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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第九十六話 大失態旅行なのである④




 少年と別れてから何となくビーチを歩き回り、静かな海を味わった。足だけではあるが、海に入っているのは僕だけだったのである。


 だからといって海の性質が変わるわけではない。

 昨日に遡れば誰かが海の中で用を足していたかもしれないし、ゲロだって吐いたかもしれない。


 それでも1人で海を独占していると何だかいつもより綺麗に感じた。日光の角度による物理的な綺麗さも関係していたかもしれない。



 散歩へ出て行く時には静かだった町は、帰ってくる頃には賑やかになっていた。


 僕たちは今日帰るわけだが、夏休みはまだ終わりじゃない。まだまだビーチに留まるグループもたくさんいるし、今日からこのビーチにやってきたグループだっている。


 帰り支度をしている人より、バカほど眩しい太陽の下で両手を上げて騒いでいる奴らの方が多いのである。



 薄汚れた宿の前には馬車が止まっている。


 一頭立ての質素な馬車。

 僕たちが手配した馬車だろう。


 日時計の感覚だと出発時間には間に合っているはずだし、これは馬車のおっさんが早過ぎるだけだろう。僕が遅刻したわけではない。


 言い訳でも文句でもないのだが、予定時間より早く来すぎるというのも遅刻と同じくらいマナー違反だと思う。

 お互い待ち合わせならいいのだが、どちらかが迎えに来る立場であるのなら到着は最大でも5分前迄にしてもらいたい。

 僕なんかは予定の10分前くらいに着くようにして、近くで時間を潰し、オンタイムで目的地に到着するように心がけたりするものだ。そのくらい大事な相手との用事に限るが。


 まあそんなことはさておき、とりあえず部屋に戻る。

 残してきた2人が起きているか心配である。


 宿に入るとなれば馬車のおっさんと顔を合わせることになる。無視するわけにも行かないしとりあえず挨拶はするが、急かされている気がして気分は悪いのである。


 なのでこっちから『まだ出発時間じゃないですからね?』ということを伝えるよう、できるだけのんびりと歩き、全く気にしていないかのように振る舞いながら、間の抜けた挨拶をする。


「ふあぁ……。あ、おはようございま〜す」


「…」


 わざとらしく右手を口に当てあくびのふりまでしたのに無視されたのである。いや、あくびなんてしてたから無視されたのかもしれない。


 馬車のおっさんは無愛想なやつである。

 人とのコミュニケーションが出来なさそうな奴なのに、よく御者なんてやっているものだ。

 王都旅行の時のレイラさんも愛想の良いタイプではなかったが、話しかければ普通に会話できたし、何より愛嬌があったので、おっさんより遥かに接客業に向いていた。


 このおっさんは本当に馬を走らせることしかできなさそうな奴である。何も考えずただ客と荷物を運ぶだけ。

 まあ高級馬車でも何でないのだから、それだけで仕事を十分に果たしてくれてはいる。だが人と関わる仕事である以上、お金をもらっている仕事内容だけを果たせば良いということ思考はやめて欲しいものだ。


