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風を感じるために生まれた  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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大人の男

風磨は、島の、港がある南側を自転車で走っていた。

小学校の分校の屋根付きの駐輪場に自転車を乗り入れる。

ちょっとこだわったチューニングが施されたバイクが止まっている。彼は既に到着しているみたいだ。

笑みが自然と漏れ、さっきまで、悶々と頭を巡らせていたのが嘘のように、気持ちが晴れていくのを感じていた。

所々草が生えて凸凹になった校庭を横切る。

約束の時間までまだ間があるから、歩いてたって別にいいのに、気持ちが急いて、思わず早足になってしまう。


この廃校になった小学校の、元は教室だった部屋を二つぶち抜いて一部屋にしたスペースに彼はは居た。


「俊葵さん!」


ドアを開けるのももどかしく、風磨は部屋に飛び込んだ。


「おう!早いな。風真。お前、まさか学校サボったんじゃないだろうなぁ。」

準備のために屈みこんでいた長身を起こし、俊葵はのんびりと言った。


「ん、もう!僕がそんなことしないって、俊葵さんが一番良く知ってるでしょ!」

と怒鳴りながら、俊葵に駆け寄る。


俊葵はいつものように僕の頭を撫で、ちょっと顔を離してから目を細め、頭のてっぺんからつま先までを眺める。

そして、

「風真、また大きくなったか?」

と言った。

「ふふふ。そっかな?」

いつものお約束みたいなもの。でもそれが嬉しくて、風磨は声を立てて笑った。


風磨と俊葵は、荷物解きと会場設営の準備に取り掛かった。

「あ、」

俊葵が声を上げる。

「どしたの?」

「ヤバイ。来月の予約がまだだった。風真。事務室行って、手続きお願いできるか?」

「うん。いいよ。いつも通り第三金曜日ね。」

「ああ、頼む。」

風磨は、湿った木の香りが立ち込める廊下に出て、事務室に向かった。


「失礼しまーす。」

ガタガタ、キュッキュッ、

建て付けの悪い引き戸を開けた。

風磨の声を聞いて、中から赤ら顔で肉つきの良い今井さんが顔を出す。


「あらぁ!風真君。相変わらずの美少年ぶりで、

私、風真君に会えるから毎月第三金曜日が楽しみでねぇ。戒田さんと風真君のツーショットはは今井さんのオアシスなのよぉ〜。」

と言ってケタケタ笑った。


そうは言っても今井さんは、ベタベタ接してくることはないし、何かを探るように聞いてくることもない。安心して接する事ができる数少ない島民。


「そうそう、僕、予約取りに来たんです。空いてますよね?」


「空いてる。空いてる。未来永劫、この今井さんの目の黒いうちは、第三金曜日に“ひかりあそび”以外の予約は入れさせないわよ!」

と今井さんは言い、奥二重のぽってりした瞼をパチッと瞑ってみせた。


「あははは。ありがとうございます。でも、俊葵さんの言い付けなんで、一応予約帳に名前書いときますね。」

そう言って、僕は手作りの大学ノートの予約帳を開く。


「ええーっと、代表者、戒田 俊葵。電話番号は・・・」



戒田 俊葵はフォトグラファーだ。高校在学中に海外の有名な芸術祭で、鮮烈なデビューを飾った。当時のアート系雑誌は全部と言っていいほど俊葵の特集を組んでいたのだそうだ。

活動の拠点はずっとヨーロッパだったらしい。

ところが、5年前突然帰国し、その頃から、大学で教鞭を取るようになり、若い人たちに写真を教えたりする活動を始めた。


風磨はその活動の一環である、カメラを手作りしてそのカメラで写真を撮って遊ぶ講座“ひかりあそび”の手伝いをしている。

今日は、カメラの調整と、先月撮った写真のお披露目と品評会。明日は校庭で撮影会が行われる。参加予定は13人。

明日の天気予報は晴れ。


「明日、晴れますように。」


事務室からもどりながら風磨は、大げさかと思いつつ、西に傾きかけた夕日に向かって柏手を打っておいた。








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