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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第九十八話 力魔術部遠征①




 ――カリス・マキルシーは僕に残された2人しかいない後輩の1人である。



 黒髪マッシュヘアに丸いサングラス。常に本で隠された口元は食事をするときでさえ拝むことはできない。彼は食事中も本から手を離さない。


 身長は170cm弱だが、手足の長さと頭の小ささのせいでスタイルが抜群に良い。本来190cmのモデルを170cmの用紙に合うように縮小印刷した感じである。


 ちなみに僕はこいつの素顔を見たことがある。


 ここでは筆舌に尽くし難いイケメンだったとだけ言っておこう。



 さて、本題に入るとしよう。


 僕は今、件の少年カリス・ミキルシーと普段の少女サリア・ローラムとの3人で馬車に乗っている。もう1人の搭乗員であるディム・ルティ(もう片方の後輩)は馬車酔いのためゲロを吐きに行った。


 我々力魔術部は現在フェード領『溜水の森』への移動中なのである。


 出発からここまでの間カリスはずっと本を読み続け、ディムとサリアは寝続けていた。ディムが起きたと同時に「うぅ…吐きそうですぅ…」と嘆いたので馬車を停めることとなった。


 フェード領は僕たちの住むパークス領南に隣接する領で、僕が王都旅行の時に泊まったミシト町のある領である。隣接する領とはいえ、パークス領の北端であるナスフォ街からは12時間以上かかる。

 寝てる間に着くとは言えないので、ディムには馬車に慣れてもらわなければならない。


 そんな中僕はやることがないので根気よくカリスに話しかけ続けていた。

 無視されることはないが、仲良く会話をしているという感じでもない。なんなら少し喧嘩腰である。


 これはカリスが会話を嫌いなタイプだからというわけではない。

 カリスはずっと本を読んではいるが、意外とコミュニケーションは普通にとるタイプなのである。唯一の同級生であるディムにはカリスの方から話しかけることも多く見受けられる。



 ここまで言えばもう答えはわかるだろう。


 そう。

 僕はこのカリス・ミキルシーに嫌われているのである。


 嫌われた理由ははっきりとしている。


 あれはカリス達が入学してからすぐのことだった。



 当時僕にはまだ10人の後輩がいた。


 期待に目を輝かせ、胸を膨らませ、首を長くして、我らが部室へとやってきた新入部員達をそれはもう大歓迎してあげたものだ。


 部室で歓迎パーティを開いたり、いきなり手合わせを頼んでくるやつに社会の厳しさを教えてあげたり、憧れのトゥリー先輩に話しかけられないシャイな少女を手助けしてみたり。

 僕の思い描く理想の先輩ムーブを続け、それなりに懐かれているという手応えがあった。


 そんな中、カリスだけは僕に靡かなかった。


 こういうのはなんとなくわかるのだが、カリスは最初から僕やアリシア先輩のことを良くは思ってなかった。別に嫌いと判断するに特筆すべき要素はなかった。いわゆる第六感というやつかもしれない。


 第六感と呼ばれるものも結局、五感で感じ取った情報を経験則に基づいて処理しているのだと思う。


 目つき、話し方、態度、その他諸々。それぞれ1つをつまんで言葉に表すことができない、あるいはそれだけの情報では脳が気にするほどでもないと切り捨ててしまうもの。

 それらを合わせたときになんとなく感じるものが第六感というものではないだろうか。


 きっと僕やアリシア先輩に対する態度の何かが僕の中で引っかかったのだと思う。それが何だったのかは今でもわからないが、結果的に僕やアリシア先輩は嫌われていたので第六感は当たっていた。



 今になって思えば、それならそれで放っておけば良かったのだと思う。


 ただ当時の僕は『先輩』という単語に囚われ、『後輩』から慕われない状況が面白くなかったのである。



 ――だからあんなことをしてしまったのだ…。





――― ―― ― …



 


