本物の握手
風磨はまた、良太と同じクラスだった。もう三年連続だ。
風磨は通学組だがここでは少数派に入る。
全国から集まっている生徒の3分の2は寮で暮らしている。
一学年に2クラスしかなくて、授業のほとんどが選択制だから、クラス分けに、意味はほとんどないはずだけど、一応担任は居る。
担任の受け持ちの教室が決まっていて、クラスルームが判明したら、自動的に担任が分かるというわけ。
「えーっと、3階B教室。ああ、川東か、」
川東 浩二は、男性にしては珍しい家庭科の教諭だ。
この学校は、文科省の特別カリキュラム実施校の指定を受けている。
さらに、農業法人が経営に関わっているので、普通科高校でありながら、選択科目として農業の実習があり、卒業の単位として認められる。
川東は、その農業科分野の実習と家庭科を担当している。
風磨はやっと3階にたどり着き、ふぅ〜と息を整える。
「ま、ハズレではないにしても、当たりでもねぇな。」
良太が言った。
「何が、当たりじゃないんだぁ?」
野太い声が背後から聞こえた。
嫌な予感がして振り向くと、川東がニヤニヤ笑いながら立っていた。
「俺が言ったんじゃないっす。風磨が、」
そう言いながら良太が背中を押し出す。風磨は勢いよく前に飛び出した。
中学まで柔道をしていた良太にかかれば、165㎝、52㎏の風磨など、軽すぎて、押した内に入らないのだろう。
「お、おーっと。」
目の前につんのめった風磨に川東は慌てて手を出したけど、その前に別の腕が伸びてきて風磨は転ばずに済んだ。
「あ、ありがとうございます…」
そう言いながら風磨はその腕の主を見上げた。
見たことのない制服を着ている。
とても親しげにニカっと笑う顔に、銀縁の眼鏡を掛けていて、それがよく似合っていた。
風磨との身長の差からいって、185㎝はあるだろう。
ーーそれにしても、どうして、そんなに親しげに笑うんだ?ーー
「俺の顔がそんなに面白れぇ?」
そう言われてはじめて、風磨はマジマジと彼の顔を見つめていた事に気がついた。
「あ、ごめん。」
風磨は体を離した。
「君とどっかで会った事あったかな。と思って、」
風磨が言うと、彼は苦笑いした。
「あ、二人とももう教室入れ。ホームルーム始めんぞ。」
川東が僕らに言った。
「行こ。」
制服からして転校生に違いないので、教室に入り辛いのかも知れない。風磨は彼の袖の端っこを引っ張った。
彼は袖を摘んだ僕の手を見て、眉を寄せる。
クラスの3分の1居る女子が新顔に気がつき、こちらをチラチラ見だした。
「マジで覚えてねぇの?」
「ん?」
風磨は彼が言ってる意味分からなくて首を傾げたけど、もう教室の入り口を半分くぐっていた。
その時、
「Nice to meet you?」
低音でよく響く完璧な発音がフロアに響き渡った。
「あ、ああーっ!」
慌てて廊下に出戻る。
クラスメートばかりか、同じフロアの他の教室からも生徒が顔を出していて、風磨は顔からは火が出そうだった。
なのに、右手を差し出した彼は、中々応じようとしない風磨を、ずっと笑みを浮かべたまま待っている。
周りの視線に耐えられなくなった風磨がようやく手を伸ばすと、してやったり、ニヤリとした彼は、その手をグンと引っ張った。よろける風磨の腰を、倒れる寸前に抱き留め、頬と頰をぴたりと合わせると、
チュッ、
とリップ音を立ててきた。
その音にびっくりして身体を離そうとした風磨の腰をがっちりとホールドしたまま、彼は風磨の耳元にやおら囁く。
「畠山 光生。17歳。やっと本物の握手だな。なんなら、キスもする?」