新しい風
「取り敢えず、座ったか?」
ムキムキ筋肉質の川東が教室を見渡した。
そして、背にしていたホワイトボードに向かい、サラサラとペンを走らせる。
そして
「川東 浩二だ。よろしく。」
と言って、頭を聳かせた。
「おめえじゃねぇわ!」「んなの、知ってるよ!」「てめぇの名前なんか聞いてねぇ!」「ってか、そっちかよ!」
教室中が口々に言いたいことを言うのを、川東は嬉しそうに聞いている。
「お前たちの思いは良ぉーく分かった。俺は愛されてるなぁ〜。」
川東のニヤニヤはさらに深まった。
「早く紹介してよ!そっちのイケメン。」
クラス一やんちゃな女子、鈴木 芽衣が立ち上がって叫んだ。
「え、いいだろ?その内分かるんだから。お前、自己紹介したい?」
川東はすっ惚けて、となりに立つ光生に聞く。
「皆んなに知ってもらうにはいい機会なんで、お願いします。」
さっきの風磨に対する強引な態度は鳴りを潜め、光生は優等生の受け応え。
入れ替わって光生が教壇に立つと、教室はシーンと静まりかえった。
「畠山光生です。白の下に田んぼの方の畠に、山で、畠山。光に生きると書いて光生です。小さい頃からロードバイクをやってて、今はジュニアの日本代表として海外を転戦しているので、学校に来れない時もあります。来れる時は頑張って登校するので仲良くして下さい。よろしくお願いします。」
光生は、川東に渡されたペンも使わず、喋りだけで見事に自分の名前を表現して見せる。感心したのか、光生が話している間、無駄口を聞いたりよそ見したりする生徒は一人もいなかった。
光生は、『よろしくお願いします。』のところで、風磨に視線を寄越した。風磨が口パクでよろしくと言ってにっこりすると、光生は目を大きく目を見開いた。
「質問は・・・」
と川東が言うや、
「はい。」「ハイ。」
いくつもの手が上がる。
「・・・個人的にしてくれ。」
川東は楽しそうに、皆の期待を袖にした。
「なんだよぉ〜」「じゃあ、そんなこと聞くなよ。」
皆んながブーブー言うのを、川東がまーまーと言いながら抑え、光生に向き直った。
「基本的に、この学校は自分の席がないんだ。えーっと、風磨とは知り合いなんだよな?」
光生が頷くのを見て、
「じゃあ、取り敢えず、風磨の隣で。分かんないことは風磨に聞け。な?」
と言い、光生の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、配布物配るぞー、寄宿生については、保護者のサインが要るものは、学校から送ってます…」
川東は、忙しそうに印刷された紙を出して、皆に配り始める。
『風磨と知り合い…』のところで、教室中の視線は風磨に集中した。
女子はヒソヒソと顔を寄せ合い、男子は、風磨に笑いかけながら歩いてくる光生と風磨を交互に見ている。
風磨の席は教室の一番後ろの窓際。最も日差しが当たるのであまり人気が無い席だ。その一列内側の席。その椅子に手を掛け、窓に目を向けた瞬間、ヒューと口笛を吹いた。
この学校は山の上にあって、学校の下は道路。さらに下にはミカンの段々畑と集落。その下はそのまま急な斜面が海まで続いている。つまり、三階の教室で立って外を見ると、180°近い角度で瀬戸内海を見渡すことができる。
『でしょ、でしょ!』という気持ちを込め、コクコクと頷く風磨。そんな風磨に目を落とすと、光生君はぷっと小さく吹き出した。
「お前おもしれぇなぁ。」
そう言うと、光生は手を伸ばし風磨の髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。