ペイフォワード⑦
「もちろん。畠山君以外は、という意味で、」
芽衣はそう言うと、突っ立っている風真に空いている席に座れと促した。
「今の騒ぎ、説明してくれる?」
風真の前の椅子ではなく机に座り込んだ芽衣は、そう言って風真を見下ろした。
「せ、説明って、そもそも何が起こってたのかも全然知らないのに、むしろみんなの方が見えてたんじゃないの?」
風真は、窓を指差しながら、言った。
ふん、
芽衣は、鼻を鳴らしただけで、風真から目を離さない。
芽衣の側に立っていた加治木 大地が苦笑いした。新学期の初め頃、大地は芽衣に恋心を抱いていたようだが、何がどうなったのか、今や芽衣の立派な舎弟となりつつある。
「俺もさ、来たばっかで、急に下で誰かが怒鳴るからさ、喧嘩か?と思って見たら、怒鳴ってるのがまさかのキューピーじゃん?面白ぇからみんな呼んでさ、そしたら芽衣ちゃんが、風真が来たら、すぐに教室閉め切るよって言うからさ、」
腕組みをした芽衣は、ジロリと風真を睨みつけ口火を切った。
「昨日、川東が電話かけてきたんだ。」
「え、」
川東と聞いて風真は教壇の上の時計を見た。朝のホームルームの時間を5分過ぎている。
「川東は来ないよ。てか、緊急職員会議だってよ。そうだ。他クラス来ないように、誰か窓の外見張っててくんない?」
芽衣が言うや、一人の男子が椅子の上に上がり、窓越しに廊下を監視し始めた。
「ありがと、」
芽衣がニコリと笑うと、男子はサッと顔を赤らめ嬉しそうに頷いた。
「でさ、家電に掛けてくるから、学校でなんかやったと勘違いしてママがキレ出してさ、あんのやろ...ま、そんな事はいいか。
そんで、聞いてきたんだ。『畠山が一番心を許しているのは誰だ?』って、」
そこで芽衣は唇を噛む。
「畠山君に何かあったんだって思った。だからそう言った。そしたら川東、『質問に質問で返すな。お前まだまだ子供だな。大人は子供を守るために必要なことをする義務があるんだ。俺の質問に答えるのがお前の義務だ。』って言うのさ、そんな言い方されたら何にも言いたくなくなるじゃん?だから黙ってたらさ、川東の奴、『お前じゃ話にならんみたいだな。んじゃ、クラスのグループライン教えろ。』って言い出してさ、」
「教えたの?」
いつもはあまり言葉を発することのない花音という名の女子の声だったので、皆は一斉にそちらを見た。
「まさか、」
芽衣は頭を振った。
一同は、芽衣の答えにホッと息を吐いた。
青海の生徒にとって、教師にクラスのグループラインを知られる事は自治を明け渡したと同じ。これは青海生徒の名折れと言っても良い。皆の安堵の表情は、ここの所を譲れない生命線だと、本気で信じている証拠だろう。
この青海学園の校風として、高度な自治と教師を挟まない生徒同士、特にクラスの横の繋がりの強さが挙げられる。
一昔前は、クラス内の交換ノートという形で機能していたというが、昨今ではグループラインに変わっていった。これはよくある連絡網の域を超えていて、単位制を取る青海において生徒個人の孤立を防ぎ、結果として退学を防ぐ役割を果たしている事から、校長が大いに推奨していて、他の教職員はそれに追随するそんな空気感だ。
だからこそ、芽衣にとって、グループラインを教えろと言った川東の暴挙は許せるものではなかった。それは他のクラスメイトにとっても同じだ。
「芽衣ちゃん。よくやったよ。私だったら泣いちゃってたよ。」
先程の女子が涙交じりの声で言った。
その言葉に女子ばかりか男子も頷いてる。
「ありがと。だけど泣くのは早いよ。」
芽衣は苦笑いした。
「みんな忘れてない?川東があんな事言ったのは、畠山君に何かあったのを知ってるからだよ。」
「だな。でもよ、芽衣。畠山に何かあったって言うより、どっちかって言うと畠山のチームに何かがあったって言った方が良くね?」
西川という男子が口を挟んだ。
「ああ、見た見た。あの事件だろ。でも、ニュースで映ってた選手、畠山じゃねぇだろ。」
「じゃなんで、川東あんなこと言うんだ?」
芽衣はそれには反応せず、キッと風真を睨め付けた。
「川東には答えなかったけど、ウチの答えは決まってるよ。風真。悔しいけど、畠山君が一番心を許してるのはあんただと思う。だから説明してって、そういうこと。」
風真は負けず、芽衣を睨め付け返した。




