君を守る
なんだか視線を感じる。
あちこちに飛んでた意識を掻き集め、風磨が頭を上げると、前の席の女子と目が合った。顎をしゃくって、教壇を見ろと言っているようだ。
その教壇では、担任の川東先生が人差し指をクイクイとして見せる。こっちに来いという意味らしい。
もう授業は終わっている。ぼーっと海を眺めていても誰にも咎められるはずはない。それに今日はホームルームの無い曜日だ。
クラスメートも担任がそこに居るのが場違いに感じるのか、
「川東、今日ホームルーム無い日だよ。」とか、「えー寂しいから来ちゃったの?川東、」などと口々に言っている。
川東も、
「来ちゃ悪いか?」「早く帰れよ。」
などと適当にあしらいながら、風磨から目を離さない。
なぜ呼ばれたのか、心当たりの無い風磨は首を捻りながら席を立った。
すると、一人スタスタと川東が教室を出て行く。
おそらく風磨がそのまま付いてくると踏んだのだろう。
風磨は慌てて鞄を取り、川東の後を追いかけた。
川東は、生徒が使う正面玄関に繋がる校舎中央の階段を通り越し、校舎の端まで歩いていった。
今いるのは三階。川東が階段を下り始めた。二階まで下りれば、職員室や校長室と言った職員が使う施設がある。
川東が談話室の引き戸に手を掛けた時、やっと風磨が追いついた。
ハアハアと息を弾ませる風磨に川東は、
「お前、体力なさすぎだろ。
と呆れた。
風磨が部屋に入ると川東は、廊下の壁にぶら下がっている空室の木札を使用中にひっくり返し、部屋の鍵を閉めた。
この部屋に入ったのは初めてだった。
転入学の面接は校長室だったし、進路資料室と兼用だけど進路指導室も別にある。
「どっち?」
川東は、ビジネスマンのようなごついショルダーバックの中から、ペットボトルを二本抜き出し言った。
「じゃあ、水で、」
「ん、」
川東は、残った方のキャップをひねった。
二、三口飲んだ後、川東はまたバックのに手を突っ込み、掴み出したものを風磨の前にバサリと置く。
目を見開いたのは仕様がないにしても、声を出さなかった自分を褒めてやりたいと風磨は思った。
風磨の前には、文芸雑誌とは名ばかりのゴシップ誌が広げられていた。
“離れ離れの孫と祖父を結び合わせたオリンピックの切符”
“孫の為に協会を買った男”
“銀座のホステスに語った野望『いつか一族から金メダリストを出したい』”
ショッキングな見出しもそこそこに、風磨はキッと川東を見据えた。
「先生もこんなモノ買ったりするんですね。」
川東は慌てて顔の前で両手を振った。
「おいおい、誤解するな。これは俺のカミさんが職場の人に貰ったもんだ。あなたの旦那さん、この子の通う学校にお勤めでしょ?ってよ。」
「ふーん。」
風磨は、ますます警戒を強めた。
ーー光生君は、僕を頼って一人この島まで来てくれたんだ。僕が守らなくて誰が守るーー
「風真。お前、畠山が何処にいるか知ってるんじゃないか?」
「試合だったんだから、ス、スペインじゃないんですかぁ。」
はあ〜
川東はため息を吐いた。
「 今朝な、前嶋さんが聞いてきたんだよ。スペインの爆発の一報に、お前がひどく動揺していたようだけど、学校での様子はどうだ?って、」
前嶋さんは地元のお豆腐屋だ。給食用に学校にも納入している…
俊葵が舌打ちをしてしまう気持ちが、今なら分かる。
「こう…畠山君、居なくなったんですか?」
川東は、またため息を吐き、前髪を搔き上げた。
「そうだ。事件の直前から連絡が取れないそうだ。
風真…こんな駆け引きみたいな事止めようや。」
「か、駆け引きな、んて、僕はし、知らないから知らないと言ってるだけで…」
「いや、お前は知ってる!
畠山の身を案じてたはずが、今日一日のお前の様子はどうだ?いつもより余分にぼーっとしてはいるが、心配事を抱えている風でもない。
それは、お前が畠山の無事を知ってるから、と考えれば辻褄が合うんだよ。」
風磨の中の何かのスイッチがカチッと入った。
「じゃあ聞きますけど、先生が畠山君の行方を知らなくて、何の不都合があるんですか?畠山君はスペインの試合の後もしばらく学校を休む予定だって言ってたし、畠山君の行方が分かんなくて困るのはせいぜい、このゴシップ誌の記者位なものでしょ。」
「それが、そうとも言えないんだ。」
川東はそう言うと立ち上がり、入り口へと歩いていった。なぜか足音を忍ばせている。
それから鍵を開け、勢いよく引き戸を引き、首だけ出して廊下を覗く。左右を見て、ほぅ、と息を吐くとまた戸を閉め鍵を掛けた。
「何をしてるんですか?」
「しーっ、」
古典的に人差し指を唇に当て、川東は一段と声を落として話し始めた。
「確かに、雑誌の記者から取材の要請があった。もちろん校長は断った。だけど、記者はしつこくうろついて色々と聞き回っているらしい。中々評判の良くない雑誌だ、校内にも忍びこんで居るかもしれない。」
「そうですね。畠山君は寮生だから…」
風磨から同調するような言葉を引き出してほっとしたようで、川東はわずかに口の端を綻ばせた。
「お前、中々手強いな。雑誌の記者が追い回してるって話しだけで、普通はビビるもんだろ?」
「はぁ…」
「まあ、お前が意外と芯のある奴だってことは知ってる。あと、適当な話で誤魔化されないって事もな。」
川東は身体を乗り出して風磨の目を覗き込む。
ーー 一体、何だって言うんだ。勿体ぶらないでよ!ーー
風磨は、その目を力がこもりすぎない加減を考えて睨み返した。
ーー目付きに尊敬の念が籠らないのは僕のせいじゃないから、ーー
「分かった分かった。そう睨むな。
これからする話は、他言無用だ。いいな?」
川東はおでこを付き合わせるようにして風磨に迫った。
言うはずないでしょ。と反発するのも忘れて風磨はただ頷いていた。