「ねえカリス。私、カリスの顔が見てみたいなー」


「いつか見れるといいですね〜」


 だるそうに返事をするこの後輩は本から顔を上げることすらしない。他の後輩達は僕に話しかけられると立ち上がって返事をするというのに。


「他の子には見せたことあるんでしょ?リーシャとか、サリアとか」


「ないですよ〜」


「あれ?アリシア先輩は見せてもらったって言ってたよ」


「眼鏡と本を強引に取られはしましたね〜。あれで『見せて貰った』と供述するテドル先輩はなかなかに犯罪者気質ですね〜」


「ふーん。じゃあ……えいっ!!」


 僕は強引にサングラスと本を没収した。

 力魔術を使えばこんなこと造作もない。生意気な後輩にはちょっとした罰である。


 僕だってカリスが自分の顔にコンプレックスを持っているようならこんなことはしない。ただこいつは洒落でこういうことをしているだけなのだ。同級生の女の子には『俺イケメン過ぎるから逆に隠してるの〜』と言っていたくらいだ。

 それにカリスは魔力領も凄まじいので黒瞳なわけでもないだろう。この部活で僕とアリシア先輩に次いで多い。ということはこの学校全体でも3番手というわけである。


「ちょ!!何なんですか!?揃いも揃って!」


「うわっ!やっぱほらめっちゃイケメンじゃん!前髪あげたら?隠してるの勿体無いよ!」


 案の定とんでもないイケメンが出てきた。

 身近にいるフィジカル系のイケメンどもとは違って、インテリ系の線が細いイケメン。真っ白な肌にサラサラの黒髪と銀色の瞳がよく似合っているし、話し方とは対照的な鋭い目つきもポイントが高い。

 少女漫画に出てくるクールな王子様系野郎である。


 改めて全体像をみると、こいつのカラーリングは僕とよく似ているのである。


「うざいなぁ!イケメンなのに隠してるのがカッコいいんだからほっといてくださいよ〜!」


「えー!?イケメンだったら公開しておくのが世の為だと先輩は思うけどなぁ」


「1年早く産まれただけで先輩ヅラすんのやめてくれませんか〜?俺は『ねぇまって!やばい!カリスくんの素顔みれちゃった!』みたいな反応を見たいから隠してるんです〜。流れ星だって毎日降ってたら鬱陶しいじゃないですか〜わかります〜?」


「でもお花は毎日咲いてたって綺麗でしょ?」


「俺は臭いから嫌いですね〜。あと派手な花がそこら中にあったら目が痛くなりますし〜」


「…もしかしてアリシア先輩とか私が嫌いな理由ってそれ?主張が激しい美人だからってこと?」


 まさか僕が顔で人から嫌われるとは思っていなかった。

 何となくカリスには嫌われてるかもなくらいに思っていたが、その理由が顔だったとは。

 

「嫌いっていうか、鬱陶しいだけでしたけどね〜。もうテドル先輩もハレア先輩も嫌いですけど〜」


「リーシャとかサリアだって可愛いのに」


「ユティ先輩とかローラム先輩は顔が騒がしくないんですよね〜。まあローラム先輩は態度がうるさいですけど、それは愛嬌って感じですし〜」


「ふーん…。ね、今の嘘でしょ」


 僕のことが嫌いだと思った時と同じ感覚。

 表情が見えない分他の要素を敏感に拾ってしまうのだろうか。カリスの感情は他の人たちより分かりやすく感じるのである。


「はい。嘘ですよ〜」


「あっさりと認めるなら最初から嘘つかないでよ。何で私とアリシア先輩だけ嫌いなの?」


「嫌いなのはあなた方が眼鏡を勝手に外したりするからです〜。――と、お答えしたら『そうじゃなくて!何で最初から苦手だったのかって意味に決まってんじゃん。いつも本読んでるくせに文脈すら読めないの?』とか言われそうですね〜」


