第二十話 入学式なのである
『入学式』と聞いて一番最初に思い出すのは一体どの入学式であろうか?
記憶に新しいもの思い出すとしたら、大学か高校の入学式であろうが、印象に深いものから思い出すとしたら人それぞれといったところだろう。
僕の場合は記憶に新しい順でいくと高校の入学式なのだが、個人的には小学校の入学式を一番最初に思い出す。
玄関で母親と写真を撮ってもらう男の子としては少し面倒くさい時間、初めてランドセルを背負って学校に向かう道のり、近くの公園で見かけた満開の桜、入学式と大きく書かれた立看板、暖かく迎え入れてくれる先生、新しく出会う友達、幼稚園とは全く違った形の教室、自分だけの座席、エトセトラ…
細かい部分まで鮮明に覚えているのはやはり、それだけ印象的だったからなのであろう。憧れの小学生、少し大人になった気分で迎えた幸せな朝の思い出は色褪せることがない。
初めて体験した『入学式』にはそれほどまでに特別なインパクトがあったのである。
中学校や高校の入学式というのは、どこまで行っても小学校の入学式から学校と年齢だけが変わったものという印象なのだ。
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天暦2538年4月3日、今日は僕たちの入学式の日である。
ナスフォ街の初等教育学校の名前は『ナスフォ初等教育学校』という。そのまんまなのである。
ナスフォ初等教育学校には制服がある。
なんというか説明が難しい形をしているのだが、とりあえず色はネイビーで統一されている。
ちなみに男女で制服に差はない。
下半身の説明は難しくない。
ズボンはギャバジンみたいな素材で作られた、膝上丈のもので、ベルトは鋭黒狼の皮製の黒いものが指定されている。
靴下はカシミヤっぽい素材の白ハイソックスで、ベルトとお揃いのソックスガーターが指定されている。
靴はあまり華美ではなく、運動のしやすい靴なら何でも良いのである。
上半身の説明が難しいのだ。
中は首元の詰まった、ドルマンスリーブの白シャツだ。肩にボタンがついていて上から被って着るような感じで、ベルトとお揃いのサスペンダーが指定されている。ボタンのところでサスペンダーを止められ、ずれないようになっている。
上着は大まかにはピーコートみたいな形だが、ドルマンスリーブでも着られるようポンチョコートになっている。PPコートとでも呼べば良いのだろうか?
素材は短パンと同じもので、杖やらペンやら手帳やらを入れられるようにめちゃくちゃ内側に収納が付いている。
要するにに上半身も下半身も動きやすい形だし、動いても着崩れをしないようになっているのだ。
僕はなかなかにこの制服を気に入っている。
今までの制服はといえば、中高どちらも学ランだったのでこうやって全く違う制服になるのは面白いし嬉しい。それにちょっとおしゃれ感があるところも、動きやすいところも、収納が多いところもグッドだ。
鞄は学校に指定された茶色のリュックサックなのだが、それも気に入った。
サイズも大きいし、魔物の革製なので少し重たいのだが、容量も耐久性も機能性も良いのだから、鞄のスペックを総合的に考えればグッドだ。
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入学式にはガポル村3家族まとまって行くことにしたので、出発前に僕の家に3家族全員が集まっている。
現在我が家では入学式に先立ち、僕の制服姿お披露目式が開催されているのである。
「アーニャ!とってもかわいいわよ!!」
「ああ!!それにすごい大人っぽいな!あんなに小さかったのに成長したなあ…!」
「アーニャちゃんは昔から大人っぽかったけどね!」
「本当に世界一の美人さんだ! こんなにかわいい子が俺に一番懐いてたなんて一生の自慢だな!」
「私の前で別の女を世界一の美人と呼ぶなんていい度胸だなセドルド! ふはは!私と同じくらい美人だぞアーニャ!」
「いや、セドルドはカラちゃんが世界一美人だって言わないとじゃないの…?」
