第八話 出産というのは産出するということの逆である
―出産。
英語で言うとDelivery。
デリバリーピザのデリバリーと同じデリバリーである。
むしろデリバリーピザの『デリバリー』が出産という意味からきているということを皆さんご存知であっただろうか?
デリバリーピザというのは、ピザを運ぶ宅配員がまるで赤ちゃんを連れてくるコウノトリのようだ、という意味で『デリバリーピザ』と呼ばれるようになったのである。
宅配員がコウノトリならば、ピザを受け取る我々はさながら助産師のようなものだ。
デリバリーヘルスというのもつまりはそういうことだ。
あれはファッションヘルスがまるでコウノトリのようにやってくるという意味で『デリバリーヘルス』と呼ばれているのである。
ファッションヘルスが赤ちゃんを連れてきたら大変な事件なのだが、そんなことは当事者間の問題であってどうでもいい話だ。
ちなみにファッションヘルスというのは和製英語である。
海外旅行先で「ファッションヘルスに行きたい!」なんて言っても通じないので要注意だ。
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ガポル村の絆は強い。
理由としては、職場が同じ人の村だからとか、全員の顔を覚えられる程度の人口だからとかもあるが、一番は「様々なことを支え合って生きているから」である。
光属性の魔術師の方が井戸水を清潔に保ってくれるし、土属性の魔術師の方が道や建物の整備をしてくれる。
唯一の炎属性の魔術師であるうちのパパは、夜道に明かりを灯してる。
役割分担をするのは魔術師だけじゃない。
街から物資を荷馬車で運んできてくれる人もいるし、子供がナスフォ街の学校に行くまでを見守ってくれてる人もいる。
そして出産の時には、出産に慣れた女性の方々が手伝いに来てくれるのだ。
今日、3月10日はカラさんを含む3人の方がママの手伝いに来てくれた。
そのうちの1人であるノルスタさんは出産の間、セドルド家で僕とトゥリーの面倒を見てくれていた。
「ままだいじょうぶかな?」
「カラちゃんもナタリーもついてるから大丈夫よー」
「いたくない?」
「うーん。痛いには痛いけど大丈夫よ。 おばさんね、ママがアーニャちゃんを産むときにお手伝いしたから知ってるの。 アーニャちゃんのママはとっても強い人だから大丈夫よ」
「でもままほうちょうでゆびきってないてた」
「…うーん、そうねー…。 ママっていうのはね、子供のためならどんなことでも頑張れるのよ」
「ごはんはぱぱのためだからないちゃった?」
「うーーーーーん。そうかもねぇ……」
「あーにゃもぱぱのためならがんばらない」
「…パパのことはきらいなの…?」
「ふつう」
「ふつうかー」「あにゃきてー」
「あい」
「トゥリー君のことは好き?」
「ふつう」「あにゃー」
「ふつうかー」
「あい」「あにゃーー!」
ママは大丈夫だろうか?
ノルスタさんの言い分はわかるが、ママはこの前18歳になったばかりの女の子である。 「あにゃー!」
出産はものすごい痛いっていうしママは泣いちゃっているんじゃないだろうか? 「あにゃ!あにゃーーー!」「…アーニャちゃんトゥリー君呼んでるわよ?」
僕が近くに行ってねこと一緒に応援してあげた方が気が紛れるんじゃないだろうか? 「あにゃーーー!!!!」「トゥリー君!おばさんと遊びましょっか!」
僕は本当にこんなとこでトゥリーの相手をしている場合なのだろうか? 「あにゃ!あにゃー!!!」「トゥリー君!ほら!いないな〜い…ばぁっ!!」「あにゃーー!!」
考えても赤ちゃんの僕ではどうしようもないのだが、心配なものは心配で、どうしよもないのである。 「びゃーーーーーーーー!!!!」「ほ、ほら!トゥリー君!おばさんと積み木やりましょ!!」
こんな日くらいパパも仕事を休むわけにはいかなかったのだろうか?セドルドさんはこの前腹痛で早退していたらしいし、理論的にはできるはずなのである。「びゃぁぁあ!あにゃぁあぁぁぁ!!!!あにゃぁぁあぁあ!!」「ほら!よーしよし!いい子いい子!」
この村は「あにゃぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」助「アーニャちゃん!ちょっとだけこっちにきてくれないかしら!?」けあ「びゃぁぁあぁぁぁぁ!!!」いの村「あ、アーニャちゃん!おねがい!」ではなかっ「あにゃ!あにゃ!ぁぁぁあああにゃあああ!!!」たのか。
「うるさいっ!」
「びゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
「!? な、何事だ!? どうしたんだ!?」
「! ろ、ロンド君! アーニャちゃんを呼んで貰えない!?」
お、噂をすればである。
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「ぱぱはままのとこいかないの?」
仕事を休んでまで帰ってきたのに、ママのところに行かないのだろうか?
パパはとても情けない顔で僕とトゥリーとノルスタさんと積み木をしている。
僕に質問をされて、情けない顔がさらに情けなく歪む。
「おれとしては行きたいんだけどなあ。カラに邪魔なだけだからアーニャの方に行っててって言われちゃった」
「なかま」
「なかまか…。おれは大人だし役に立ちたいんだけどなあ」
「でもあーにゃはぱぱがきてうれしい」
「へへっ。そっか」
パパは「とても情けない顔」から「情けない顔」くらいまで回復した。可愛い娘が可愛いことを言ってあげた甲斐はあったようだ。
パパが来て嬉しいというのは本当のことだ。
心配でソワソワしているのが自分だけじゃないとわかったことも、役に立たないのが自分だけじゃないとわかったことも嬉しい。
それに、不安な時に見慣れた大人が側にいてくれるとすごく安心するものだ。
「アーニャちゃんはすっごい賢いのね。私、驚いちゃった。喋ってても一歳の子とは思えないわ」
「そうなんですよ。贔屓目抜きで賢い子だと思ってます」
「自慢の娘さんね。きっといいお姉ちゃんになるわよー」
「あにゃ、とぅりーの」
「トゥリー君はアーニャちゃん大好きなのね」
「うん」
いつからお前のものになったんだ僕は。
パパもニコニコしてないで「お前なんぞにアーニャはやらん!」くらい言ったらどうだ。まあ、本当に言ったらドン引きするが。
「まままだかな?」
「どうなんだろうな? どうなんでしょう?」
「うーん。現場にいないから詳しくはわからないけど、私の経験上まだかかると思うわよ? 心配だけど大人しく待っときましょ」
「まだかぁ…ありがとうございます…。あー。緊張するーー。 変われるなら、変わってあげたいんですけどね。そういうこともできないし…無力です…ほんと…」
「ふふふ! こればっかりは仕方ないわねー。ママに頑張って貰うしかないもの」
「ぱぱあーにゃがついてるよ?」
「…へへっ。ありがとなアーニャ」
相変わらず情けない顔ではあるが、「ちょっとだけ情けない顔」くらいまでは回復していた。
情けない同士、ママを待つのである。
トリシアの容態を聞いたロンドは急いで家に帰ってきましたが、何をするわけでもなくトリシアの周りをうろうろしたり、あとどれくらいだとかしつこく聞いてきたりで、邪魔だったので追い出されました。