親切は人のためならず③
「実は、兄とほぼ同時に私を頼って来た人物が居ましたの。風真君です。兄のお弟子さんの…
不思議でしょう?なぜ彼が?時々、島の家に泊まっていく事があるとは言え…」
太郎は言葉を挟むのを我慢し、曖昧に頷くに留めた。
「島の家に,ある人物を匿っているのだそうです。風真君の友達で、もちろん兄も承知だそうですが。風真君の相談と言うのは、その人物と連絡が取れなくなったので、安否を確認して来てほしいと、そういう事でした。」
太郎は、眉間に皺を刻んだ。
「兄からは、ただ、島の家の鍵を持って島の家に行けとだけ。その割にはフェリーも始発便を指定してくるし…もう、何が何だか…」
葵は、困ったように眉をへの字に下げている。
「奥様はお立場も有られるから、詳細をぼかしておきたかったのでしょうね。
本当のところを言うと、僕は、そのある人物について聞いておりまして…」
太郎が強い風に負けないよう、両手でメガホンを作って耳打ちした。
「まぁ!」
一通り聞き終えると、葵は目をパチパチと瞬いた。
「畠山 光生。ご存知でしたか?」
「知っているも何も…あの自転車の…テロではないかと報道されましたわね。あの速報が流れた時、私、桂葵と一緒に兄の写真教室にお邪魔してましたのよ。その報道を見て風真君、ひどく動揺していましてね。本当に可哀想なくらい…
ということは、畠山君はあの爆発では無事だったのですね。その後自分で島に来たわけですからね。」
コクリ、太郎が頷いた。
「本人は、何らかの容疑がかけられている点については全く自覚が無く、俊葵君には、週刊誌の記者に追いかけられていると話していたようです。危機感が無いからこそすんなりやって来られたのだと思います。
俊葵君も初めは、そのつもりで匿ったようですが、何か不穏な動きを察知したので、畠山君のスマホを使わずに連絡を取り合うようになったとか…」
「なるほど。これでさっき先生が仰っていた意味が分かりました。畠山君の行方を探るために島を訪ねてきた人物が探している友人とは、風真君のことかも知れませんわね。だから風真君をここに来させたくなかった。兄は、その誰とも分からない不穏な動きをする人物に警戒されない人選をしたのですね。」
「そうです。正にこのコンビは、御誂え向きだったわけです。」
太郎がそう言って胸を張った。
具体的な対策を練ろうと言い出し、葵は、光生と俊葵の連絡手段が故障するか都合悪くなるかして使えなくなっただとか、光生が熱でも出して伏せっているだとか、を想定し始めた。
葵には伝えなかったが、太郎は、15年前に極限に近い状態を経験している。その際に磨きをかけた勘が、今回はそういうありがちなシチュエーションではないと告げていた。
そして、普段は遠慮しいの俊葵がこの対応を全面的に投げてきた事、それ自体が太郎を落ち着かない気持ちにさせているのだ。
ーー俊葵君の事だ。更に情報を得ているはずだ。敢えてそれを言わないという事は・・・ーー
黒い島影が、実は豊かな緑色であったと気づく頃、姫島フェリー、通称“姫島周り”は、“波間の地所の前をゆっくりと通過していた。葵はあの事件の詳細を知らないはずだが、今は誰も立ち入ることのない森を神妙な面持ちで見つめている。
『…やれる限りを、しなさい《おしな》…」
葵と並んでその風景を見つめていた太郎の頭、耳というより頭蓋骨全体に響く声が…
「え、」
太郎は空を見上げた。
「先生?」
葵が不思議そうに見ている。
その様子で、太郎は、その声が自分だけに聞こえていたのだと理解した。
太郎の、非常用の電源にパチっとスイッチが入る音がした。
「奥様。二、三、島の友人に連絡を入れておきます。」
そう言って太郎は葵から離れ、スマホを取り出した。




