ペイフォワード㉑
「…やっぱ、気付かれちゃったか。」
涼風はぐるっと目玉を動かして肩をすくめた。
「確かに。亡くなった主人はこの姫島駐在所に勤務していました。」
「俊葵さん。」
下重が声を掛けると、ぼんやりとしていた俊葵の目に焦点が戻り、
それを見て涼風は再び口を開いた。
「勤務中に大怪我をした彼が運ばれた病院で働いていて、私達はそこで知り合ったの。」
涼風が言い終わるか俊葵は勢いよく立ち上がり、膝に頭が付きそうに頭を下げた。
そんな俊葵に慌てて涼風も腰を浮かせる。
「ま、ま待ってよ。今言ったように、主人と知り合ったのは、彼が勤務中に大怪我をして運ばれた後なの!」
それでも頭を上げない俊葵に涼風は同じ事を繰り返した。
「だから、私に謝っても意味はないし、もし本人が生きていても謝られるのは違うと言ったと思う。」
「そうですよ。」
下重の声に俊葵はようやく頭を上げた。
「風真君との関わり合いで、涼風さんは俊葵君があの時の少年だとすぐに気が付いたんじゃないですか?」
涼風は頷く。
「それでも風真君を俊葵君に託した涼風さんの気持ちが君には分かりませんか?」
俊葵は頭を振った。
「いえ、あ…ごめ,,,あ、えっと、ありがとう…ございます?」
あははっ、
涼風が笑った。
「急に日本語不自由になってる。
ははっ、いいよいいよ。私がお礼言われるのも変だけど、謝られるよりはよっぽどいい。」
「フフッ、まあ、座って。」
そう言ってティッシュを二、三枚渡すと、「お茶を淹れます。」と下重は部屋の角のミニバーに立った。
ブーっ、
要らないと言った割りに俊樹はしっかりと鼻をかんでいる。
気まずそうな俊葵に涼風はクスッと笑った。
「俊葵さん。あのね、主人はむしろあなたに感謝していたんだよ。」
「え?」
「怪我から回復した主人は本島の警察署で内勤として復職したんだ。私と結婚したのはその頃なんだけどね。しばらく経ってから栄太はあの事件の事話してくれたの。そして言ってた。あの事件では警察官として何も出来なかった。って。それなのに、入院中、何度もお見舞いに来てくれた伯方漁労長が『あの時君を呼ばなければこんな目に合わせずに済んだのに。』繰り返し繰り返し謝っていたんだって、だから、もう謝られるのは懲り懲りなんだって。
それから二、三年して、栄太が真面目な顔して言ったんだ。警察官としてやりたい仕事ができたって、それは公安という部署なんだけどね。知ってる?」
俊葵は回復しない顔色のまま瞬きを繰り返した。
「あ、公安っていうのは...」
俊葵の反応の鈍さが、公安の意味を知らないせいだと捉えた涼風が説明を始めようとするのを下重が止めた。
「涼風さん。知ってます。今回の件は東京の公安が絡んでいると踏んでますし、」
「あ、そっか。」
「それで?」
下重が続きを促す。
「そうだった、」
パン、と手を打ち、涼風は
「主人が俊葵さんに感謝してたって話だったね。うんとねぇ...」
と話し始めた。しかしなぜか途中で口篭ってしまった。
そして、数秒あらぬ方を見ると、意を決したように二人の顔に視線を戻す。
「証拠はないし...でも主人が言ってた事だから私は信じてる。これを言うのは軽率かも知れないけど、俊葵さんにとっても大事な事だから言うね。」




