第二婦人ですわ!!!」
リシアは真っ赤になった顔を上げて抗議をしてくる。
変なバイアスをかけずに改めてリシアを見れば、ティアに似たかわいらしい人である。
なんだか僕はとんでもない誤解というか、ミステイクをしていたようだ。要するにツンデレのツンの部分しか見てないだけのくせに嫌いになっていたわけなのである。
「えへへ、よろしくお願いしますリシア様。ティア、心配をかけてごめんね?それにティアの大好きなお母様に失礼な態度をとってごめんなさいでした」
「……私はちょっと怒っているのですぐには許しません…」
ティアはもちもちのほっぺを膨れされて怒っている。
本気で怒っているのだろうが、かわいいだけなのである。
ティアにしてみれば、自分の母親が友達に妾呼ばわりされていたのだから怒って当然の話だし、許してくれるまで気長に待つのである。
…周りの大人が僕のことをすごい顔で見てきているが、それは気が付かないふりをすれば問題ないのである。
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街長邸宅にはメイドさんが働いている。
何人働いているのか、どんな仕事をしているのかはわからないが、とりあえず門から食卓までは案内してもらえた。
メイドとはいってもあの『メイド服』なんて着ていない。
若草色のミモレ丈ワンピースに、白いエプロンをつけていて、ワンピースの袖口も白になっているので清潔感があるし、メイドとして問題はない服装だとは思う。
しかし、僕は男なのである。
正直メイドさんには『メイド服』を着ていて欲しかった。
男なら僕の言いたいことがわかるはずだ。問題があるとかないとか、そういう次元の話じゃないのである。
まあ、文句を言っても仕方がない。
いつかラファが大きくなったらメイド服を着せて猫耳をつけよう。黒髪ロングのつり目猫耳メイド(妹)なんて属性モリモリのパーペキである。
かなり思考が脱線したが、何が言いたいかというと、街長家のメイドさんの服は問題こそないが、街長家の外観と比べるとかなり地味だったのである。
ただ、そんな違和感は家の中に入るとすぐに消え去った。
街長邸宅の外装は派手だったが、内装はそうでもなかったのである。
レッドカーペットが引いてあるようなことも、シャンデリアがぶら下がっているようなこともなく、それなりに豪華な感じの普通の家だったのである。
僕がキョロキョロしていたら、ヘロンさんが教えてくれたのだが、街長宅の外装を豪華にしているのは街の民を安心させるためらしい。
これだけ豊かな生活をしているんだよと、街の民に見せることも街長の仕事なのだそうだ。
ただ、外装ほどは豪華ではないとはいっても、内装だって我が家と比べれば十分に豪華である。
壁は木ではなく何かしらかの綺麗な石でできているし、食卓には真っ白なテーブルクロスが引かれていて、その上にはシルバーの食器が並んでいる。
厨房の方からいい匂いもするし、昼からなかなかに上等な料理が食べられそうなのである。
――――
「ティア隣いい?」
「…私は怒っています」
「……だめ…?」
「べ、別に、ダメではないです!」
ティアはまだ怒っているようだが、嫌われてしまったわけではないので、やっぱり僕はぐいぐい行くことにした。許してもらえるまで待つというのは性に合わないのである。
……どうしよう。ティアの膨らませているほっぺがかわいくて、どうしてもつまみたくなってしまった。
つまめばまた怒られるのなんてわかっているのだが、どうしてもつまみたいのである。
…えいっ!
「!?」
! ぷにっぷにだ!!
「わ、私は怒っているんです!」
ティアはやっぱり怒ってしまった。
今度は頬をつままれないように僕とは逆方向に顔を向けてしまったのだが、そうなると今度はゆらゆら揺れてるポニーテールが気になってしまうのである。
うーん…ポニテで遊んだら怒られてしまうだろうか?
