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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第九十九話 力魔術部遠征②




 溜水(ためみず)の森は文字通り水溜まりみたいな森である。


 三本の川の終着点。

 あるいは三つの山の狭間。


 山ばかりのフェード領にある陰気臭い森なのである。


 大体、本来魔物の森というのは魔力を多く含む土地にできるものなのに、この『溜水の森』は魔力がほとんどない土地にできたクソみたいなイレギュラーなのだ。


 山頂から、川上から、物理的な現象として流れてくるのは魔力も同じ。塵みたいな魔力が積もって『溜水の森』というしょっぱい森を形成しているのである。


 よって、この森に生息している魔物もしょぼくれている。


 小汚い湖に生息しているのはみみっちい小型の魚ばかり。

 湖を覆うように生えた魔樹群のせいで日当たりが悪く、陸上生物はナメクジとミミズくらいしかいない。



 景観、足場、生息動物全てが最底辺のゴミ捨て場みたいな森。



 それが、今僕たちのいる『溜水の森』なのである。




――――




「まずは当たり前のことですがベースキャンプを作成しましょう。ここでレラーザ班、ヨーグ班、テドル班、ハレア班に別れます。ヨーグ班は今僕が立っているこの位置にテントを建てます。各班何か少しでもおかしなことがあった場合は必ずこの場所まで来てください。何事も問題がなかった場合の再集合は本日の日没前。それまでは各班自由行動とします」


 事前に決めた班分けに従い行動を開始する。


 僕とアリシア先輩がいる2つの班は生徒のみで構成された3人パーティ。残りの2班も基本的には3人パーティで行動するが、監督として先生がついて回る。



 僕の班員はレノとシャローナ先輩。

 わかりやすく言うと前衛の槍使いと後衛の水魔術師である。僕はどちらもいけるので状況に応じてといった感じだ。


 もう片方の生徒のみで構成されたパーティは、アリシア先輩、エディー、リーシャ。

 前衛の剣士と後衛の氷魔術師、アリシア先輩は雷魔術師だが基本的には前衛である。

 

 パワーバランス的にはアリシア班が頭ひとつ抜けている。僕の班も相当強くはあるが、前衛も後衛も向こうの2人と比べると見劣りするのである。


 これは僕がアリシア先輩より強いからではない。


 むしろ直接対決ならアリシア先輩の方が僕よりも強いのである。

 ただ索敵や伝達の能力のことを考えると、僕の方が班員を護る能力が優れていると判断されたためにこうなった。

 まあ実際それが1番正しい班分けであろう。


 ちなみに、ヨーグ先生の方にトゥリー、ドレッド、ディム。レラーザ先生の方にサリア、ドミンド、カリス。


 要するに問題児がレラーザ先生の元に集められたのである。



「さて、それじゃあ我々はまず『なるべく・可能な限り・できるだけ・少しでも』平らな場所を求めて歩きましょうか」


 年長者はシャローナ先輩だが、パーティリーダーはこの僕。

 サリアやドミンドといった問題児もなく、不安要素となる1年生もいないため気は楽だが、面白さという面に関してだと若干物足りない。


 まあそんなことはさておき、ヨーグ先生も言っていたが、まずはベースキャンプを作る。


 拠点を作らなければ重たいテントや飲み水、食料などの備品をおろせない。とにかくまずはそれに相応しい場所を探すのである。


 背中には大きな荷物を背負い、片手には武器、もう片手には先の尖った杖を持って散策する。この杖を根に突き刺しながら歩くことで、湖に落下することを防ぐのである。


 足場である根は苔むしていてとても滑りやすい。

 そしてジメジメと気温と湿度が異常に高く、歩いているだけで体力がどんどん奪われていく。


 これなら太陽が出ている方がまだマシだ。

 木漏れ日のおかげでライトが必要なほどの暗さではないものの、足元がはっきりと確認できるほど視界は良好ではない。注意しながら歩くと精神面でも疲労が蓄積していく。


 そして何より足元からは腐臭が漂ってくる。


 この『溜水の森』には普通の魚も流れついてしまうのだが、環境に適応できなかったり、魔物に襲われたりですぐ死んでしまう。

 そのため、辺りには魚の腐臭が充満しているのである。



 八つ当たりで根を串刺しにしながら歩く。


 先頭は勿論僕。

 少しでもこの旅行を楽しもうと、かわいい水着を買おうかとも思ったのだが、汚れるのも匂いがつくのも嫌だったので安物の水着を買った。太ももまで覆われるタイプの黒いスクール水着みたいな感じである。


