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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第二章 ガポル村の天才幼女
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第十九話 心配なのである



 結局、剣術が世界で一番楽しい。



 結局というのはつまり、魔術なんてクソだという話だ。


 魔術について散々試行錯誤したが、よく考えたら自分以外の人に恩恵を与える魔術ばっかり身につけても僕という人間に還元される要素はそれほど多くないのである。


 そもそも、魔術の修行自体があまり面白くないのだ。


 一生懸命考えて術式を作り出してみたところで、発動しない術式がほとんどだし、発動したところでそれが実践的に使えるものかどうかは別な話だし、使えたところで結局サポート魔術なのだ。

 何をモチベーションにしたらいいのかわからなくなる。


 いくら音楽が好きだとはいっても別に周波数を弄ったりすることが面白いかと言われればそんなこともない。

 魔術の練習をしているよりもピアノを弾いている方が500倍楽しいし、術式を考えるよりも作曲をする方が1000倍楽しい。この世界にピアノがあるのかは知らないが。


 僕だって炎の魔術とかに適性があったならこんなことにはならなかった。音の魔術とかいうばかおもんない魔術が悪いのである。



 だから結局、剣術が世界で一番楽しい。



 この世界で『剣術』といえば魔導も含めた技術なのだ。

 体をどう動かすか、どのように魔力を動かすか、剣にどれだけ魔力を込めるかエトセトラ…。

 とにかくめちゃくちゃ奥が深いのである。


 剣術が必要とされるのは基本的に魔物と戦う時なので、対人向けの剣術よりも対獣向けの剣術の方が重視されている。

 対人向けと対獣向けの剣術の違いは、どこに重点を置いているかという点である。


 対獣向けの剣術というのは、魔物に負けないだけの『力』が重視される。

 獣に負けないようにするための魔導による肉体や剣の強化、相手の外皮を切れるだけの一撃の鋭さなどが求められるのだ。


 対人向けの剣術というのは、相手の剣術を受ける『技術』が重視される。

 相手の動きの読み方、剣の捌き方、隙のつき方エトセトラ…。体と剣と魔力の細かい扱いが求められるのだ。



 僕は勿論どちらか一方だけなどではなく、全ての要素を完璧にしたいと思っている。

 魔物に負けないだけのパワーと、人を圧倒する技術を持ち合わせる。それが僕の理想なのである。


 だから剣術の修行は面白い。


 毎日毎日、少しずつ剣や体を魔導で強化することが上手くなっている実感があるし、体と剣の扱い方だって上達している実感がある。理想を目指すというプロセスほど、生を充実させるものはないのである。


 素振りをしているだけでも面白い。

 剣を振り上げて下ろすというだけの動きの中に、体全体の使い方に加えて魔力を動かすという技術も入るのだ。

 突き詰めれば突き詰めるほど振り方は美しくなっていくし、剣を振り下ろすスピードだって速くなっていく。


 組み手なんて言うまでもなく面白い。

 トゥリーもラファも本気で相手にするには弱すぎるが、それでも2人と組み手をしていれば3人全員の上達を感じられて達成感がある。



 僕は現在、剣術に夢中なのである。




――――




 ラファもどうやら剣術が好きなようだ。


 ラファはとにかく努力をする子で、暇さえあれば永遠と修行をしている。


 朝起きたら朝ごはんまでずっと素振りをしているし、僕とトゥリーが昼休みをしている間も永遠とセドルドさんに教えてもらった基本の型の練習をしている。

 僕とトゥリーは4時ごろには集中力が切れて、軽い組み手ばかりをやっているのだが、その間もラファは永遠と基礎練習をしているし、家に帰って夜ご飯を食べてからもずっと素振りをして、家族の中で一番最後にお風呂に入るのだ。


