閑話 大嫌いな季節
本編の幸せなテンションとはかなり違います。飛ばして下さってもストーリーには何の問題もありません。
単に『第三貴族』とはいっても全ての家が対等なわけではない。
ガフェト・ラクスビア戦争でトールマリス王国に滅ぼされた王族の末裔である第三貴族は、トールマリス王国に齎した被害や、軍門への下り方、又はその種族によって身分の差が確かに存在する。
例えば、人族であり早期に降伏をしたデイビス家は第三貴族の中でも最上位の名家であり、領地こそないものの下手な第二貴族よりも資産を持っている。
逆に、魔族であり最後まで徹底抗戦をしたサベイア家は、その武力を削ぐという意味でも生活に必要と考えられる最低限度の資産しか与えられていない。
エルフであるカルモンテ家は、デイビス家やウルガン家と並んで第三貴族の中でも最上位に位置する名家である。
見た目の特徴として雪のように真っ白な髪と凍てつく氷のような瞳、人族とは違う尖った耳などが挙げられるが、最大の特徴はその人間離れした美しさである。
陶磁器のような白肌、すらりと長い手足、顔立ちは個人個人で違いはするが、人族では絶対に生まれ得ない美しさを全員が持っている。
カルモンテ家が優れているのはその見た目だけではない。
これはエルフという種族全体の特徴なのだが、平均して人間の5倍以上の魔力量を持ち、必ず何かしらかの魔術の才能を持って生まれる。
持って生まれる魔術の才能は遺伝によって決まっており、カルモンテ家の子は『氷』の魔術の適性を持って生まれる。
……ただ、ほんのごく稀に『氷』の他の属性にも適性を持つ者が生まれてくる。
スノウ・カルモンテは氷属性に加えて『炎、水、土、木、風、雷、音、光、闇』の属性の適性を持つ――全ての魔術を使える稀代の天才であった。
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「いいかスノウ?エルフであるカルモンテ家にとって魔術の才を活かすということこそが、王家の大恩に報いさせて頂くことのできる最大の手段なんだ。正統な後継であるお前に初等教育学校に行かないなんて選択肢は最初から存在しない」
…別に、私に行かないという選択肢はあるはずですよ。
あなたが無理矢理奪っているというだけです。
「そもそも何がそんなに嫌なんだ?お前には他のどんな人間よりも優れた圧倒的な才能がある。学校に行けばそれぞれの分野の専門家に教わることで、お前のその素晴らしい才能はさらに煌びやかに花を咲かせるはずだ!それに、お前のその才能を明るみに出すことは周りの人間に――いや母国全体に必ず良い影響を与える!」
私は自分の才能にも王国にも興味なんてありません。
「…隠しているつもりだろうが、お前が10属性全ての属性に適性を持っているだけでなく『固有魔術』まで持っていることも私は知っているぞ?…なあスノウ、お前が学校に行きたくないのはその固有魔術のせいなのか?私にお前の固有魔術を教えてはくれないのか?」
この『眼』は世界中の何よりもずっと私に優しいですよ。学校に行きたくない理由のはずがありません。
「どうして何も言わない?ずっとそんなに反抗的な目で見られたところで、口で言わなければ私には何もわからないんだ。わからなければどうすることもできない」
…別に、何を言っても結論は変わらないじゃないですか。
あなたに私を無理矢理学校に行かせる以外の選択肢は最初からないくせに、どうするも何もないでしょう?
「……いいかよく聞け?お前は初等教育学校から高等教育学校まで12年間勉強をした後に、王国の騎士団に入団させて頂く。死ぬまで王家のために務めさせて頂くのだ。魔術を求められれば魔術を、体を求められれば体を!全てを王家に捧げるのだ!!お前の優れた才能も、美しい容姿も全ては偉大なる王家のお陰で存在しているのだから、当然全て王家のために使わせて頂くのだ!!喜ぶべきことだろう!?王家にそれだけのものを捧げられる者などこの1200年間に1人としていなかったんだぞ!?それなのにどうしてお前はそんな態度が取れる!?いいから黙って私に従え!王家のために全てを捧げろ!!!わかったな!!?」
「わかりませんよ、別に」
「―――っ!!!お前が何と言おうと1月後は王国立初等教育学校の入学式だ!!引きずってでも入学させる!!――ヨハ!このクズを座敷牢に叩き込んでおけ!!!!!」
「っ、し、しかし!お嬢様は今朝座敷牢から出られたばかりです!体が持ちませ―」
「持つに決まっているだろう!?こいつは光の魔術も使えるんだ!貴様の下らない情のせいでこのクズはこんなにも愚かに育ったんだ!!こいつがまともに育つまで責任を持て!!そんなに家族を路頭に迷わせたいのか!?」
「…っ…か、畏まりました……行きましょうお嬢様…」
「…あなたは、あなたとあなたの家族のことだけを考えていればいいんです。私は大丈夫ですから気にしないで下さい」
「……っ!…ごめんなさい…ごめんなさぃ……」
大丈夫ですよ、私にはこの『眼』がありますからあなたの事情はわかっています。
あなたは自分と自分の家族に美味しい食べ物と暖かい部屋を与えるためなら、私にどんなことでもする人ですから。
私に謝って自分を慰めるのはやめてくれませんか?
結局牢屋に入れるくせに善人面しないでもらえませんか?
よくもまあ、私が冷たい石の中、全裸で豚の餌を食べているのを知っていながら、温かい部屋の中で家族と幸せそうにステーキなんて食べられますね。
あなたが謝罪をしたところで私の苦しみは変わりません。
むしろあなたの自己満足の謝罪を聞くと吐き気がします。
――やっぱり春なんていいことありませんね――
少し地表の温度が上がったところで地下牢の温度なんて変わりませんし、いいことなんて一つもありません。
学校なんて行ってもどうせ嫌なことしかないですし、地下牢の方が誰も傷つけないだけまだマシです。
それでも私が学校に行かないことはできないでしょう。
私はバカなので、『学校に行かないなら母と弟を殺す』とか言われれば行ってしまいます。
父はいざとなればそのくらいやる人間ですから。
…別に、母も弟も好きなわけではないんですけどね。
私はバカなので、抵抗しても無駄だと分かっているのに、無抵抗のまま学校に行くなんてことはできません。
…別に、まあ何でもいいんです。
私にはあの人との思い出だけで十分ですから。
スノウの『眼』は対象の過去を読み取るだけのものなので、心や思考は読めません。