僕のあまりにもかわいい制服姿に、大人軍団はみんなデレデレなのである。大人気なく張り合ってくる人はハロルドママのミネルバさんだ。平常運転なので問題ない。
パパとママがデレデレになることは予想できていたが、セドルドさんがここまでデレデレになるとは予想外だ。なんならパパよりもだらしない顔をしている。
この瞬間を楽しみに今まで試着もしていなかったのだ。ここまでいい反応を貰えれば、我慢した甲斐があったというものなのである。
鏡に映る僕の姿はどこからどう見てもかわいい。
流石に6年生まで同じ制服を着るつもりはないが、3年生くらいまでは着れるように大きめに作った制服に包まれた僕は贔屓目抜きにしてかわいい。
ちんまりとした女児がぶかぶかの制服を着ているのはまるでお人形さんのようで、我ながら抱きしめてしまいたくなるような愛くるしさだ。
サイズ感と制服と女児ブランドだけで十分に可愛いのに、僕は髪型と顔までかわいいのだから反則だ。
濃藍のふわふわしたショートボブにはティアとお揃いのリボンをヘアバンドのように巻き付けている。
トールマリス王国の女性は基本的にロングヘアなのでショートヘアというのは非常に目立つ。
不細工がショートヘアならきっと許されないのだろうが、僕ほど顔面の出来がいいと異端の髪型をしても許されるものだ。村のみんなは勿論、ナスフォ街を歩いていても出会った人みんなが僕の髪型を褒めてくれる。
顔が整っているのは、転生前からなので言うまでもない。
目だろうが、鼻だろうが、耳だろうが、唇だろうがなんだろうがかわいい。左目の下の涙ボクロはちょっぴりセクシーな僕のチャームポイントだ。
さらに今世では自慢のぱっちりおめめに、強者の証たる美しい銀色の瞳が輝いている。可愛さの中にある神秘的な美しさがなんとも魅力的だ。
ここまで見た目になんの不満もないのは超超超とても久しぶりである。いや、もしかしたら初めてかもしれない。
「ラファどう?お姉ちゃんかわいい?」
女の子という生き物は自分がかわいいことなんてわかっていながら、かわいいかどうかを他人に聞くのである。妹だろうが誰だろうが褒めてもらいたいのだ。
ほらかわいいって言いなさいラファ。
「はいはい、かわいいかわいい。 かわいいのはいいからそろそろ行くよ?」
「」
……なんか思ってたよりも塩対応なのである。
まあ、ラファの言っていることは正論だ。
僕としてはこのまま一生鏡を見ていたい気分なのだが、そういうわけにもいかないのである。
僕と親勢はみんな僕を見てニコニコしているが、トゥリーとハロルドは早く学校に行きたくてうずうずしている。ラファは別に学校に早く行きたいというわけではないが時間を気にしている。
確かにそろそろ出発しないと、僕のせいで3人とも入学式からいきなり遅刻してしまうのである。
流石はラファ、僕に似てよくできた妹だ。
……名残惜しいので最終確認だけしておくのである。
「変なところないかな?ちゃんとかわいい?」
変なところなんてないことはわかっているし、ちゃんとかわいいこともわかっている。その上で質問するのである。
薄情なラファとは違って大人軍団は、僕の求めている反応をしてくれるはずだ。
「とーーーってもかわいいわよ!! きっと男の子たちはみんなアーニャに一目惚れしちゃうわね!!」
「パパはアーニャが可愛すぎて心配だよ!!! トゥリーもハロルドもちゃんとアーニャを守るんだぞ!!」
「トゥリー!絶対に変な虫をアーニャちゃんに近づけるなよ!」
ママもパパもセドルドさんもちゃんと僕の求めていた反応をしてくれる。カラさんとミネルバさんとオシヨさんはニコニコ笑って頷いている。大変満足なのである。
よし、いくぞ野郎ども。
もたもたしてないでさっさと靴を履け。
……ラファ、お姉ちゃんのことをなんて目で見るんだ。
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この世界に写真というものはない。
僕としてはこのかわいい僕を永遠に収めておきたいし、いろんなスポット全てで写真を撮りたいのに、それができないのである。