 向こうにとっては毎日ある仕事のひとつなのだろうが、こっちからしてみれば一生に一度の友達との旅行なのだ。そういうことを考えて仕事をしてほしいのである。


 まあ、僕も働き始めたらおっさんのことをあまり強く言えなくなるのかもしれない。


 僕は長く生きているが高校入学までしか人生を進めたことがない。つまり仕事をするということがどういうことなのかは知らないのである。



「あ、2人とも起きてるじゃん。偉い偉い」


 部屋に戻るとサリアとヨアはお茶をしていた。

 寝ていた布団もたたんであるし、あとは本当に出発するだけといった感じである。


「おかえり。どこ行ってたの?」


 手前に座ったヨアが僕の方へ体を向ける。

 問いかけはごく普通なものなのに威圧感があるのは、僕がこの旅行で信用を失ったからだろう。


 この『どこ行ってたの?』には『誰に会ってたの?』というニュアンスが含まれているのである。


「その辺を歩いてただけだよ。別に名残惜しいわけでもないんだけど、なんとなく最後に海を味わいたくて」


「ヨアも起こしてくれればよかったのに」


「こういうのは1人だからいいんだよ」


「ヨアはお姉ちゃんと散歩したかった」


「また今度ね。なんか馬車がもう宿の前についてるし、2人とも準備できてるなら乗っちゃう?予定よりはまだ少し時間あるけど」


 むくれたヨアは一旦置いておいて、出発するか否かを2人に問う。

 どうせ馬車はもういるし、やることがないなら律儀に時間まで待たずとも良いわけである。


「出発前にトイレに行っておこうかな。アーニャとヨアも行っといた方がいいんじゃない?3人とも終わるくらいにはいい時間になるだろうし」


「それもそうだね。じゃあそんな感じで」


 コップを置いたサリアは立ち上がって部屋の外へ向かう。

 この宿のトイレは男子用トイレと女子用トイレ各1つずつ。他の客が使う可能性も考えるとさっさと行動に移すべきだ。

 この宿のトイレも綺麗ではないが、帰り道に駅ですることに比べれば随分マシだ。マシというか別次元という表現すらできるほどの差がある。駅のトイレはクソ・オブ・クソなのである。トイレだけに。


「ヨア先に行く?」


「どっちでもいいよ」


「じゃあ私先に行こうかな。他の人に並ばれても面倒だしもう行っちゃうね。馬車のおっさんとか宿の人が来たら適当に対応しといて」


「うん」


 別に便意があるわけではないのだが、個室に入って座れば出るだろう。不思議なものだが人間の体はそういうものなのである。

 逆にすごくトイレに行きたい時に駆け込むと、トイレに入った瞬間漏れそうになる。さっきまであんなに我慢できていたのに、パンツを下ろして座るというその動作中が1番危険なタイミングなのである。


 きっとトイレに入ったら用を足すものだと体が覚えてしまっているのだろう。逆にトイレ以外で用を足してはいけないと体に染み付いているとも言える。

 街中で漏らす人を見ないのはきっと、人間は皆幼い頃から親にそう躾られているおかげなのだろう。



 廊下を歩いてると何だか美味しそうな香りが鼻をくすぐる。


 反射的に『ぐぐご』と可愛くない腹鳴が出た。

 起きてから3時間以上経っているし、そろそろ空腹なのである。

 さっきまではなんともなかったのに、朝食の匂いを嗅いだ瞬間にとてつもなく空腹を感じる。


 これもトイレの原理と大体同じなのだろう。

 食事の写真を見たり、匂いを嗅いだりすることで体が食事を取れると勘違いするのだ。



 もはや宿に名残惜しさなどかけらもない。


 トイレが終わったらさっさと馬車に入って朝ごはんを食べたいのである。




―――――――――――――――――――――――




 馬車での長距離移動もこれで何度目のことだろうか。


 目新しさがなくなればそこに残るのは不自由のみ。

 窮屈で熱い馬車には嫌気がさしてくるのである。


 もはや景色に興味はないため、カーテンを閉め日光を遮り、窓を開けたりヨアの魔術だったりで空気を循環させてはいるが、それでも熱いものは熱い。


 高級馬車じゃない限り、温度調整できる魔術師は馬車での移動に必須アイテムと言える。特に夏の氷魔術師。



 そんな必須アイテムのリーシャはトゥリーと家族ぐるみで旅行に行っているらしい。


 幸か不幸かリーシャのことが苦手なセドルドさんは仕事の都合で参加できない。まあ別にいたとしても険悪になる感じではないだろうが、今はまだいない方が都合がいいかもしれないのである。


 要するに勘が鋭すぎるのも良くないということだ。


 

