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風を感じるために生まれた  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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過去からの亡霊④

「高峰は、『英語が分からない演技はお上手だったのに、』と言ったのですよね?」

西崎は念を押すように言った。

「はい。」

「警備員との会話は、ホールの外でしたか、中でしたか?』

「ホールの中で始まって、外に出してもらえた後もやり取りはありました。」

『それでは俊葵さんと前橋さんが会っていた事を高峰が知ったかどうかはっきりしませんね。』

「まぁ、それはそうですけど…」

俊葵の言葉が尻すぼみになる。


『フフ、俊葵さんを責めているのではありません。その場にいなかった私には、そうやって仮定を立てて一つずつ事実を拾っていくしかないのですよ。気を悪くされたのなら謝ります。』


「いえ。そんなんじゃないです。俺から頼んだのに、そんな風に思うわけないですよ。」


気を悪くしたのとも違うのだ。あの会談が失敗じゃない。自分の行動が間違いではないと信じたい気持ちが出させた声だった。

しかしここで暗い声を出し続けていたら、いかにも幼稚だ。

俊葵は気を取り直して、話を続けた。


「前橋さんと話してる間、控え室の辺りには人が大勢いました。警備員は見回りをしたと言っていましたし、チャンピオンが出て行った後はその場に居続ける事自体が難しかったと思います。それに、高峰は俺と同じ電車に乗っていたんですよ。前橋さんと会っているのを見届けて、誰にも見つからず外に出て、俺の後を尾け、同じ電車に乗るなんて至難の技です。前橋さんと俺が会っていた事を知った筈はない…」


『まあ、状況としてはそうですね…もちろん、単に高峰 由稀世がボクシングの試合を見るためにホールを訪れていた可能性もあるわけですからね。そこで俊葵さんを見かけ、後を尾けてみようと待ち伏せたという筋書きも…』


そう言った後、電話の向こうで一、二分、紙を捲る音が微かにしていた。


『俊葵さん。前橋さんは、ご自身に付いていた尾行を全て把握されているような口振りでお話されていたんですよね?』


「そうそうそうです。楽屋口で前橋さんは、送って行けなくて済まない。外には()()()()()尾行がいる。一緒にいるところを見られない方がいいからな。君は別の出口から出てくれ。と言っていました。」


()()()()()と言ったのですね?』


「そうです。尾行は全て前橋さんを追っていったと思ってましたから、電車の中で俺をジッと見ている男を見つけた時は驚きました。

あの夏から俺は、背後に気を付けるのが癖で、後を尾けられていれば大抵気が付くんですよ。」


『そうなんですか…まさか海外でもそんな目に?』


ははは…

「…危ない連中の集まりそうなとこに首を突っ込むからいけないんですけどね。そんな場所ほど面白いものが撮れるって、思い込んでたんですよ。」


ふふ、

小さく笑った西崎はまたしばらく黙り込んだ後、考え考え話し始めた。


『ん…そうですね。こう考えるのはどうでしょうか。

尾行されていたのは俊葵さんではなく、高峰 由稀世の方だった…』


「え…」


思ってもみなかった。その答えはあまりに意表を突いていて、暫しの間俊葵は言葉を失ってしまっていた。


「…それなら、全ての説明がつきます、ね…」


ーー背中越しの男が俺を見ていたのは、その男が追っていた高峰 由稀世が俺を尾けていたから、高峰 由稀世が俺に話しかけてきた時姿を消したのは、高峰 由稀世に尾行を気取られないため…たしかに、辻褄が合うな…いや、ーー


「あ…でも、俺が降りた駅で、あの男は待ち伏せていたんだった…」

俊葵はもう敬語を使うことも忘れていた。


『ええ。それが大きなヒントです。

高峰 由稀世は、自分が尾けられていると気づいていた。車内で俊葵さんに話しかける事で、尾行者を撹乱できると思ったのか、あるいは、誰かと接触する予定で、その相手が俊葵さんだと暗に匂わせる意図を持っていたとも考えられます。』


「う…」


『現に、尾行者は俊葵さんと共に電車を降りた。』


「俺があの駅で降りる事は分からなかった筈だ!」


『あなたは、背中越しに見つめている男に気が付き、降車しようとして高峰 由稀世に邪魔されたんですよね。』


「…はい。」


『尾行は、後ろを尾けるだけではないのをご存知ですか?』


「後ろだけでは…え?どういう事?」


『追尾対象の行動が予測できる場合に、先回りしておく尾行もあるのです。人は自分より先にその場にいた人間については警戒が緩みますから。』


「俺があの駅で降りるつもりだったって、バレてたっていうんですか?」


『ええ。俊葵さんは、高峰 由稀世に降車を阻まれた後、彼の言葉に感情が揺さぶられていた。電車を降りたがっているのが尾行者には伝わっていたのでしょう。』


「でも、それでは高峰 由稀世の尾行ができなく…あ、他に仲間が居たのか…」


『ええ。きっとそうですね。』

「ああ…」

『高峰 由稀世は、俊葵さんに自分が誰であるか、手掛かりを与え、恐怖心を呼び起こさせ、逃げ出すように仕向けた。ドアが閉まる瞬間に俊葵さんが電車を飛び降りることをも、あるいは、』


「そうすれば、尾行は俺の方に気を取られる…」


『そうですね。全員とまではいかなくても、現に尾行者を一人は減らせましたからね。』


う、

俊樹は唸った。

相手の術中にはまるギリギリの所だったのか…


『ですが、駅の執務室に入ったのは、見事な選択でした。

更に自宅とは反対の方に向かったのは賢明でしたね。』


と、西崎の優しげな声が鼓膜に届いた。

それだけで報われた気持ちになるから不思議だ。


『そちらにはどれくらい滞在されますか?』

「全然考えてませんでした。」

『数日は自宅に戻らない方がいいと思います。要るものは誰かに頼むなどして、』

「えーっと、大学は明日からテスト期間に入るので講義は無いですし、来週末は島に行く予定ですけど、要る物は買えば済むものばかりですね。」


『それは良かった。では、私は早速今から動きます。私に連絡を下さったという事は、社長に話を通しても良いという解釈になりますけど、よろしいですね?』


「あ、はい。分かってます。よろしくお願いします。」


『明日の朝一番で社長にお話しします。話したら最後、お二人のお小言は覚悟ですよ。できるだけ早く来て下さい。それでは、』



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