表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風を感じるために生まれた  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
36/76

親切は人のためならず④

フェリーターミナルで、太郎はレンタカーを借りた。島に来るときはそうしていると葵に聞き、太郎はいかにも秘書然とした仕草で手続きをし、キーを受け取った。


建物の外には、数台の軽自動車と国産高級車が一台止まっている。

高級車の運転席から半身を乗り出して、駐車場係と雑談をしているサングラスの男がチラリと二人を見た。


それに気がついた太郎はごく自然に目線を外し、レンタカーの助手席のドアを開け、葵を乗せてから自らも運転席に乗り込んだ。


「あの方、こちらを見ましたね。」

葵が心配そうに言う。


「ええ。」


港を出てからも葵はサイドミラーから目を離さない。

島のわずかな住宅地を抜け、急な山道に差し掛かっても尚後ろを付いて来る。

「ずっと付いて来てます…」

葵は不安そうに呟いた。


太郎は返事をする代わりに、ルームミラーをちらりと眺める。

島の際どい山道を運転する危険性を知っている葵は、それをきっかけに押し黙ってしまった。


急な上り坂が続き、道は二股の分かれ道まで来た。東にハンドルを切れば島の最高峰、つまり、島の家に向かう一本道に繋がる道だ。しかし、太郎はもう一方の北側に進路を取った。それを見た葵は、運転席の太郎を信じられないと言うような目付きで振り向く。


太郎は黙ったままペコリと頭を下げ、申し訳なさそうに苦笑いした。


やがて後続の高級車と共に、太郎が車を乗り入れたのは、深い森の中にぽっかり開けた立派な屋敷の建つ地所だった。


「これはどういう…」

持っているハンドバックを胸にギュッと抱くようにして、葵が非難がましい目を向ける。


太郎が口を開きかけると、運転席側の窓をコツンと叩く音がした。

ヒッ、

葵が息を呑む。

そこには、あの港で見たサングラスの男達の数倍も、その筋の風格満点の男が車内を覗き込んでいた。


太郎は男の顔を見るや、躊躇うどころか飛び出す勢いで車外に出ると、ガッチリ握手を交わしている。

それを呆気に取られて眺めていた葵は、反対側から

「どうぞ、」

という声が聞こえるまで、助手席のドアが開いた事にも気が付かなかった。


ぎゃあっ!

驚きのあまり叫んだ葵は、唇に人差し指を当てて片目を瞑っている人物が目に入ると、口に両手を当てた。


「あなたは…深見先生!」


コクコク、

頷いて深見は、ドアを大きく開けた。

「ご無沙汰してます。詳しい事は中で。」


玄関の辺りで心配そうにこちらを見ている太郎に、取り敢えず頷いて見せると、ホッとしたように笑顔を見せた。



のしのしと、足早に歩く男達の歩調に合わせ早足で複雑に曲がる廊下を進みながら、葵は家の中を観察していた。

表札には伯方はかたとあった。島の小中学校に伯方という名前の女の子がいたのを思い出す。その子の実家か親戚なのかも知れない。

車を乗り入れた敷地の反対側に来たのだろうか。表からは伺えなかった日本庭園が見えてきた。その庭をぐるっと囲んだ廊下をさらに歩き、強面は、ある部屋の前に立ち止まった。


