プロローグ2
僕はなかなかにイライラしていた。
やっと寒さが和らいできた4月だって言うのに太陽とか言う熱血漢は『俺の時代が来たぜっ!』とでも言わんばかりに僕の肌をジリジリと焼いていく。
気温自体はそれほど高くないはずなのに、まったく日差しというのはすごいものだ。
いや、良く考えると太陽は別に冬でもいたか。
だがまあ僕とて、日差しごときに心を乱されているわk《カッコー カッコー カッコー カッコー》eでもない…
…そう。イライラのそもそもの原因はこの信号である。
駅前から続いている大通りに設置されたこの信号は、歩車分離式になっている。さらに、車通りが激しい道路だからそれぞれの時間が長く設定されているのだ。
捕まってしまえばとてつもなく待たされる。
僕は体が弱いわけではないしこの程度の暑さでへばることはない。
ただ、この強い日差しの下で信号にこうも待たされてはイライラしてくるものである。
「へ、くちゅんっ!」
唐突に聞こえた可愛らしいくしゃみのおかげでイライラが多少緩和された。
可哀想に、花粉症だろうか?
すまないね。完璧な僕はアレルギーなんてないから気持ちはわからないんだ、憐んでやることしかできない……いや僕はもう完璧じゃなかったや、ははは…
くしゃみの聞こえた方向をチラリと見て見れば奇妙な少女がいた。
見るだけで花粉も逃げ出すような屈強なマスクをした彼女は、僕よりも小柄(150cm程度だろう)で、艶のある綺麗な黒髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしている。ぴっちりと校則通りに着こなされたうちの高校の制服は、下ろしたてといった感じではないし、おそらく僕の先輩にあたるだろう。
―そして、その顔には何故か漫画のようなぐるぐる眼鏡がかけられていた―
おもしろいもんみっけ。
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「その眼鏡、実に羨ましいですな!どこで購入なされたのですか!私大変気になりますゾ!」
僕は明らかに不審な少女に不審に話しかけてみた。
僕の見た目は、学生服の上に白衣を羽織り、ポマードでぎとぎとに固められた七三分けのうえに、時代錯誤な鼈甲の丸眼鏡という不審者なのだ。恥なんてものはない。
「!? あ、えと。その…これ自分で作ったんです…。」
「なんと!貴女は眼鏡を自分で作れると!?いやはや素晴らしい!」
「っ…ゃあの…これ伊達メガネで…別にすごくないです…」
「HAHAHAHA!!!私も伊達メガネなんですよ!奇遇ですな!運命ですナ!」
「…そ、そうですね、、。」
こいつ、コミュニケーションが下手すぎる。僕に対して聞きたいことなんていくらでもあるはずなのに、なにがそうですねだよ。
「私、登張 綾と申すものでござる。昨日晴山西高等学校に入学した一年生でござる。さては貴女も一年生ですな?いやー実は私、友人がまだあまりできておらず緊張していたのですよ。そんななか天使の囀りが聞こえたのでそちらをみて見ればなんと、シンパシーを感じる貴女がいたのですよ!これも何かの運命。よければ一緒に登校しましょうゾ!」
信号が変わり彼女が歩き出してもついていく。僕は興味を持ったものには一直線なのである。絶対に逃がさないのである。
「…えと、私2年生です、、。」
「ややっ!そうでしたか!これは失礼。それで先輩、ご一緒しても?」
「…えと、はい。まぁ。」
「おぉ!ありがとうございます!」
あれ?名前は?
まあいい。気になったのであれば、また後で調べればいいだけの話だ。あまり根掘り葉掘り質問すると不必要に怖がらせてしまいそうである。うちの学校は男子生徒も女子生徒も左胸にクラスと学年のバッチをつけるのだ。
これほど特徴的な人だし2年C組に行けばすぐわかる。
学校までは駅からかなりあるし、とりあえず学校生活について適当に後輩らしい質問でもしながら仲良くなるか。本題はそこからである。
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僕と先輩は大通り沿いを仲良く二人で歩いていた。
あれほど暑苦しかった太陽も、隣に可憐な女性がいるというだけで心地良い春の日差しに早変わりである。
僕のイライラは完全に消えた。
学校も近づいてきたし、そろそろ聞いても良さそうなので聞いてみる。
「それで、先輩。私もその眼鏡がとても欲しいのですが、作ってもらえないでしょうか?もちろん対価は支払いますぞ!」
「あ、別に大丈夫ですよ…それに対価なんていらないですよ。」
はい神。仕組みはどうなっているのだろうか。眼鏡の向こうが全く見えない真っ白なレンズにぐるぐる模様。それ前見えてんの?
…ブロロロロロロロ…
「いやぁ!ありがとうございます!でも対価は支払わせてください!私が満足できないでござるよ!」
…ブロロロロロロロロロロ!
「っ、えとでも、そんな大層なものではないので…」
ブロロロロロロロロロロロロ!!!!
!? !?まずい!?
あのトラックはなんだ!?突っ込んでくる!?止まる!?ブレーキが効かないのか!?
いや違う、こっちにくる!狙っているんだ!
あいつは『人を殺す』つもりだ!
「先輩ッッ!!!」
トラックが突っ込んでくる方向にいるのは僕と先輩ともう一人。すぐ前を歩いている背の高い女子生徒。二人とも手が届くし大丈夫だ、助けられる。僕はこんな見た目でも男なのだ。
―女性を助けるのは男の特権であり華である―
僕以外の二人は思考が完全に止まっている。当然だ。こんな時すぐに反応ができるのも、考えられるのも、完璧な僕くらいのものなのである。
真っ直ぐ突っ込んでくるトラックなら避けるのはそう難しくない。だが向こうは明確に殺意を持っている。避けようとしたら合わせてそっちにハンドルを切るだろう。
それならそれで簡単な話だ。ちょっとしたフェイントをかければいい。左に避けると見せかけて右に避ける。
車は動物のように機敏な方向転換はできない。ボクサーみたいな一流のフェイントができなくたって、部活サッカーレベルのフェイントで事足りる。
それくらい女の子二人引っ張ってでもできる。
すぐさま行動に移る。二人の襟を掴む。
そう。できるはずだったのだ。完璧な僕なら。