 そんなことはさておき、窮屈な馬車といえど退屈ではない。友人と3人でいるのなら話題は尽きないし、まだまだ楽しい旅行気分なのである。


「てかヨアもうちの部活の遠征くる?1人2人増えても別に問題ないと思うし、私とサリアでゴネればレラーザ先生も許可してくれると思うんだよね」


「ヨア家族旅行いくから行けないよ」


「あんたの家意外と仲良いよね。私だったらあんな兄貴ぜっっっっったい嫌だけど!あーでも、あいつヨアにはなんかベタ甘かー」


「別にヨアはお兄ちゃんが好きなわけじゃないけどね」


「うわ、ボスが聞いたらスネそう」


「やっぱり妹ってかわいいものなの?アーニャもラファちゃんにべったべただし、ヨアにもそんな感じだし」


「うーん…まあやっぱりかわいいよ。ボスとヨアは双子だからまたちょっと違うかもだけど、一般的な兄姉は妹ってだけで無条件に可愛く感じちゃうと思うな」


 ちなみにヨアのことは別に本気で義妹だと思っているわけではない。ただの友達なのである。


 大丈夫だとは思うが念のため強調しておくのである。


「お姉ちゃんは気に入った子には優しくて、気に入らない子には冷たいよね」


「別にみんなそんなもんじゃない?猫被りのサリアはともかく、ヨアだって結構冷たい対応なこと多いじゃん」


「てか私から見たらアーニャよりヨアの方が冷たいと思うけど。アーニャって割とみんなに丁寧な対応してない?ヨアは『ふーん、あっそ』みたいな感じじゃーん」


「ヨアはみんなに同じだよ。でもお姉ちゃんは私とかサリアちゃんとかラファちゃんには優しいけど、嫌いな子の時はすっごく嫌そうに対応してる」


「えー?否定はしないけど、別に本人達は気がついてないだろうしよくない?そんなに嫌いな人が多いわけでもないし」


 そりゃ僕だって好き嫌いはある。


 露骨に嫌な対応する相手も稀にいるが、基本的にはみんなにそれなりに対応はしているつもりである。それは海辺で少年に話をしたような、僕なりの努力のつもりだったのだが、ヨアの目にはそう映ってなかったようである。


「バレバレだと思うよ。お兄ちゃんもお姉ちゃんの愛想笑いは側から見てもすごく嫌な感じって言ってた」


「え、私もしかして裏で罵倒されてる?」


「あーたしかに私もちよっとわかるかも。アーニャたまに『うわ、今の反応絶対になんか心の中で嫌そうな顔してる!!』って時あるもんね」


「サリア相手にはちゃんと顔に出すけどね」


「別に私は気にしないからいいよー。しかも顔に出された方がいいし。愛想笑いの裏で嫌がってるのがわかったら傷つくかも、逆に!」


 いや気にしろよ。


「お姉ちゃんは人気があるからだと思う」


「と、言うと?」


「みんなお姉ちゃんに嫌われたり、がっかりされるのが怖いからお姉ちゃんの顔をよく見てる」


「えー、なんか嫌な人気のつき方だなー。じゃあ私はどうしたらいいと思う?もっと上手に愛想笑いできるように練習するべき?」


「わかんない」


「なんじゃそりゃ。サリアはどう思う?」


「え、そのままでよくない??合わない人は合わないし、合う人は合うし。みんながアーニャと仲良くなりたいからって、アーニャがみんなと仲良くなってあげる必要なんてないよ」


「じゃあ露骨に嫌そうな顔したらいいかな?私的には表面上取り繕ってる方が周りからの評価いいかなって思ってるんだけど」


 そいつからの評価というよりも、そいつに対しても丁寧な対応をしているということに対する周りからの評価が大切なのだ。

 勿論そいつからも嫌なやつだと思われたくないというのもある。僕は自分が嫌いな相手からもなるべく嫌われないような立ち回りをしたいのである。


「今まで通りでいいよ。ヨアだって『冷たいよね』って言ったけど『なおしたほうがいい』とは言ってないじゃんね?」


「うん」


「ほら。アーニャはそのままでいいよ。夏休み明けの旅行の班の2人とだってなんか仲良いじゃん。よかったね、初学校ぶりにシャイナーと仲良く話せて!シャイナーすっごいかわいいもんねっ!!」


