第九十四話 大失態旅行なのである②
「あ、お姉ちゃんだ。おはよ」
「ヨア!どこに行ってたの!?」
シャワールームからから歩いて部屋に戻っていると、ヨアがトイレから出てきた。
服装は水着ではなくTシャツと短パン。とりあえずなんとなく安心した。
「隣の部屋。知り合ったお姉さん達が同じ宿だったからボードゲームしてた。みんな起きたしお姉ちゃんもくる?」
「よかったぁ!よかったよ、ほんと!行ってもいい!?」
「?うん、いこ。ミロクもいるよ」
ミロクがいるということはそのお姉さん達とミロクも知り合いということ。
つまりほぼ確実にヨアはあの後何事もなく平和にボードゲームをしていたのだ。ミロクは真面目らしいし4人でエロいことをしていたという線もないだろう。
トイレから歩いて僕たちのひとつ前の部屋に入る。
改めて見ると年季の入った宿である。木製の扉には鍵もついていない。
「ヨアちゃんおかえ…!?その子って!」
「うわ、あのむかつく子じゃん」
「お姉ちゃん2人と知り合い?」
「?なんだろ全然覚えてないや。ごめんなさい、何か失礼なことをしたみたいで。ヨアの友人のアーニャ・ハレアといいます」
部屋の中には黒髪赤眼のイケメンと、青髪の女性が2人。
1人は優しそうなメガネのお姉さんで、1人は気がきつそうなお姉さん。年齢はおそらく20代前半。2人ともちゃんと服を着ている。大事なことである。
「記憶が飛ぶまで飲むなんて…あなた2度とお酒飲まない方がいいわよ」
「シラフだとこんな感じなんだ。昨日あたしに向かって『お前』とか言ってきた子と同一人物には思えないね」
お姉さんは2人とも僕のことをよく思っていないようである。おおかた僕がやらかしたのだろう。
「ごめんなさい今反省していたところです。以後気をつけます。それで質問なのですが、お二人はヨアとミロクさんとは夜から遊んでいたんですか?」
「ええ。昨日ビーチで会って、真面目そうで可愛い2人だったから一緒に遊ばない?って誘ったの。朝までお酒飲みながらボードゲームをしてただけよ」
「ミロクさんもそれであってますか?」
「…なんだか昨日のアーニャちゃんとは別人みたいだ。リサさんの説明であってるよ。アーニャちゃんが心配しているようなことを俺とヨアはしてないし、アガリも君には何もしてないと思う」
ミロクは僕に警戒の眼差しを向けている。おおかた僕がやらかしたのだろう。
とりあえず真面目そうなミロクからも僕の純潔は証明された。これでサリア以外の2人に何もなかったことはほぼ確定したのである。
リサさんと呼ばれた眼鏡のお姉さんが僕を見る目が少しずつ優しくなる。隣に座るお姉さんはまだ僕のことを睨んでいるが、自業自得なので突っかかりはしない。
「アガリさんは今どこへ?」
「さあ?アーニャちゃんが知らないなら俺達は知らない。サリアちゃんはどうした?ガルドは?」
「サリアは部屋で寝てます。ガルドさんはアガリさんが連れ帰ったそうです」
「うわ…絶対その子達はやっちゃったじゃん…」
「こらルーネ、余計なこと言わないの」
ルーネと呼ばれたきつそうな方のお姉さんの僕に向ける視線が敵意から軽蔑になる。なんでサリアの失態で僕が軽蔑されるんだ。
まあ監督責任を問われると僕のせいだ。
今回の失態は8割方僕のせいなのである。
「ごめんなさい。本当にご迷惑をおかけしました。ミロクさんもヨアを守ってくれてありがとうございます」
「心配しなくても初対面の女の子に手を出したりしないから。それに君たちはまだ中学生だろ?大人は子供を守るべきだ」
「あれ、ヨアは実年齢言ったんだ」
「ヨアはお姉ちゃんとサリアちゃんと違って悪い子じゃないから。最初から言ってるよ」
「もしかしてリサさんとルーネさんも聞いてました?」
「全部聞いたわよ。馬鹿ねえって感じ。私もミロクくんと同じで子供を守るのが大人の仕事だと思ってるからいいんだけど、ルーネは怒ってたわよ?」