必要ないと思っていたときにはあったものが、いざ必要だと思ったときにはないというのは、人間生きていればよくある話なのである。
さて、家から学校までは歩いて大体30分くらいかかる。
6歳児が荷物を背負って歩くにはなかなかハードな距離であるが、僕やトゥリーからすれば全く問題ではない。
というのも、魔導をそれなりに鍛えてある僕らからしたら荷物なんて大した負担でもないし、体力作りだってかなりしているので30分歩く程度なんてことはない。
だが、ハロルドは違う。学校到着前にもう疲れた様子だ。
「ハロルド大丈夫?」
まあ、大丈夫じゃないと言われてもどうしてあげることもできないのだが、それでも聞いてあげるのが人情というものなのである。
荷物くらい持ってあげてもいいが、ハロルドとしても荷物を持ってもらって登校するというのはプライドが許さないはずだ。
「ちょっと疲れたけど平気だぞ!!それに毎日歩けばなれるから大丈夫だ!!」
疲れてはいるけど、それほど限界というわけではないようだ。この様子ならハロルドが言うように毎日歩けばすぐに慣れるだろう。
「ほら、もう校門が見えたぞ!あと少しだ!」
パパはハロルドを応援すると言う意味でテンションを上げているといった感じではなく、純粋に入学式が楽しみでテンションMAXといった感じだ。まったく、子供なのである。
ん?
校門を挟むように生えた桜の木の下に、見たことのある人影が4人立っているのが見える。
見間違う筈がない。あれは愛しのティア一家である。
ティア一家は向かって右側の木の下で誰かを待っているようだ。いや、誰かというか僕を待っているようだ。
大きな声で叫んで手でも振りたいのだが、向かって左側の木の下にも同じく待ち合わせをしているような家族がいるのでちょっと恥ずかしいし、やめておくことにする。
とは言っても僕は、はやる気持ちを抑えることができないのでティアのもとへ走って向かう。
「? アーニャちゃんどうしたの?」
「アーニャトイレか?走ったら危ないぞー」
僕以外の人は気が付いていないようだ。
パパが気が付かないのはどうなのかと思うし、女の子にトイレか?とか聞くのもどうかと思う。
! お、ティアが僕に気が付いたようだ。
ぱたぱたと僕の方に走ってきてくれる。かわいい。
「ティア!会いたかった!制服すっごい似合ってる!すっごいかわいい!」
ティアは当たり前だが僕と同じ制服を着ている。
サイズ感も僕とそっくりなのだから同じようにかわいいし、お揃いのリボンでまとめたポニーテールもかわいいし、顔もかわいい。僕に久しぶりに会えたことを喜んでるのか、少し赤く染まった頬がまた余計にかわいい。
ティアは僕の両手を握って飛び跳ねて再開を喜んでくれる。手がちっちゃいし柔らかいしでかわいいのである。
「アーニャ!私も会いたかったです!髪も制服もすてきです!とってもかわいいです!」
ティアはぴょんぴょん飛び跳ねながら、僕の褒めてもらいたかったところを的確に褒めてくれる。ぴょこぴょこ動くポニーテールがかわいいのである。
この前お別れした時は『アーニャさん』呼びだったのが、いつの間にか『アーニャ』呼びになっている。本人は気が付いていないようだが距離が縮まったようで嬉しいのである。
大人軍団も合流して挨拶をしている。
セドルドさんたちと街長はあまり面識がないようなのでパパが紹介をしているのだが、今日ヘロンさんはどうやら来ていないようだ。おそらくチビ妹を入学式に連れてくるわけにもいかないからお留守番なのだろう。街の長だというのに謙虚なのである。
「久しぶりだなアーニャ、制服も新しい髪型もよく似合っているぞ。それで、そちらの友人を紹介してもらえるか?」
ヨモンドは相変わらずと言った感じだが、それでも褒められて悪い気はしない。
世の男子諸君は意中の女性がイメチェンしたらしっかり褒めることだ。そういった積み重ねは意味があるものなのだ。
「久しぶりヨモンド。紹介するよ、赤髪の方はトゥリー・ボールボルド、私が育てた自慢のイケメンだよ。茶髪の方はハロルド・クレイン、元気いっぱいの笑顔がチャームポイントだよ」