 僕と話をしていても一向に立ち上がることなく、座ったままの姿勢で本を読んでいるカリスは、楽しそうにふらふらとロッキングさせている。おちょくっているのだろう。

 ちなみに部室の椅子はただの椅子なのでロッキング機能はついていない。ただ椅子の後ろ足だけに体重をかけて揺らしているだけである。


 突っかかるのも負けた気がするので、特に気にせず会話を続ける。相手のペースに乗らないことが大切なのだ。


「で、理由は?」


「魔力量ですよ〜。先輩だって見ただけで相手の魔力量はわかりますよね〜?俺はそれが敏感なんです〜」


 カリスは僕の方へ首を傾け、自分の眼鏡を人差し指で軽く叩く。

 そのジェスチャーが様になっていて無性に腹が立つ。カリスのイケメンへの方向性がかつて僕が目指そうとした場所の延長線だからだろうか。認めたくないが嫉妬するのである。


「自分より多い人を見ると嫉妬でイライラするってこと?」


「そんな可愛い理由じゃないですよ〜。生まれつき魔力量がはっきりと見えてしまいまして、結構チカチカして鬱陶しいんですよね〜」


「だからずっとサングラスかけてたんだ。だったらなおさらリーシャとかも鬱陶しいんじゃないの?」


「自分より低い人ならそれほど気になりませんね〜。気になっても少しすればすぐ慣れますし〜。でもハレア先輩とかテドル先輩みたいなのは異常者ですし、そう簡単に慣れるもんじゃありませんよ〜」


「じゃ、時間が経てば私のことも苦手じゃなくなるの?入部したての頃よりは今の方が好きってこと?」


 カリスは傾けていた首を持ち上げ、完全に僕の方を向く。


 今日初めて向き合う顔と顔。

 見えない表情からは困惑が伝わってくる。



「――え?嫌いに決まってるじゃないですか。鬱陶しいんで早くどっかいってください〜。ほら、しっし」




 僕はカリスの本を取り上げて頭を叩いた。




…… ― ―― ―――




「今思い返してたんだけど、やっぱり私あんまり悪くなくない?」


「何がですか〜?頭?頭は悪いんじゃないですか?勉強と戦闘にしか向かない頭ってよく言われてるじゃないですか〜」


「言われないし。悪くないし」


「じゃあ性格ですか〜?性格は終わってますね〜。もう一回思い返した方がいいですよ〜」


「終わってないし。そうじゃないし」


 やっぱりこいつが悪いだろ。


 人を煽るような態度ばっかり取りやがって。

 女だと思って舐めてるんだろうか。顔が整っている男は女のことを下に見るっていうのは有名な話である。


「え〜じゃあなんでしょう?ロナンド・フィルヌが退部するか相談してきたときに、ろくに引き留めなかったことですか〜?彼は大好きなハレア先輩の関心を惹きたくて退部相談をしていたのに、全く相手にされなくてショック受けてましたよ〜。退部した1番の理由はそれですし〜」


 ロナンド・フィルヌというのはカリスと同じクラスの男子生徒である。


 後輩全員平等に扱っていたつもりだったのだが、勝手に僕が彼にだけ優しく振る舞っていると勘違いして、異様に僕にひっついてきた。まあ単純に僕に好意を寄せていたというのもあるだろうが。


 僕はそれが少し気持ち悪くて、彼が退部相談をしてきたときに適当にあしらってしまったのである。


 彼が退部したのは7月の頭。他の後輩たちは5月の頭には辞めていたので、2ヶ月間もカリスとディムと3人で活動していた。カリスにとっても他の7人とは違う大切な友人だったのかもしれない。


 そのことについては僕が悪かったと深く反省している。

 僕は基本的に好意を向けてくる少年たちに対して優しく生きてきたはずなのに、なぜあんなにも冷たくなってしまったのか。

 1番に考えられる原因は年齢だろう。小学生の間までは、かわいい少年だと思って好意を純粋に受け止めてあげていたが、中学生男子に向けられる下心は少し受け止め難いところがあるのかもしれないのである。


