エンパシー②
「しかし、前橋さんは出版社にならいくらでも顔が利くだろう?なんで発行を許した?」
俊葵が言うと、光生がニヤっと笑った。
「さすが、橋本代議士のお孫さん。ああいう人種の思考回路が分かるんすね。
それこそが会長の目的。今回はわざと口を出さずに、権力を振り翳さない人物だと世間に印象付けようと、そういう腹だと思いますよ。」
「腹も何も、光生君はおじいさんの口利きで、ナショナルチームに入ったわけじゃないし、」
その言葉に光生は微笑み、俊葵がやっていたように風磨の髪の毛を梳いた。
「サンキュ、風真の言う通りだと良いけどな。
トライアスロンなんかを除いた自転車のジュニアの競技人口なんてメチャメチャ少なくてさ、数がいないからすんなりチームに入れたのかも知れねぇし、そもそも競技も、パパが選手だったから始めたようなもんだからさ、口利きが全く無かったと言えるかどうか、俺には分かんねぇよ。」
光生があんまりサバサバ言うから、風磨の方が悔しくなった。
そんな風磨を俊葵が自分の頰を指差して、
頰ぺたが膨らんでるぞと揶揄っている。
「風磨の言う通り、そこまで謙遜しなくてもいいだろ。週刊誌がお前を追いかけるのは、自転車の本場ヨーロッパでの評価があるからだしな。
確かに前橋さんは顔が広くて、時にはドスも効かせるけどな。
俺は前橋さんからはお前が孫だって話を聞いたことがない。お前が青海に通ってるって分かってるんだから、それに絡めて話そうと思えばいつでも話せたはずだ。な?それが何よりの証拠だろ?
前橋さんは言いたい奴には言わせときゃ良いぐらいに思ってるのさ。隠れてろって言ったのは、記者に追いかけられたらお前が嫌な思いをすると思ったからじゃねぇの?」
と、俊葵は言った。
「そうだと良いんすけど、」
光生はへらっと笑い、眉尻を下げる。
「俊葵さんが褒めるなんて滅多にないんだよ。だから素直に受け止めようよ。」
風磨が光生の肩をトンと叩いた。
「滅多にないは余計だ!」
俊葵は口の端を上げながら、風磨にゲンコツをぶつける真似をする。
「ところで、これからどうするか、だが、」
俊葵が、光生に向き直った。
「ここにはいつまでいても良いが、俺は明日には東京に戻らなきゃならん。お前、要るものなんかの調達はどうする?」
「あ、それなら、僕が、」
「それはだめだ。風真はいつもの行動パターンを崩すな。」
「ええーっ。」
「そうだ!涼風さんだ。涼風さんのシフトはどうなってる?」
「ああ、お母さん、そだね!それ、いい考え!待って…うん。今日は夜勤…明日は休みだよ。お母さんにライン入れとく。光生君料理できるの?」
「ああ、炒め物までなら何とか。」
「いや、食材持ってる見かけない女性がフェリーに乗り込んだら、すぐに噂が広まる。なるべく、出来合いのものを持って来てもらうように頼んでくれるか?風真。」
「おけ〜、あ、お母さんには、光生君の事言っても良いよね?あ、ここで顔を合わせるんだから良いのか、うんうん。」
風磨は早速涼風にラインした。
昨夜、夜勤だった涼風は寝入り端だったようで、メッセージからも不機嫌なのがありありだったが、光生のためだと返すと、楽しくなってきたのか、すぐにノリノリの返事が返って来た。
「光生君。お母さんが、好き嫌いとかアレルギーは無いかって、」
「無いよ。」
「お母さんメチャメチャ張り切ってる。こりゃ、僕のお弁当も豪華になるかなっと、」
「はは。涼風さんに、今度戻る時お土産買ってくるから、何がいいか聞いてくれるか?風真。」
と、俊葵が笑った。