 一度、なぜそんなに剣術が好きなのかを聞いてみた。

 僕が『Rapha』なんて名前をつけてしまったからプレッシャーに感じているんじゃないかと心配だったのだ。


 ラファ曰く、最初は僕とトゥリーに追いつくために必死で剣術の練習していたらしいが、ある時から剣術の練習自体が楽しくなっていたそうだ。

 目的と手段が入れ替わっていたというやつである。


 ラファには異常な集中力というとてつもない才能がある。


 もともと剣や体や魔力の扱い方に才能があるのだし、これだけの努力をずっと重ねていけば、ラファはきっとすごい剣士になるだろう。

 姉としては追い抜かれないようにしなければいけないので、プレッシャーを感じずにはいられない。



 トゥリーはそれほど剣術が好きなわけではない。


 好きとか嫌いとかじゃなくて、自分が必要だと思うから修行をしているだけだそうだ。

 いつのまにか渋いことを言う男になっていたのである。


 才能があるとも言えない。


 幼い頃から努力をしてはいるが、ラファと比べてしまえば既に、技術も力も劣る。

 本人もそのことはわかっているが、そんなことが剣術の練習をしない理由にはならないと言っていた。


 参考までに序列を説明するとしたらこんな具合だ。


『力』 セドルド>パパ>>>僕>>>>>>ラファ>トゥリー


『技』 セドルド>パパ>僕>>>>>>>>>>ラファ>>トゥリー


 技術面においてはパパよりも僕の方が優れているんじゃないかとも思っているのだが、僕はまだ手足が短くてできることが少ないという点を考慮すれば、流石にパパに軍配が上がると判断した。



 まあ今更ながらの話だが、僕は神童なのである。




――――――――――――――――――――――――――




 今日3月1日は初等教育学校入学の手続き日である。



 入学手続きとはいっても4月1日から学校に入りますよーという旨を学校に伝えるだけのものであるので、入学者の保護者が前金を持って挨拶に行けばいいだけの話である。


 初等教育学校に入りたい人なんてそれほど多くもないし、申し込みさえすれば全員入学できるので特に気にするようなことは何もない。

 ナスフォ街の学校に入学するのは、ナスフォ街とガポル村とナスフォ街の西側に隣接したトント村の住人で、毎年平均30人くらいが入学する。

 現在の在校生は4年生(次の5年生)だけ1クラスで、それ以外は2クラスである。



 トント村というのはこの辺りの住民の食べる食料のほとんど全てを生産してくれている偉大な村である。


 パークス領の中でたしか面積的には一番大きい村だったはずだが、人口はそれほど多いわけでもないし、金銭的にも豊かな村ではないので、入学してくる子はとても少ない。

 村長や、よほど大きな土地の持つ家くらいのものだ。


 ガポル村は土地も人口も少ないが、金銭的に豊かな村だし、家の手伝いも何もないので子供はみんな学校にいく。

 来年からは僕、トゥリー、ハロルドの3人が入学することになるし、おそらく入学者の1割程度はガポル村の子供ということになる。


 だからほとんどの年で、学校に入学する子供の人数は、トント村よりもガポル村の方が多いのである。




――――




「3人とも手続きしてきたわよー」


「これで来年からちゃんと入学できるからねー」


 ママとカラさんとハロルドパパが学校から帰ってきた。

 別に学校に入れないなんて可能性の懸念はしていなかったが、なんとなく一安心である。


 時計は家にしかないが、その環境にだって6年も生きていれば適応するものである。僕は太陽の角度だけでほとんど正確な時間を知ることができるのだ。現在時刻は12時32分といったところだろう。