「お!がはは!すげー!!すげーごはんがきたぞ!!おれこんなの食べるのはじめてだ!!でもこんなんじゃ足りないぞー!!」
僕が葛藤をしていると、ハロルドが大声で騒ぎ出した。
ランチコースの一品目が来ただけなのだがら、ハロルドが足りないと思ってしまうのは当たり前のことだ。
ハロルドはコースというものが初めてなのだろうし、勘違いしてしまうのも仕方がない。
誰もハロルドの言動を不快になんて思っていないが、ハロルドパパは血相を変えて、ヘロンさんとリシアに謝っている。父親としては、息子の言動を見て情けない気持ちになってしまったのだろう。
…流石にいまポニテで遊んだらまずい。
興奮したハロルドと慌てふためいたハロルドパパを見ていたら、なんだかすごく冷静になれた。
危ないところだったのである。このタイミングでポニテで遊んだりなんてしたら、今度こそティアの機嫌を完全に損ねてしまっていたかもしれない。
出てきた料理を見てみると、僕の分の量ががちゃんと少なくなっている。僕は食べられもしないくせに「僕だけ量が少ないなんて失礼じゃないのか!?」なんて言うような性根の腐った人間ではない。素直に心遣いに感謝するのである。
果たしてこの心遣いは、ティアのものなのだろうか?ヨモンドのものなのだろうか?リシアのものなのだろうか?
ヘロンさんという選択肢はない。
ヘロンさんはこの前の食事会のとき、あまり僕のことを見ていなかったはずだ。実際、今日もすでにラファ軍団が完成して3人だけの世界ができている。
個人的にはリシアのものだといいなーなんて思っている。
だって僕の知らないところでデレてたなんてことがあったらかわいいじゃないか。
「すまないアーニャ。料理係にアーニャの食事の量を調整するよう言ったのは僕だ。本当にすまない、こうして食事が並ぶまで失礼なことだと気がつかなかった…」
……別に心遣い自体はありがたいんだけど、なんか、ちょっと。わるいんだけどさ、ヨモンドでがっかりしたよ。
ヨモンドは僕が怒っているんじゃないかと思っているんだろうか?本当に申し訳なさそうにしているのだが、そんなに器の小さい人間だと思っていることの方が失礼な話である。
「料理を減らしてくれた心遣いはすっごく嬉しいんだけど、ヨモンドは私のことをこんなことで怒るような人だと思ってたの?」
「!? ち、ちが!いや、うん。いや、アーニャがというよりも、僕がというか、そのだな。あーちょっと難しいな、なんて言えばいいんだ?い、いや、とにかく!アーニャがこんなことを気にするなんて思ってはいない!ただだな、僕にも立場があるというか、それで、よくなかったと思っているというか、なんというか、そんな感じだ、うん」
ヨモンドはものすごい早口でなんか言い訳をしているが、結局何を言いたいのかよくわからない。
よくわからなかったが、今のは明らかに図星をつかれた時の反応である。つまりそういうことだ。
「ふーん」
「!ほ、ほんとだぞ!!僕が器の小さい人間と思われたくないから謝罪しただけで、アーニャのことをそんな人だと思っていたわけじゃない!!」
ふーーーーん。
「……まあ粋な心遣いに免じて、今回はそういうことにしておいてあげるよ」
「俺はヨモンドの言いたいことがわかったよ。アーニャはわりとこういうところがあるから、あまり気にするな」
なんかトゥリーが急に偉そうなことを言い始めた。
ヨモンドにだけじゃなく、僕に対しても若干上から来てる感じがなんとも腹立たしいのである。トゥリーのくせに。
「あ、ありがとうトゥリー。その、アーニャ、本当に僕はお前のことをそんな風には思っていないからな?」
「はいはい」
僕は心まで女の子になってしまったのだろうか?
なんだかパパの言い訳を聞いている時のママの気持ちがよくわかった気がする。機嫌を取ろうとしてばっかりの、上っ面だけ取り繕ってる感が見え見えなのである。
ヨモンドとトゥリーがなんかアイコンタクトで通じ合ってるのもムカつく。女って面倒臭いよなって言っているような気がするのだ。
実際僕が前世で似たような態度をとっていたときは、大体そんなことを考えていた。男と違って女っていうのは本当に面倒臭い生き物なのである。
…ん?あれ、僕も面倒臭いと思っていた?
……………もしかして僕って面倒臭い女??
…アイデンティティクライシスなのである。
一方カラはリシアで遊んでいます。




