ペイフォワード②
「…いっ!つぅ…」
光生は、あまりの痛みに目を覚ました。
すぐに自分のいる場所の異変に気付く。室内のようだが辺りは薄暗く、目に入るもの全てに見覚えがない。
痛みの元凶を確かめようと、身体を覆っている毛布を剥がしにかかるが、腕に繋がった管に動きを阻まれてしまった。その管が伸びている先にコート掛けがあったようで、床との間でガタガタと音を立てた。思わずビクッと身体を震わすと、ドアが開き、細い光が部屋の中に差し込んできた。
「目が覚めたんだね。痛みはどうかな?」
聞いたことのない大人の声だ。
「ぁ、ぃ…痛い…っす…俺は一体…ここは…」
ふふ、
「痛いのは当たり前だ。骨折しているからね。さあ、痛み止めを飲んでおこうか。」
「骨折…」
光生は、おうむ返しに呟いたが、痛みには抗えないようで、手渡された錠剤と水を素直に受け取った。
そして、薬を飲み終えた光生は、点滴を抜いたり、体温計を見て頷いたりしている男をチラチラ窺い始めた。
その視線に気付いた男は、自分を指差す。
「あ、僕?僕はね、深見 操と言います。心理学者。倒れている君を戒田の庭で見つけたのは僕なんだ。」
「え、あ、ありがとうございます…」
クスッ、
「どういたしまして。それから、君は姫島の外には出ていない。こちらは伯方さんという方のお宅だ。」
「ハカタさん…」
まだ、島の中にいると聞いて、光生はホッとしたような不安そうな複雑な表情だ。
「僕は、戒田 俊葵君の友人なんだよ。あの家の下にある、お墓を参らせてもらおうと立ち寄ったら君が倒れていて、救急を要請しようとした。そしたら君は、救急は呼ばないでくれと言って気を失ってしまった。覚えてない?」
光生は、首を振った。
「幸い僕には医療の心得があるし、友人の伯方さんに連絡してここに運んでもらったという訳だ。」
コクコク、
光生は頷いた。
「痛み止め、効いてきたみたいだね。熱も無いし、お腹すいてない?」
深見が言い終わるや否、光生の腹がグーッと鳴った。
ハハ、
「何か作ってもらうよ。」
ノックと同時に部屋に入ってきたのは、本当に美しい女性だった。
父親もモデルである光生は、自身も自転車競技のPRのためにと、モデルのような仕事も引き受けているせいで、そんじょそこらの美形程度には正直大した感慨も抱かないのだが、この女性が、食事のいい匂いと一緒に部屋に入ってくると、まじまじとその顔を見つめてしまった。
「あら、また具合が悪くなったのかしら…」
その美しい人は弓形の眉を下げて、光生の額に掌を当てた。少し冷たいその手が気持ちよくて目を閉じる。
ふふ、
「洗い物してたから手が冷たくてよく分からないわ。でも、深見先生は大丈夫って仰ってたから、食べる?おじやなんだけど…」
コクコク、
ふふ、
「お腹すいてるのね。アスリートだものね。」
小さめの土鍋から、湯気を立てるおじやを装う横顔を見つめる。思わず目が追ってしまうのは、美しいというだけではなく、何か引っかかるものを感じるからなのだが…
「そんなに似てるかしら?」
女は首を傾げた。
「え、」
ふふ、
「私、戒田 俊葵の妹です。弓削 葵と申します。」
そう言って、器とチリレンゲを差し出した。
「あ、アオイ!あっ、」
叫んでから慌てて両手で口を覆う。
ふはっ、
「その調子だと、何か悪口を聞かされたのね?その内容は気になるけど、今は聞かないでおくわ。ちょうどいい冷め具合よ。早く食べちゃいなさい。」
光生は上目遣いでペコっと頭を下げると、レンゲを口に運んだ。
「あ、美味い…」
何か海鮮の出汁の効いた薄塩のおじやは、体中に染み渡るようで、二、三口で腹に収まり、
「そ、良かった。食べながら聞いてね。
あのね。私にあなたの様子を見に行って欲しいって頼んだのは、風真君なの。」
葵はそう言って葵はお代わりを差し出した。
「風真が?」
「あなたと連絡が取れなくて、兄に相談しようにも、兄とも連絡が取れなかった。風真君は兄の家に近づく事を禁止されていて…」
「禁止?だから風真会いに来なかったんだ。どうして禁止を?」
「それについては、食事が終わったら兄のお友達がもう一人いらしてるからその人を交えて。」
コクリ、
光生は頷いた。
「とにかく、困った風真君は私に助けを求めたの。兄の家に出入りしても不自然じゃない人間は誰なのか一生懸命考えて。」
「風真…」
その切ない響きには、葵自身覚えがあった。
「ついさっき、兄とも連絡が取れたわ。兄もいろいろ動いているようよ。連絡が取れなかったのは、電話番号を変えたせいみたいね。」
光生が眉間に皺を寄せた。
それを見て葵は微笑む。
ーー大きななりで、完璧なビジュアルがその本質を見えなくしてしまうけれど、人情の機微に聡い子だわ。優しくて繊細な風真君と相性バッチリ…ーー
「ぶっきらぼうな兄だけど、兄の行動には絶対に意味がある。今までそうだった。だから信じてあげて欲しいな。」
コクコク、
光生が頷いた。
「もちろんです。でも、いきなりやって来た風真の友達っていうだけの俺に、どうしてここまでしてくれるんだろうって…」
「ん…そうね…」
葵は、人差し指を顎に添えた。
「‘Pay it forward〜恩送り〜兄の人生のテーマと言ったら言い過ぎかしら、」
‘Pay it forward…’
光生が呟く。
コクリ、
「送る恩には受けた恩が有ったという事ね。残念ながら私には話せないのよ。そもそも全貌を知らないっていうのもあるけど、その恩を受けるきっかけを作ってしまった張本人だからね。」