 それに膝まであるブーツを履いているのが今の僕の姿だ。腰にはウェストポーチ、背中にはでっかいリュック、銃剣十二支は全員お留守番。


 機能性は抜群だが、テンションは全く上がらない。


 さっさとベースキャンプを作って、適当に釣りでもしてザコい魔物をしばきたいのである。


「できれば見晴らしが良くて、襲撃に気が付きやすい場所がいいはずなんだけど…そんな場所はない、よね」


「ええ。この森中どこを歩いてもこんな感じですからね。それに主な襲撃は足元から来るとなると…どうだろう、根が長くて水面から遠い場所なんかがいいんですかね?」


 僕が寝心地が良さそうな場所を探している傍らで、シャローナ先輩とレノはなんか真面目そうな相談をしている。


 レノは無地の黒い海パンにノースリーブのラッシュガード、そしてごついブーツ。レノはひょろ長だと思っていたのだが、こうしてみると結構ムキムキである。槍を持つ腕なんかはトゥリーより太い。


 シャローナ先輩は僕と同じような水着を着ていそうだが、お尻まで隠れるパーカーを着ているせいで露出がほぼない。レノが赤面せずに会話できるのはそのおかげだろう。艶やかな長い黒髪はでっかいお団子にされているおかげで、かろうじて白いうなじだけは見えるのである。


 ちなみに僕もお団子。

 こっから丸2日以上お風呂に入れないことは確定しているため、髪を下ろしておくのは下作なのである。


「うわ」


 顔に向かって跳ねてきた魚を回避する。


 全長10cm程度の小魚。

 いつぞやにどこぞやで見た魔物『矢尻魚(やじりうお)』である。


 索敵をしていなかったわけでもないのだが、泳いでいる魚の行動予測までしているわけではない。

 湖に泳いでいる無数の魚の挙動なんていちいち気にしていられないし、する必要があるほどのものでもない。


 矢尻魚は尖った頭を獲物に向かって突き刺す魔物である。水中では自由に方向転換ができるため厄介生物らしいが、陸上の敵に対しては直線的に飛ぶことしかできない文字通りのクソ雑魚である。


 速度は時速70km程度。

 野球をイメージするとその速度の危険性のなさはわかるだろう。

 寝込みを襲われでもしない限り、回避できないハンターなんぞは石階級にも存在しないのである。


 唯一厄介な点があるとすれば、こいつは魔物と普通の生物の中間に存在するという点だろう。


 魔力を持つため、普通の生き物と比べて殺傷能力が高いくせに、魔力のない場所でも生きていける。

 普通の川で釣りをしていても飛んでくる可能性があるのが矢尻魚の厄介なところである。


 

 僕の鼻先を掠めた雑魚はそのまま魔樹に突き刺さる。


 襲撃してきた本人はこのまま死を迎えるだろうし、僕の顔には臭い水が一滴飛んできた。誰も得をしていないのである。


 大体僕に命中して殺せていたとしても、その後無事に湖に帰れるかどうかがあまりにも賭けすぎる。僕が根から滑り落ちなかった場合はあの魚も結局死ぬのである。


 矢尻魚というのはどうしようもない生き物なのだ。


「どうする?課題は魔物の素材を集めてくることだけど…矢尻魚は流石に無視していいよね?」


 シャローナ先輩はアホみたいに木に刺さった雑魚を指差し僕に確認を取る。わざわざ確認を取る必要もないことなのだが、僕がリーダーなので一応ということだろう。シャローナ先輩はすごく真面目な方なのである。


「勿論無視で大丈夫ですよ。あんなのとってたらキリがないですし、12人全員が集めたら大荷物になっちゃいます」


「じゃあどこから素材を回収するんだ?俺が図鑑で見た中だと『針魚(しんぎょ)』とか『蚤蛸(のみたこ)』がいるぽいが」


「んー…まあその辺は全部いらないんじゃない?目標は『毒膜魚(どくまくうお)』か『大蚤蛸(おおのみたこ)』かな」


 毒膜魚は体調40〜60cm程の魔物で、その膜は加工がしやすいことから小物の素材としてよく使われる。

 男子高校生の持つ財布のほとんどは毒膜魚でできているなんてのは有名なジョークである。


 魔力濃度の低い魔物の森に生息しているため、その素材はレアなわけでもなんでもないのだが、使用用途があまりにも多いためそれなりに高値で取引されている。


 ちなみに毒なんて文字が名前に入ってはいるのだが、ある程度の魔力を持つ人間なら命の危険性は全くない。せいぜい数分手足に痺れを感じるくらいの話である。


 大蚤蛸は体調20cmを超える蚤蛸のことを指す。


 蚤蛸は外骨格を持つ6本足の生物で、タコのようなフォルムをしてはいるが、胴体には複眼を持ち、その食事は針のような口からの吸血によって行われる。

 

 もうお分かりだろうが、蚤蛸はノミかタコかで分類するとノミに配属されるのである。

 