「あたしはまだ怒ってるから。人がせっかく助けてあげようとしたのに、あんためちゃくちゃ感じ悪かったんだから」
「本当にごめんなさい…」
まさかこの僕がそんな失礼なことをしたなんて。
お酒は飲みません。2度と。本当に。多分。
「ルーネちゃん、お姉ちゃんを許してあげて?お姉ちゃん本当は優しくてかわいくていい子だから」
「まあ見てたらわかるけど…。だからこそあんたはもう当分飲まないこと。年齢ってのもあるけど、あんたは信じられないくらい酒癖悪いから。それもタチが悪い方に」
「俺もルーネさんと同意見。仲良くなったのがアガリだったから良かったけど、変な人だったらどうなってたことか」
「お姉ちゃんじゃなくて男の人の方がね」
「え、男の方がですか?」
「昨日君にちょっかいをかけた男が何人も失神するまで殴られたんだ。話しかけただけで蹴り飛ばされたやつだっていた」
「私に?」
「君に。だから下手なことをせずにアガリに託したんだよ。なるべく人に近づかせないでって」
「そうそう。その話を聞いて私たちもアガリくんが人気のない岩場に行ってた理由がわかったのよ。私とルーネはそれを知らなかったから彼に失礼なこと言っちゃったの」
「なるほど」
なるほど。
僕の酔い方は予想の斜め上だったらしい。
男に手を出されるどころか、こっちから脚まで出していたとは。
とんでもない悪行であることに変わりはないのだが、なんだかすごく安心した。僕が加害者側なのであれば被害者にはなっていないのだろう。
だがこれは僕にとって致命的な欠点である。
『お酒が弱い女の子』というキャラをなんとか定着させないといけない。『酒癖が悪い暴力系女』なんてのは絶対に駄目だ。
僕はそんな致命的な欠点を許すことができない。
「まあもうこのお話はやめにしとこ?ほらみんなお腹空いたでしょうしご飯食べに行かない?」
アーニャちゃん大反省会に終止符を打ってくれたのはリサさん。聖母のようなお姉さん、もといお姉様である。
「あたしたちはお酒飲むけど、あんたは本当にダメだからね。ジュースでも飲んどきなさい」
「勿論でございます」
「まあ少しくらいならいいんじゃない?」
「リサはすぐに甘やかそうとする!今日は一滴も飲ませちゃだめだから!ほら出かけるなら出かける!ミロクは荷物持ち!」
「任せてください」
ルーネさんが大きなカバンをミロクに渡す。紳士なミロクは爽やかな笑顔でそれを受け取ると、ルーネさんが立ち上がるのに手まで貸す。
こいつにならうちの義妹を渡してやらんこともないのである。
――――
「うげ!昨日の嬢ちゃん!!」
ルーネさんについて行った店でいきなり嫌な顔をされた。勿論ルーネさんではなく僕が。
「ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません」
「い、いや、俺は別に迷惑かかってねえんだけどよ…。遠くから見ててもとんでもねえ様子だったから」
「どんな感じだったんですか?」
「覚えてねえんだな…。嬢ちゃんと話をしてた坊主がいきなり海に吹き飛ばされて、そのツレが怒って嬢ちゃんに怒鳴ったら、そいつらもボコボコにされて…挙げ句の果てに――」
「も、もう大丈夫です!ありがとうございます!!」
挙げ句の果てに何したのか気になるが、ルーネさんとリサさんが凄い顔をしているのでやめてもらう。
絡んできた男をやっつけただけならかわいいもんだが、挙げ句の果てがあったら話が変わってくるのである。
「お、おう…。嬢ちゃんは酒飲まない方がいいぞ。せっかく別嬪さんなのにあれじゃあ台無しだ。それがいいって言う物好きな男もいるんだろうが、そんなやつぁ碌でもねえからよ」
「心に留めておきます」
店屋のおっちゃんから食材を受け取って席に着く。この店はテーブルにグリルがついているので、荷物を持たずにやってきてバーベキューができるようだ。
「お姉ちゃんの好きなピーマンたくさんあるよ」
「アーニャちゃんピーマン好きなの?」
