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風を感じるために生まれた  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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親切は人のためならず⑤

「ええもちろん。」


伯方は、よく日に焼けた顔をくしゃっとさせて頷く。素直でよろしいとでも言いた気だ。


「あの畠山という子は青海せいかいに通っているらしいな。見つけたのは、深見先生だ。」


葵と太郎は顔を見合わせる。


「例によって例の如く、深見先生は、沈丁花屋敷に居て…」


ガチャ、

ドアが開く。


「ちょっと、人聞きの悪い!」

深見だ。

「ちゃんと許可を得て敷地に入りました!俊葵君はいつでも墓参りをしても良いって言ってくれてるんですからね。」

そう言うと、伯方の斜向かいにストンと座った。


「具合は?」

心配そうな太郎に、

「専門家ではないので、包帯姿が大げさになってしまったんですけど、命に別状はありませんよ。」

と言うと微笑んだ。


「深見先生は、私のセッションの時、心理学者だと仰ってましたけど、実はお医者様でらしたんですか。」


「一応免許はね。持ってるんだけど、臨床は挫折したんだ。

もう少し良い手当してやれれば良かったけど、腕が鈍ってちゃあどうしようもないね。」

深見が自嘲気味に笑った。


「ま、なに分、島なもんでな。衛生資材が満足に揃わないせいだろう。済まなんだな。」


「何を言ってるんですか。診療所にも救急にも助けを求められないと言うのを、伯方さんの機転で漁協の診療室の資材を持ち出して貰えて、ここで受け入れてくれて。もう感謝しかないですよ。」


深見が説明したところによると、俊葵が所有する島の家の敷地の崖に面した墓所に眠る、俊葵と葵の父、一葵かずきの妻、朱子あかねは、深見の教え子で、深見は時々墓参に訪れており、いつも通りに急峻な崖を下りていくと、光生が怪我をして倒れているのを発見した。駆け寄ると意識はあって、光生は、救急に電話を掛けようとする深見を必死に止めたのだと言う。


俊葵に電話をしても繋がらず、どうしたものかと考えあぐねている時に、伯方の事を思い出し、連絡をしてみたのだと、深見は英雄を讃えるように語った。


「沈丁花屋敷に関わる事は大抵、大事おおごとやと相場は決まっとる。」

伯方が自分で言って自分で納得するように頷き、男二人も調子を合わせて頷いた。


首を傾げる葵に、ふふと笑った太郎は、

「その内話してあげますからね。」

と言う。

怪訝そうにしつつつも、それに拘る場合じゃないと、葵は深見に目を向けた。


「どうも、畠山君は庭でトレーニングをしていたらしいです。敷地の前の道に車が入ってきた音を聞きつけて、慌ててしまい、家の中にではなく階段を下りてしまった。そこでステップを踏み外して転び、動けなくなったんですね。骨折してましたから。一晩をそこで過ごしたらしいです。」


「今日深見先生があの家にいらっしゃらなかったらと考えるだけ恐ろしいですわ。」

葵がブルっと体を震わせる。


「若干発熱がありますし、本当は設備の揃った病院に入院させるのが良いんですけど、」


「多分…それはもう少し様子を見た方が…」

人道的措置を真っ先に考えそうな太郎の、そのイメージを真っ向から覆す発言に皆の視線が集まる。

「俊葵君は今、自分のスマホを使わないようにするなど、行動に用心しています。それも皆、畠山君が置かれている状況が厳しいためなんです。」


太郎は俊葵に聞かされた一連の出来事と、それに基づく推測を三人に聞かせた。


「まぁっ!」

葵が驚きに固まる。

太郎が済まなさそうに眉毛を下げた。

「誤解をしないで聞いて欲しいのですが、俊葵君は、代議士の妻というお立場がある奥様を巻き込みたく無かったのだと思います。

俊葵君は俊葵君で東京で色々動いている。その過程で自分のスマホを使わない方が良いと判断して、違う番号に持ち替え、その事を風真君に知らせたが、その時は既に、風奥様にSOSを出してしまっていたという顚末だったようですね。」