 だったら『蛸蚤』にしろよと思うのだが、そんなことは僕がごねても変わらない。多分水生生物だし蛸に近いんだろうって昔の人間は考えてしまったのだろう。


 蚤蛸の素材は基本的になんの役にも立たない。

 そのせいでハンターから標的にされず、繁殖ばかりが進んだため、ハンター協会から積極的に殺すように指令が出ている。


 50年も前だと蚤蛸が20cmを超えるなんてほとんどなかったらしいのだが、近頃ではわざわざ『大蚤蛸』という新しい名前を与えられるほどにその個体数が多い。

 こいつの天敵となる毒膜魚ばかりが狩られるせいで生態系が乱れてしまっているのだ。



 ――と、いうことで『毒膜魚』か『大蚤蛸』を見つけるのが今回の遠征の課題として妥当なラインだろう。



 僕としては毒膜魚を殺して、ここにいる3人分のポーチを作りたいと思っているのである。


「その2種類なら圧倒的に毒膜魚だな。素材に格差がありすぎる」


 レノも例に漏れず毒膜魚を財布にしようと考えているのだろう。男子中高生が毒膜魚の財布を求めるのは、小学生の男子が竜の裁縫セットを求めるのと同じくらい当然のことなのだ。


「毒膜魚か、悪くないね」


 シャローナ先輩も毒膜魚の方に乗り気である。

 女性が使う財布に使われることはまあないのだが、駆け出しハンターが使うポーチには1番の素材だ。その素材を持っていて損をすることはない。


「よし、それじゃあ我々の目標は毒膜魚にしましょうか。湖の底までの索敵はできませんが、それでも一晩あれば3体くらいは見つけられると思います」


「索敵しないと見つからないものなのか?」


「見つからないこともないけど、普通に釣りしてるだけじゃ運頼り過ぎるからね。それに私たちは釣りに関してはド素人だし、ただぼーっと釣りしてるだけじゃまず無理じゃないかな」


「アーニャの負担にならないのならそれでいいけど、疲れるようなら無理して標的を毒膜魚に絞らなくてもいいからね」


「ご安心くださいませ。このアーニャ・ハレアその程度のことで疲れたりはしませんよ」


 心優しいシャローナ先輩の心配にはとびっきりのウィンクで応える。これはぶりっ子系のウィンクではなくイケメン系のウィンクである。片目を閉じるという表情にも種類があるのだ。

 まあ元々の顔の造形的にそこまで格好はついていないだろう。良くも悪くも僕の顔は可愛すぎるのだ。


「まあベースキャンプに適した場所を探すのが最優先で、もしも毒膜魚が捕まえられそうな場所にいたら狙ってみましょうか」


 一応索敵をしつつ歩くが、毒膜魚は夜行性の魚なので日中に見つけられる可能性はほとんどない。

 先生たちも日没までの間はキャンプの設置を目標に考えているのだろう。再集合の後からが遠征の本番なのだ。


 本来、溜水の森のような探索され尽くした森はベースキャンプのおすすめスポットが知れ渡っているため、新たに探す必要はない。地図に載っているスポットから自分たちの気にいる場所を選ぶのが最も効率的だろう。


 だが、今回の遠征ではそういった情報の書かれた地図の使用を禁止されている。

 いずれもっと魔力濃度が高く、探索してもしても日々地形が変わっていくような森に行くことを想定して、自分達でベースキャンプに適した場所を探す練習なのである。


 概ね、この後の再集合のタイミングで先生達が各班のベースキャンプの位置の把握&評価をするのだろう。

 あまりにも酷い場所だった場合は建て直しさせられる可能性すらある。



 なんてことを考えながら歩いている間にいい感じの場所を発見。


 日当たりが若干よく、大きな木の根のため比較的平らな地面。幹が少し歪な形をしているため、120度近くを幹に守られる形になる。注意を払うべき残り240度の見晴らしも悪くない。


 まず間違いなくベースキャンプポイントとして地図に書かれている場所だろう。


「ここ、すごく良さそうだね」


「ええ。ここで決まりで良さそうですね」


 僕が何かを言うまでもなく、2人はすぐに荷物をおろしてテントを建てる準備を始めた。こういうところが本当に気の楽なポイントである。木だけに。


 もしもこれがサリアとドミンドとだったら思うと…



「お、急に止まるなよな…あ、そういうことか!俺もしょんべんしてえから一旦解散!」


「はいはい。きもいしうざいからさっさと下降りて泳いできてね」


「おい!?別にしょんべんしたくなるのくらい普通のことだろ!」


「臭い臭い。臭いからあっち行ってよ」


「だから臭いのは俺じゃなくて水だって言ってんだろ!もうサリアは絶対この森でトイレすんなよ!お前の後ろずっとついて回ってできないようにしてやるからな!漏らしたらクラスでバラすからな!」


「…きっも。変態じゃん。本当に無理なんだけど」



 なんだかリアルな想像すぎて声が聞こえてきた。



「…いえ、先を越されてしまったみたいですね〜」


 ついでにカリスの声も聞こえてきた。



 てか普通にサリア達の班がいた。




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