「最近克服して好きになったんだよね。昔お父さんに虫入りのピーマン食べさせられてから食べられなかったって言ってた」
「お酒飲んでないと見た目通りの可愛らしい子みたいね」
ヨアとリサさんがお話ししながら調理を開始してくれる。2人とも手際が良くて安心して見ていられるのである。
炎魔術師のミロクは火を管理してくれている。グリルに魔術具はついていないため、本当は古典的な方法で炭に火をつけないといけないのだが、炎魔術師がいれば時短もできるし、適切な火加減を保つこともできるのである。
「なんか克服したきっかけでもあんの?」
「ルーネさんはピーマン嫌いなんですか?」
「ま、好きではないよ。嫌いってほどでもないけど」
「うーん、私は元々ピーマンが好きだったんですよね。食べられなくなったのは父のせいってだけで。だから一度無理矢理食べさせられたら、普通に食べられるようになりました」
「へー。誰が食べさせてくれたの?お父さんではないでしょ?」
「ヨアのお兄さんです。ヨアとは似ても似つかない暴君みたいなやつなので、断りきれなくて食べました」
「?ヨアちゃんのお兄ちゃんならあんたのお兄ちゃんじゃないの?」
「ああ〜…えーっと。そのお兄ちゃんと私が割と仲良くて、それで結婚したらヨアが義妹になるよね?って感じでヨアがお姉ちゃんって呼び始めただけなんです。別に私とそのお兄ちゃんは付き合ってもいないんですけどね」
「そうなんだ。普通に姉妹なのかと思ってた。なんとなく似てるし」
残された僕とルーネさんはおしゃべりしているだけ。
ルーネさんはお酒を飲んでいるが、僕が持っているのはオレンジジュース。ちゃんとソフトドリンクなのである。
昨日と打って変わって雨が降ってもおかしくない空模様。海辺ということもあり気温は低めである。
それでも火の前なのでかなり暑い。
下に水着を着ているからTシャツを脱ぐこともできるのだが、完全シラフの僕には恥じらいがある。
あんな下着同然の格好にはなれないのである。
「お姉ちゃん。はい、あ〜〜ん」
「あ〜〜ん」
焼き上がったピーマンを口の中に入れられる。
程よい温度なので猫舌の僕でも美味しく頂ける。
「おいしい?」
「ん。おいしいよ」
「美少女同士のイチャイチャご馳走様。明るいとこで改めて見ると、あんた達2人ともびっくりするくらい整った顔してるよね。ミロクはどっちが好き?」
「え、それを俺にふります?」
「いいじゃん、答えてよ。あたしは顔だけなら悔しいけどアーニャかな。どっちも可愛いんだけどアーニャの方が小動物感があってタイプ」
「ええ…リサさんは?」
「あんまりどっちが好きとか言うのもな〜」
「私は気にしませんよ」
「ヨアも」
僕もヨアも自分が可愛いことを嫌というほどに理解している。今更どちらが好きかという議論をされたところで嫌な気持ちになることは全くない。
僕とヨアの顔の優劣なんて、その人の好みによるとしか言えないのである。
「ほら。てかミロクが先に答えてね。ここでリサが先に答えたらあんたなんか気を遣った答え考え出しそうだから」
「うーん…強いて言うなら…。強いて言うならですよ?」
「はいはい。わかったから」
「…強いて言うならヨアですかね」
「へぇ。じゃあ好きなところを3つ挙げて」
ルーネさんの無茶振り。
ヨアの名前を出しただけで顔を真っ赤にしているミロクには酷な要求である。
「ええ!?えーと、アーニャちゃんと比較してですよね?」
「まあそうかな」
「ヨアちゃんの好きなとこは……常に節目がちというか、少し眠そうで穏やかな目元とか。あとアーニャちゃんみたいな猫目?ってのかな、そういう感じより完全に垂れてる方が好きかな。あと、唇が色っぽいとこ…かな」
思ってたよりもだいぶ具体的な回答が来た。
僕とて昔は男子高校生。女性4人に囲まれてこれをやらされる心労は想像に難くない。
流石は紳士ミロク。
へんなところまで真面目なのである。
「目と唇で2つなんだけど、すっごい熱く語ってくれたからおっけー」