ハロルドの黒瞳について言うか悩んだが、やめておいた。
ヨモンドはそういうことを気にするタイプではないし、いずれは相談する予定だが流石にまだ早い。
続けてトゥリーとハロルドに2人の紹介をするのである。
「トゥリー、ハロルド、2人はナスフォ街の長の子供でヨモンド・ナシアールとティア・ナシアールだよ。ヨモンドはナルシストだけどいいやつだし、ティアはかわいいから仲良くしてね。 ―あ、ティアのことはちゃんとティアから許可を貰うまではナシアール御令嬢って呼ぶことね!」
「アーニャの友達なんだから名前で呼んでくれて構いません! もうっ!からかわないでください!」
「えへへ!冗談だよー!」
ティアが急いで僕のジョークに抗議を入れてくる。
まあ、ジョークというより半分くらい本気だったのだが。
「トゥリー・ボールボルドです。ヨモンド様、ティア様よろしくお願いします」
トゥリーがそれなりに礼儀正しく挨拶をする。
別に様付けは必要ないと思うのだが、それは僕じゃなくてヨモンドとティアから言うべきことなので僕は指摘しない。
「よろしくトゥリー。もう友人なんだから普通に話してくれ。様なんてつけなくていい」
「よろしくお願いします」
あれ?ティア様はやっぱり様付けの方がよさそうである。
僕はてっきり「アーニャの友達なんですからアーニャと同じように話してください」とか言うと思っていたのだが、そんなこともなかった。
ティアにとって名前の呼び捨てというのは、よほど心を許した相手だけに許す特別なものなのだろう。
まあ、思ってた反応とは違いはしたが、トゥリーのことを悪く思っている様子ではないので、いずれは呼び捨て許可がおりるだろう。
トゥリーはやっぱりどこに出しても恥ずかしくない自慢の一番弟子なのである。
「がはは!よろしくなヨモンド!ティア!」
!? あ! やべっ!!
――――
…さて、どうしましょうか。
僕は怖くてティアの反応を見ることができないのである。
大人軍団は大人軍団で挨拶をしていたのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。いまのハロルドの挨拶を妾に聞かれていたらどうなっていたかなんて想像したくもない。
「よろしくな、ハロルド!」
「……よろしくお願いします」
ティアは露骨に嫌そうな顔をしてはいるが、なんとか耐えたといった感じである。
この前の経験を活かして少し大人になったんだろうか?
それとも僕の友人だから多めに見てくれたんだろうか?
いずれにしても、このまま放置していてはいつか爆破してしまうだろうし、僕がうまく取り繕う必要があるのである。
「ハロルド、ティア様はアーニャのかわいいお姫様なんだからちゃんと敬語を使いなさい。 ごめんねティア、ハロルドは悪い子じゃないんだけど良くも悪くも元気一杯だから」
「お姫様なのか!!ごめんな!ティア様!がははは!」
ハロルドはティア様が嫌そうにしていることに全く気がついていないのだろう。僕が適当な冗談を言ってると思って、いつものように笑っている。かなりまずい状況なのである。
「………せに…」
……ティア様は完全に激怒モードに入ってしまっている。
正確には聞き取れなかったが「黒瞳のくせに」と言った気がする。超絶まずいのである。
「んー??声が小さいなお姫様は!!がはは!」
ティア様は肩をプルプル震わせながら一生懸命我慢していたのに、ハロルドがとどめを刺してしまった。
「…っこの!!黒どっ!」
「っティア!!!悪い子じゃないの本当に!仲良くとは言わないから、それは言っちゃダメ!!」
僕は焦ってティアの口を塞ぐ。
ティアとハロルドの相性は最悪であった。
そんなこと少し考えればわかったはずなのに、完全に浮かれていた僕のミスなのである。
「ほ、ほら!そろそろ式も始まるしホールの中に行こ!」
僕はティアの手を引いてホールへ向かう。
情けない話だが、話題を変える以外に僕にできることなんてもう思いつかないのである。
ハロルドは普通の子です。小1なんてこんなもんです。