「まぁ。じゃあ、風真君が私に連絡をくれなかったら、先生が戒田かいだの家に行って、あの家の鍵を預かり、一人で乗り込むつもりだったって言うんですか!」


「そう…ですね。」


兄俊葵のやっつけ仕事のようなメールを思い出す。葵は自分が蚊帳の外にされているのを感じた。

「それは…嫌です!」


興奮気味な葵に、太郎が吹き出す。

「その性格を憂慮して言ってるんですよ。俊葵君は、」


「もう、」

葵は何も言えなくなり、真っ赤になった顔を覆った。


「あの…ふうま君というのは?」


赤い顔を掌のうちわで扇ぎながら、葵は答えた。

「畠山君の青海学園の同級生で、兄の写真のお弟子さんですわ。写真教室の手伝いの日は、あの家に泊まるのだそうです。その滞在中に畠山君が訪ねてきたらしいんですの。」


「ああ、役場主催の写真教室に、ずいぶん若い講師がいるって聞いたが、その子かい?」


「ええ。そうだと思います。やっぱり風真君の事、人の口に上っているんですね。兄にあの家に近づかないようにと言いつけられていると言っていましたが、正解ですわね。」


太郎と深見は頷いたが、伯方は天井を向き何か気掛りがある様子だ。


「太郎さん。畠山君は週刊誌の記者を巻こうと、父親と別行動を取ってこっちに来たんだったな。」


「そうです。」


「父親は?」


「多分自宅だろうと、」


ふむ、

「実はな、」


立ち上がった伯方が、デスクの上から雑誌を取ってきてバサリとコーヒーテーブルの上に放った。


「さっきのヤツがフェリー乗り場の売店で買ってきた。」


【黒い当確。モデル顔負けのイケメンジュニアユース。祖父は自転車協会会長。サラブレットより濃い、血の出来レース!】


「え、」「そんな!」


「そうだな。俊葵の時から、コイツらの芯は腐ったまんま変らねぇ…」

伯方は、忌々し気に紙面に人差し指を突き立てた。


深見が素早く紙面に目を走らす。

「会長の前橋さんは、畠山君の実の祖父とあるが、事実なんですかね。」


太郎が頷いた。

「そう聞いています。」


「畠山君が聞いた車の音。その祖父が畠山君を保護しに来たという事はない?」


皆の頭の上に浮かんだ?を、感じ取った深見が苦笑いする。

「この記事によれば、お祖父さんはかなりの権力者じゃないですか。そこに身を寄せた方が安全なんじゃないのかな。テロ犯の嫌疑が掛かってるなら特に、」


「いいえ。」

太郎が首を振った。

「だからこそ、俊葵君は畠山君をかくまったのです。彼の実体験から…」

そして、気遣わし気に葵を見遣る。

「葵さん済みません。例の事件をほじくり返すようですが、」


葵は、ハッとなり、ブンブンと頭を振った。


「橋本代議士は俊葵君を守ってはくれませんでした。むしろ、自らの保身と政争の具として俊葵君を利用したのです。まさかお忘れではないでしょう?」


太郎は、纏っていたのほほんとした雰囲気を脱ぎ捨て、眼光鋭く深見と伯方を見つめた。


「忘れちゃいねぇ、忘れるわけがない…」

伯方苦々しく眉を顰め、あらぬ方向を見て吐き捨てる。


深見が、肩を竦めた。

「もちろん僕も覚えてるよ。本当はそう思っちゃいないのに、僕、希望的観測過ぎたよね。

太郎さん、俊葵君が色々動いてるって言ってたけど、彼の方がよっぽど冷静だ。」


「あの…さっき、太郎(先生)がその内話してくれるって言ったのは、例の事件の事なんですね…ごめんなさい。私、ほとんど何も知らなくて…」

葵が身を縮めるようにして言った。


太郎は黙ったまま眉を下げている。


深見が、対患者用のともまた違った、とびきり優しい笑顔を浮かべた。


「そうですね。今回の事にあの事件が直接関係してるとは思えないけど、共通認識として葵さんも知っておくべきでしょう。

それに、俊葵君が東京でどう動いているのか気になります。僕らで支援できる事が何かあるかも知れません。聞かせてもらっても良いですか?太郎さん。」

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