 サリアはやたら高圧的にシャイナー可愛いと言ってくる。

 サリアのこの感じこそ取り繕う気がない嫌そうな感情である。言葉とは裏腹に、誰が見てもシャイナーを誉めているようには感じないだろう。


「なに嫉妬してんのさ。サリアとはこうやってプライベートでも旅行行ってるし、部活でも一緒じゃん」


「なんかでも!なんか普通の子ならいいんだけど、かわいい子だと嫌っ!!」


「サリアよりかわいい子だと嫌ってこと?」


「あーーっ!!アーニャが言っちゃいけないこと言った!!ヨア、今の発言どう思う!?」


「ヨアはそのシャイナーちゃんって子知らない」


「別に知ってる知らない関係なしに、シャイナーの方が私よりかわいいって言ったのひどくない!?」


「そんなこと言ってないじゃん。サリアがそういう感じのこと言ってたから、そう思ってるのかな〜って」


 別に僕はサリアよりシャイナーの方が可愛いだなんて思っていない。

 そりゃルックスで言えばサリアよりシャイナーの方が僕の好みだが、人との関係なんて見た目だけじゃない。


 ましてや恋愛感情なんて両方とも全くないわけだし、性格的にも、付き合いの長さ的にもサリアの方がかわいいと思っているのである。


「誰だってそう思うでしょ!シャイナーと話してる時のアーニャ、ずーーーーっとシャイナーのこと見つめてるし、シャイナーだってきっと気がついるよ!!」


「サリアがそう思い込んでるだけだよ。そんなに見つめてないって」


「なんか、男子達がシャイナーを見てるのと同じ目してるもん。化粧も上手だし、かわいいなーって思ってるんでしょ?私が化粧して行っても『メイクまでするとサリアは美人過ぎて絡みにくいね。バッチリメイクするのは高校入ってからでいいんじゃない?』とかいうひっどい感想言ってきたくせに」


「誉めてるじゃん。お母さんにやってもらったのか自分でやったのか知らないけど、めっちゃ上手だったよ。美人過ぎて直視できないくらい」


 高身長のとんでも美人に上から見つめられれば誰だって緊張する。

 シャイナーがするメイクとサリアがするメイクでは意味が全く違っていたから仕方なかったのである。


 というか僕が言ったセリフ一言一句違わず覚えているの怖すぎる。こいつたまにとんでもないストーカー気質出してくるからまた別の怖さがあるのである。


「お姉ちゃんはお化粧してもそんなに変わらないよね」


「本当はもっと濃いメイクの方が好きなんだけどね。私は逆にそういうの似合わないから」


「アーニャ出かける時はしてるのに学校にはしてこないよね?めんどくさいから?」


「なんとなくしない方が真面目な生徒ぽいかなーって」


「どの口が言ってんの?アーニャなんて不良代表じゃん」


「それこそどの口が言ってんのさ。嘘つきの王国代表のくせに」


「ヨアはお化粧よくわからないから今度教えてほしいな」


「ヨアも結構元からはっきりした顔だから私みたいにナチュラルなメイクでいいと思うよ。すぐに覚えられるし今やる?」


「うん」


「汗だくだし揺れるし無理じゃない?」


「あー…確かに。また今度にしよっか」


「うん」


 時刻はもう時期正午を迎える。


 馬車の中はどんどん暑くなっていく。まだもう少しの間は上り坂だろう。


 ベタつく肌をタオルで拭きながら、昼食を取り出す。

 保冷鞄などないため、真夏でも傷まない乾燥パンと干し肉。環境も相まってひと足先にハンターにでもなった気分である。


 水筒にはぬるいお茶がまだまだ沢山入っている。

 熱中症にならないよう定期的に飲んではいるが、飲み過ぎてトイレに行きたくなるのも面倒なので、いい感じのペースで飲む必要があるのである。


「うわ、ぱさぱさぁ…。私いらないからヨアかアーニャあげる」


「ヨアもいらない」


「私だって自分のだけでいいよ。どうせ夕方になったらお腹すいたってごねるんだから黙って食べなさい」


 口を開けば文句や、憎まれ口ばかりが出てくる。

 別に楽しくないわけでもないし、仲が悪いわけでもない。ただ女子中学生は多分こういう生き物なのだ。



 ばか暑い馬車の中で文句ばかり言いながら食べるあんまり美味しくないご飯。


 喉も口の中も乾くが、心だけは幸せで満たされているのである。




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