「…これめちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど。男が俺だけなの不公平すぎません?」
「そんなことないそんなことない。役得だと思いな。ついでにリサは?」
「ついでって…。まあ、私はアーニャちゃんかな?ちょっといたずらっ子ぽい感じが猫ちゃんみたいでかわいいわよね。話をしてみたらそんなことない真面目な子なんだけど」
「酒を飲んだら猫ってより猛獣だけどね」
「こらルーネ、いじめないの」
たった3人からの意見でしかないが、僕の方が小動物ぽい可愛い系、ヨアの方が女性らしい可愛い系に見えるらしい。まあ僕も似たような意見である。
ちなみに僕は猫派なので犬っぽいと言われるより猫っぽいと言われる方が気分がいい。ただ、猫か犬かで言うとヨアも割と猫って感じがするのである。
犬っぽいのは圧倒的にミロク。
ミロクは忠犬って感じがぴったりである。
――――
のほほんとしたバーベキューを終え、海に入る支度を開始する。
僕とヨア以外の3人はお酒を飲んでいたのだが、酔っ払っている様子はない。もともとの体質もあるのだろうが、適量を知っているというのもあるのだろう。
グリルの片付けは店側がしてくれるのだが、ある程度は自分たちで片付けるのがマナーのようだ。散らかしたものはまとめて、片付けをしやすいように片付けるのである。
ちなみに腹は9分目くらい。
戻しそうになるほどではないが、運動することはできないほどの満腹。ぺちゃくちゃと会話をしながら2時間以上食べ続けたのである。
「アーニャは暇なら場所取りしてきて。あっちの方にあるパラソルのある椅子を2つ。あんた達もゆっくりしたいなら人数分ね」
「あれってそのまま座っちゃえばいいの?」
「あそこのバーの座席だからなんか買わないと駄目。あたし達はあとで選ぶから、とりあえずあんたとヨアの買っといて」
「はーい。ヨアも行こ」
「うん」
僕はルーネさん達と仲直りをした。
直るというよりは新たな仲を構築した感じである。
ちょっと年上だが普通の友人のような感じだ。バーベキューを通して昨日の僕の失態はおおかた水に流してもらえたのである。
ミロクだけはまだ若干僕のことを警戒している。
話によると昨日一度暴力を振るわれたらしい。それも暴れる僕を止めようとしただけなのに過剰な暴力を受けたそうだ。可哀想な話である。
そのミロクはとても真面目なのでグリルの掃除まで手伝っている。店屋のおっちゃんはすごく嬉しそうだ。
「ねえねえ君達は今2人?俺らも丁度2人なんだけど一緒に遊ばない?食べ物でも酒でもなんでも奢るよ〜!」
ヨアと2人になるとナンパ野郎にすぐ話しかけられる。
不細工でもないが、よく僕たちに話しかけられるなという程度の顔面。鏡を見てから出直してきて欲しいものである。
「友達と遊んでるのでほっといてください」
僕は心優しいので非常に穏やかな対応をする。
僕が対応しないと正直もののヨアが『不細工なのによく私たちに話しかけられるね。目が悪いならサングラスじゃなくて眼鏡かけたら?』とか言い出しそうだからだ。
別にそれだけで済むならいいのだが、面倒ごとを起こされると困る。せっかくルーネさん達の信頼を得られてきたのに、また1からになってしまうのである。
「友達も女の子?別にその子達も呼んで大丈夫だよ!2人の友達ならその子達もかわいいのかな?どこからきたの?なんの友達のグループ?」
「男の子もいるんで。他を当たってください」
「えー待ってよ!女の子何人で男の子何人?もし男が足りないようなら人数合わせでもいいからどう?俺ら酒も飲めるし、運動も結構できるよ!悪い話じゃないっしょ!」
「女4人の男1人ですが、お兄さん達早く諦めた方がいいですよ?あいつ自分の女に手を出されるの1番嫌いなので。本当に私はお兄さん達のために言ってるんですよ?」
仕方ないので適当なハッタリをかける。
