ペイフォワード㉒
下重と俊葵に戸惑いはないわけではないが、話の腰を折りたくない気持ちは一致したようで、二人揃って頷く。
「何で主人が目指したのが公安なのかというと、それは高峰 由稀世なんだ。」
下重と俊葵はまたも揃って目を見開いた。
「主人は、高峰 由稀世は、公共の治安を乱す最も危険な部類の人間だって言ってた。
あの事件の後、高峰は死亡したという説が大半で、警察の中ではほとんど捜査されてなかったみたい。
だけど、直に対峙したあの人には分かるんだって。高峰 由稀世は生きてる。ヨットの爆発は、死んだと見せかけるためのカムフラージに違いないって、」
ゴクっ、
俊葵は唾を呑んだ。
「つ、まり...
ご主人は生きているであろう高峰 由稀世を追うために、公安部を目指したと、」
「そ、」
涼風はニコッと笑った。
「でも誤解しないで。俊葵さんに恩を売るつもりでこんな話してるんじゃないから。むしろ主人の感謝の気持ちを伝えるために話してるんだからね。
んでー、
それからの主人の生活の充実っぷりはマジ凄かったんだ。公安に異動願を出しては却下。出しては却下。それでも決して諦めずに、公安の刑事に無駄なスキルはないとか言って、内勤の次に配属された鑑識でもメッチャ頑張ってた。あの人、特に写真が上手かったみたいで、一度、警察の全国大会みたいなのに推薦されたらしいけど、公安志望の人間が表舞台に立つ訳にはいかないとか言って断っちゃったらしい。後になってその当時の上司に聞いたんだけどね。」
「で、最終的には公安になれたんですね?」
下重が言った。
コクリ、
涼風は頷く。
「辞令が下りた時、それはもう大喜びで、飛び上がって喜んでた。公安部の業務はとにかく過酷でさ、鑑識の時も生活は不規則だったけど、公安はそれ以上で、移ってからは中々家に帰って来れなくなった。その頃には風真は生まれてたんだけど、このままだと息子に顔を忘れられちゃうってビクビクしてたよ。ふふ。
栄太が姫島の駐在所に勤務してる時には島に一人っきりの警察官でそれなりに気を張ってたけど、今思えば眠っているかのようだったって、今があるのは、あの事件があったから。そういうと語弊があるから、誰にも言えないけどね。って笑ってた。」
下重は、お茶の入った湯呑みを差し出しながら首を横に振り、
「駐在所勤務時代の山城さんを知ってますが、真面目な勤務ぶりは評判でしたよ。眠ってるようだなんてとんでもない。」
と穏やかに言った。
グスッ、
涼風は鼻を啜る。
「へへ。ありがとうございます。
はい。これで私の昔話はお終い。長らくのご静聴ありがとうございました。」
と言いペコリと頭を下げると、お茶をズズっと啜り、ニカっと笑った。