「いいですか。」

強面が囁き声で言った。

「中に入ったら、大きな声や物音は出さないでください。」


太郎が頷く。

釣られて葵も頷いた。

ドアが開けられる。

部屋の中からツンとした消毒液の匂いが流れ出てきた。

八畳大の部屋の真ん中にごく普通のシングルベッドがありそこに誰かが寝ているようだ。

ベッドの右側で、ハッと太郎が息を呑む。葵を呼ぶように顔を上げるから、それを拒む事も出来ず、恐る恐るベッドサイドに近寄った。


あ、

葵は慌てて口を覆う。

驚きも尤もだと深見が頷くと、それを合図に強面がドアを開け、更に太郎が続き、葵もその後を追った。

深見が続いて出てくるものだとばかり思って振り向いて待っていると、

「先生は、畠山君の世話をしてから合流されますから。」

強面が言い、また先に立って歩き始めた。


「深見先生がこちらにいらっしゃっている事、ご存知だったんですか?」


太郎の横に並び、尋ねると、太郎は眉を下げ、首を振った。

それを聞いていた強面が、

「太郎さんはほぼ何も知りませんよ。話せば長い。向こうで話しましょう。」

と、両開きのドアのノブに手を掛けた。


フカフカのソファーを勧められ、飲み物は何が良いか聞かれても、いつもの愛想の良さを取り戻せない葵を太郎が気遣わしげに見ていた。

肝心の強面は部屋の隅で、高級車の男二人とボソボソと話し続けている。

「では、」

二人が立ち上がった。

強面が頷く。男達は出て行った。


「何だ。ご機嫌斜めか?怖い顔して。」

ニヤニヤしながら、強面が葵の正面に腰を下ろした。


「ええ。確かに機嫌が良くなる要素は今のところ一つも有りませんわ。そちらは私の事ご存知のようですけれど、私はあなたの名前さえ知りませんもの。」


ぶぶっ、

あっはっはっはっは…

強面は笑い始めた。

「奥様、この方は…」

慌てて言い掛けた太郎を手で制して、強面が口を開く。


「伯方です。伯方 保洋やすひろ。姫島小中学校に居なかったかな。伯方 久美。あれはウチの孫です。今はその小中学校で代用教員をしとりますよ。」


「え。私、表札を見て久美さんの事を思い出していました。」


「奥様。伯方さんは、ずっと橋本先生の支持者でいらっしゃったんですよ。」

太郎が会話を遮るように言った。

葵が羞恥に顔を真っ赤にする。

「え、まぁ!存じ上げなくて失礼を…」


伯方が手をヒラヒラと振った。

「昔の事です。先生の現職の後半辺りには、ワシも無役になったもんで、表に立つのを控えておった。知らんのも当然です。」


「姫島漁港の漁労長を長年務めてこられたんです。」

太郎が言うと、伯方はまた手を振り、

「いやいや…

取り敢えず無駄話は置いておいて、向かいの部屋の子の話が先だ。」

と顔を引き締めた。


コクリ、

太郎が頷いた。

葵がはそんな太郎を横目で見た。


「改めて言っておくが、太郎さんは何も知らん。橋本の屋敷に行く前にここに寄るように頼んだのもワシなら、それを弓削の奥様に黙っておくように言ったのもワシだからな。」


伯方がニヤリとして言った。

葵がそれを聞いてむくれた。

「どうしてそんな事をと言いたいですけれど、後にします。」


フッ、

「幸一先生に似て賢い方だ。自分の感情より優先すべきを瞬時に判断できる。

しかし、それは後回しにするほどじゃないな。つまり、港には目があるって事です。」


「目、ですか…」


コクリ、

「この四、五日、他所者が島内をウロついている。もちろん生徒じゃないし、観光客でもない。Iターン希望者を装って、あっちこっちで色んなことを聞き回っている。その他所者は、フェリーの従業員にしつこく付き纏っているようだ。その他所者がどこで見ているかわからんのです。あなたはここら辺で顔を知られている。もし、他所者があなたに目を付けて、聞き周りでもしたら…余計な情報は与えんに限るからな。」


「つまり、私が予めこの事を知っていたなら、人目を引くような不自然な振る舞いをしたに違いないと仰るんですね。」

葵が戯けて言った。


アハハハ…


愉快そうに笑う伯方を太郎が窘めるように呼んだ。


「伯方さん。

その従業員ってシュンさんですよね。畠山 光生君がフェリーでこの島に入った事を黙っているように頼んだのは俊葵君だそうです。ただし、シュンさんは畠山君の事を、亭主持ちに手を出した間男まおとこのファッションモデルだと思っていたようですが、」


「なるほどこれで謎が解けた。シュンは俊葵に義理立てして、俺の知り合いにも口を割らなかった…早いとこシュンを助けてやらにゃ。この事、シュンに話してもいいかい?」



「はい。僕らの来島の目的である畠山君がここに居るんですからね。シュンさんをその人物から遠ざけるべきだと考えます。その他所者は、物騒な組織が派遣しているようですからね。」


「物騒ねぇ…下重しもしげ。」

部屋の奥で、そっと控えていた小柄な男が顔を上げる。

「聞いていた通りだ。フェリー乗り場まで行ってくれ。上司には電話しておくから、そのまま島を出るのがいいだろう。市内の俺の家を使わせていいから。」


「はい。では、」

下重と呼ばれた男は、一堂に軽く頭を下げると出て行った。



シュンの上司への電話を終えると、伯方はまた葵の前に陣取る。

「お待たせ。さ、隣の部屋で寝てる子の話をしようか。深見先生の話も含めてな。その代わり、そっちが掴んでる話も聞かせてもらうぞ。」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