 まあそれにしても酷いことをした。

 大切な後輩を1人失ってしまったのは僕のせいなのである。


「…ロナンドのことは私が悪かったよ」


「ん〜?じゃあ『やっぱり私あんまり悪くなくない?』ってのはなんのことですか〜?」


「カリスの頭を叩いたこと。今も叩きたいし」


「極悪ですよ。極悪」


「カリスがもう少し私に敬意を持ってくれたらなー。私だってカリスのことを大切にしてあげるのになー」


「隠している人の顔を無理矢理見てくる人に持つ敬意なんて親から持たされてないんですよ〜。荷物になるし、いらないから持っていかなくていいって言われてます〜」


「それは大変だね。一度ご両親とお話ししないと。虐待の疑いがあるよ」


「むしろ部活で先輩から虐待を受けているんですけど、どうしたらいいですかね〜?」


「クラスの友達に相談してみたら?部活のアーニャって人が、やたらベタベタしてきて鬱陶しいって」


「ついさっきロナンドのことは自分が悪いって言ってたのに〜。とんでもない性悪ですね、ほんと〜」



 ああいえばこういう、こういえばああいう。


 ムカついてくるのに、この反抗的な後輩に話しかけ続けているのは、僕がそれを楽しんでいるからである。


 かれこれ半日近くカリスと2人で話し続けているが、飽きることがない。

 カリスに言ったら嫌がられるだろうが、僕はこの生意気な後輩と相性がいいのである。


 ちなみになんだかんだ言って仲が良い(と僕は思っている)のを知っているため、サリアはカリスが僕に対してどんな生意気な態度を取ろうとも気にしない。

 サリアは起きてから黙々と本を読んでいる。もともと読書は好きな方だったし、最近はカリスが面白い本を教えてくれるというのもあって結構な読書家になったのだ。



「うぅ…ただいま戻りました…」


 馬車の扉が開き、ゲロってたディムが帰ってきた。

 出ていく時に真っ青だった顔は、少しだけ血色が良くなっている。


「おかえり。正面向いてる席の方がいいと思うから私の隣にきて。気分が良くなる魔術と、乗り物酔いしにくくなる魔術かけてあげるから」


「そ、そんなものがあるのですか!?ありがとございますです!」


 音魔術による気休め程度のサポート。

 僕が乗り物しやすいタイプのいうのもあって、開発したものである。どの程度ディムに効くかはわからないが、ゲロるほどの乗り物酔いはしないようになるはずだ。


「ディム言ってもいいんだよ〜?そんなのがあるなら最初からかけてくださいよ〜って」


「!?い、いえ!ハレア先輩は僕が酔うことなんて知らなかったのですし、全く悪くないです!!」


「ディムはカリスと違っていい子だね。カーテンと窓を全開にしておこっか。風が入ってきた方がいいでしょ?なるべく遠くの景色を見ておくといいよ」


「ありがとうございますです!ハレア先輩はいつもお優しいです!」


 ディムが狐色の狐の尻尾をブンブン振る。

 隣に座る僕にペシペシ当たるが、痛くはないので指摘しない。頬に毛が当たると少しくすぐったいが微笑ましい程度の話である。


 女の子みたいな顔をした狐ボーイは僕によく懐いてくれている。

 お菓子作りが趣味なかわいい少年で、ことあるごとに部員へお菓子を作ってきてくれる。が、露骨に僕のだけ気合が入っている。ちょっとどうなんだろうとは思いつつも、僕としては嬉しいのである。


 隣にちょこんとある小さな頭には自然と手が伸びてしまう。

 柔らかい髪の毛を優しく撫で、狐耳で遊んだりする。耳の毛が1番ふわふわで手触りがいいのである。


 頭を撫でているとディムの方から僕の手に擦り寄ってくる。まるっきり飼い犬なのである。かわいい。


「気をつけなよディム〜。その先輩はすぐ人の頭を叩こうとする極悪人だからね〜」


「そんなことはないです!ハレア先輩はとっても優しくて、とっても柔らかくて、とってもいい匂いがして、とっても可愛くて、とってもいい先輩ですっ!!」


「ディムはいい子だねー。よーしよしよし」


「えへへ…!僕はいい子です!」


 ニャーニャーゴロゴロ言いながらディムは僕にくっついてくる。狐は犬のくせに猫みたいに鳴くのである。



 これからまだ5時間以上馬車に乗っていないといけないし、目的地も汚い沼だが気分は悪くない。


 結局どこに行くかより、誰と行くかの方の大切なのだ。


 





「(アーニャは気にしてないけど、何個かキモいのなかった?)」


「(ディムに下心とかないですし、気にしてるこっちの方が汚れてるんですよ〜。思ったことを全部言っちゃう単純なやつなんです〜)」



 正面に座る2人も仲良さそうでなによりである。




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