 今日はママたちがおいしいものをナスフォ街で買ってきてくれるという話だったのでお弁当は持ってきていない。公園のすぐ隣にあるハロルド家で昼ご飯を食べる約束なのだ。


「ありがとうママ!トゥリーもハロルドもちゃんとパパとママにお礼をいいなよー」


 入学できるということは両親のおかげなのだ。

 ここまで育ててくれたことも、お金を払ってくれることも、家の手伝いをしなくていいということも、勿論今日手続きに行ってくれたことも全て感謝しないといけない。


 小っ恥ずかしく感じるかもしれないが日々感謝を伝えるということは大切だ。パパが帰ってきたらパパにもお礼を言わないといけない。


「みんな一回休憩なー。お昼ご飯にしよう、美味しそうなのをたくさん買ってきたんだ」


 ハロルドパパは大きな袋を両手に持っている。かなりの量の食べ物を買ってきたようだ。


 ハロルド家はパパが主夫で、ママが仕事をしている。


 女性が働くというのは珍しいことではない。

 平均的な魔力量は男性よりも女性の方が多いため、魔術師として騎士やハンターになる人は女性の方が多いのだ。

 ハロルドママは土属性の優秀な魔術師なのである。


 ハロルドパパは黒髪黒眼で眼鏡をかけたザ・優男といった感じな人である。

 魔力量や魔術の適性は瞳の色に強く影響を与える。黒瞳というのはなんの魔術の適性もなく、魔力量もとても少ない人という証なのである。

 ハロルドパパが殺し合いをするとしたら、ラファにも勝てないだろう。そのくらい魔力とは絶対的なものなのだ。


 別にだからといって僕は黒瞳の人を見下したりはしないが、世界全体の話をするならそうではない。


 黒瞳というのは魔術が使えないだけではなく、魔力も少ないことの証明であり、魔力が少ないということはこの世界では致命的な問題なのである。

 魔導で身体の強化もできないのでできる仕事なんて限られてきてしまうし、熊に襲われただけで死んでしまうので生活する土地も選ばなくてはいけない。

 黒瞳の人は大っぴらに差別されているわけではないが、まあそれなりに見下されているものである。



 僕の目下の心配は、ハロルドが学校でいじめられるんじゃないかということだ。

 そもそも黒瞳を抜きにして、ガポル村の子供はいじめられやすいはずである。ソースはこの前の食事会。


 ハロルドの瞳は少しだけ茶色に色づいてはいるが、ほとんど黒である。最近は入学までに少しでも鍛えたいということで公園によく来てはいるが、正直にいってしまえば魔力量も剣術の才能も最底辺のレベルだ。

 魔力量を測るなんてことはその辺にいるクソガキにはできないが、これだけ黒に近い瞳をしていたらバカでもハロルドに才能がないことなんてすぐにわかる。ハロルドはきっといじめられるだろう。


 トゥリーがいじめられることは心配していない。


 トゥリーはセドルドさんほどではないが綺麗な青い瞳をしている。実際それなりに魔力量があるし、剣術だって6歳にしては優れているはずだ。

 それにトゥリーは僕の期待通りセドルドさん似のイケメンに育っているし、性格だって僕の矯正の甲斐あってイケメンだ。女の子は6、7歳でもませてる子はませてるし、トゥリーは人気者になるだろう。

 それが原因で男の子にいじめられるとしたらそのときはそのときだ。自分でなんとかしろという話である。


 僕がいじめられることも心配していない。


 この前の食事会でいびられた時に大人しくしてたのはその後の空気のことを考えていたからだ。もし学校で僕に舐めた態度を取ってくるような奴がいたらしっかり格付けをしてやるので問題ない。

 そもそも運動も勉強もできる可愛い女の子なんて僻んでくるメスくらいからしかいじめられないだろうし、それもナスフォ街の領主の娘の友達という立場があればないはずだ。



 まあ、ハロルドのことはそれとなくハロルドパパとハロルドママに相談もされている。僕はしっかりものだし天才だから頼られてしまうのである。

 僕としてはやっぱりある程度は見張っておくけど最終的にはハロルド次第だと言ってある。


 ハロルドパパは小さい頃からハロルドママに守ってもらっていてそのまま相思相愛で結婚したらしいが、僕がハロルドと一緒にいてやれるのなんてせいぜい中学までなのだから、過保護に守り過ぎるのは良くない。



 『いじめられる方にも原因がある』とは残酷な話だとは思うが、事実なのだ。

 不細工、貧乏、話すことが苦手、勉強が苦手、運動が苦手、エトセトラ…なんにしても周りと『違う』ということはそれだけでいじめられる原因になるし、それが下方向に違うのであればよりいじめられる確率は高くなる。


 ハロルドに原因となる要素があることはもう既にわかっているのだし、あとはもう運とハロルドの立ち回り次第だ。




――――




 ハロルドとトゥリーは修行を休憩にすると、走ってハロルドパパの持っていた荷物を受け取りに行った。早くご飯を食べたいからなのか、僕が日頃から叩き込んでる『荷物は進んで運ぶこと』の精神なのかはわからないが、どちらにしろ元気いっぱいで微笑ましい。


 ハロルド家には徒歩1分もしないで着いた。

 もともと場所は知っていたのだが、僕たちがハロルド家に入るのは初めてだ。



「アーニャ!ようこそおれの家へ!トゥリーもラファもようこそ!がはは!くつろいでいけよー!!」


 ハロルドが歯を剥き出しにして笑いながら、僕達を迎え入れてくれる。下の前歯が抜けているのでなんともいい感じに不細工な笑顔である。


 ちなみに現在は僕も前歯が足りていないのだが、女の子としては恥ずかしいので、あまり口を開かないようにしているのである。


「アーニャ!手をあらうのはこっちだ!ついてこい!」


 ハロルドが不細工な笑顔で僕の手を引いてくれる。

 無邪気なハロルドは学校に入った後の心配なんて全くしていないのだろう。いや、おそらく『いじめ』なんてものの存在も知らないのだ。



 ハロルドパパは少し複雑な笑顔でハロルドを見ている。


 きっと僕と同じで、この愛おしい笑顔が見られなくなってしまうことを心配しているのだろう。


 

 

 

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