実際この程度の雑魚ならミロクが蹴散らしてくれるだろう。ミロクがそういうことをしそうにはないタイプだという点を除けば、僕はそれほど嘘をついていないのである。
「あ、はい。おっけーでーす」
「え、お前諦めんのはないだろ!ちょっとそのお兄さんと話させてよ!」
「!? お、おい!やめとけって!――じゃね!俺らもう行くわ〜!!」
消えてくれればラッキーだし、消えなかったらミロク達が来るまで暇つぶし程度にあしらってやろうと思っていたのだが、2人は血相を変えてすぐに消えていった。
片方はやけに怯えていたし、何か苦い経験でもあったのだろう。
ーーと思ったのだが、どうやら違う理由がありそうだ。
僕の真後ろからやけにイカつい足音がする。
砂浜を歩いていてもヤバいやつは足音だけでわかるのである。
「よかった。今日は全く飲んでないんだね」
少しだけ訛りのあるハスキーボイス。
ちょっとだけ耳に覚えがある声だ。
振り返るとタトゥーだらけのムキムキマッチョニキ。
赤い坊主がチャームポイントのアガリである。まあ総合的にチャームポイントという言葉と対極にいる見た目ではあるが。
「飲んでいるかもしれませんよ?」
「飲んでたらさっきの2人は今頃気を失ってただろうね」
「…昨日は色々ご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございませんでした」
「やめてくれよ。アーニャちゃんに畏まられると逆に怖いって。それに俺は昨日が嫌なわけでもなかったし」
「じゃあいっか。ヨア、アガリには私のお守りはご褒美みたいなものだったんだって。変な気は遣わないで今日もボディーガードしてもらお。アガリがいるだけでさっきみたいな鬱陶しい奴らが寄ってこなくなるよ」
それならそうと最初から言ってもらわないと困る。
ミロクの口ぶりだとアガリは渋々僕のお守りをしていたみたいな感じだっだ。
申し訳なく思った僕の良心を返してもらいたいものだ。僕は良心の在庫が少ない方なのだ。
「私は最初からそう思ってたよ。お姉ちゃんとデートできるなんてどんな人にとってもご褒美だよ」
「たしかに。むしろアガリは今日も私に会えたことに感謝するべきだね」
「ご褒美とまでは言ってないんだけど…」
「ふーん…嬉しいわけじゃないんだ。じゃ、いいや。昨日はありがとね。ばいばーい」
「違う違う、まって!今日も会えて本当に嬉しいよ!男除けでもなんでもいいから一緒にいさせて!!」
「まったく、最初からそう言えばいいんだよ。とりあえずあそこのパラソルがある席を取りに行くよ。3席空いてるし3席とっちゃお〜!」
「おー」
子分を2匹連れてるはずなのに、返事がひとつしか返ってこなかった。ジムバッチは足りてるはずなのにおかしな話である。
「なんで黙ってんの。アガリもやるんだよ」
「え、俺も?」
「そうだよ、ノリが悪いんだから。もう1回やるからさっきのヨアに習ってね。――アガリの奢りだから私も1杯くらい飲んじゃお〜!」
「お、お〜!」
「…」
ちゃんと前振りをしたはずなのに何故か返事が足りない。しかも響いた返事は野太い声。僕のかわいい義妹の声がしなかったのである。
「なんで今度はヨアが言わないのさ」
「お姉ちゃんは飲んじゃダメ。約束してくれないならヨアは部屋に帰る」
「…わかったよ。飲まないって約束だもんね。それじゃあジュースを買いに行くぞ〜!!」
「おー」
「お〜!」
やっと返事が2つとも返ってきた。
3度目の正直というやつなのである。
海に来たのであればハイテンションで声を出していくのがマナーなのだ。どこでも静かにしてれば上品ってものではないのだ。
本当のマナーというのはTPOに合わせた行動をすることである。
ちなみにTPOは『Time,Place,Occasion(時,場所,場合)』のことを指す。TPOのTは確かに『時』だが、決して『Toki』の頭文字ではないので要注意である。
…返事がずれてたのは多めに見てやるのである。