スプリンター③
「よっ!」
光生が片手を上げてにっこり笑った。
「とにかく、上がってもらえ!」
俊葵が後ろから声をかける。
風磨はやっと我に返った。
「う、うん。光生君入って!」
「サンキュ、お邪魔します。」
鍵を閉める前に、風磨がドアの外を見回していると、
「あ、来たの俺一人。」
家の中から光生が言った。
この二人の後ろをついて歩くと、この家の天井高が随分高くできてるのに気がつく。
風磨は日本男児の平均身長を疑いたくなった。
リビングの手前で俊葵が振り返る。
「ダイニングでも、リビングでも、好きに座れ。今何か入れる。コーヒーでいいか?」
ぶっきらぼうだが、取り敢えずもてなす気はあるようだ。
「やった!機内から飲まず食わずなんすよ。」
光生も素直に応じたので、風磨はホッとした。
「俺らも起きたばかりだ。卵とベーコンとロールパンを焼くくらいならできる。すぐ用意するから待ってろ。」
「あ、僕も手伝うよ。」
風磨が追いかけようとすると、
「お前は、そこで話しでもしていろ。すぐだから。」
俊葵がキッチンから顔だけ出し、ニヤリと笑った。
戸惑いながら風磨は光生の真向かいに座った。
目が合うと、光生はにっこりする。
はぁーっ、
風磨は思わずため息を吐いた。
「どうした?」
光生が顔を覗き込んでくる。
「う、ん。光生君が生きてて良かったな。って思ったら、自然にため息が出た。」
光生は腕を伸ばし、風磨の髪の毛をくしゃくしゃに撫でて、
「ごめんな。心配かけて。でも俺、あの時レース会場にいなかったんだ。」
と、とても済まなさそうに言った。
「え?」それどういうこと?」「どういう事だ?」
いつのまにか俊葵がキッチンから顔を出している。
「あ、俺、お前とのラインの通話の後、すぐに監督に呼び出されたんだ。以前から、ポジションのことで意見合わなくて、その日も喧嘩みたいになって、このままだったら、レギュラーから外れてもらうって言われて、現に、あの試合のスタメン外されて、」
俊葵が、コーヒーを運んできた。
「うん。続けて、」
光生に話の先を促しながら、風磨も手伝いのために立ち上がった。
「それで、ムシャクシャしながらホテルの部屋にいたら、急に日本の会長から電話があって、」
俊葵は、ロールパンを盛ったカゴを持ってくると、自分も座り、目顔で光生に砂糖とミルクはいるか聞いた。光生が首を振ると、ポットからコーヒーを注ぎ光生の前に差し出す。
光生はペコっと頭を下げ、一口すすると、はぁーっと息を吐いた。
「本当だな。ホッとするとため息が出るな。」
と言って微笑んだ。
「でしょ。あ、で、会長さんの電話は何だったの?」
「ああ、なんでも、週刊誌に俺の記事が出るっていう電話があったらしい。発売日は火曜日だから、しばらくパリに隠れてろ。って、」
「何でパリ?」
「風真。とにかく食べよう。話はそれからだ。」
俊葵が矢継ぎ早に質問する風磨に言う。
「そうだね。食べよう。光生君。」
光生は旺盛な食欲を見せた。まだ話の序盤で、それでも結構大変な思いをして帰ってきた事は伝わってきた。
食後三人は、俊葵さんが追加して入れてくれたコーヒーを片手にリビングのソファーに移動した。
「光生君。話しの続き。会長がパリに隠れてろって言ったってところまでだったね。どうしてパリなの?」
光生が微笑んだ。
「ああ、そうだな。一つにマドリードからパリが近いこと。飛行機で2時間ちょっとだからな。あと一つは、ちょうどその日、仕事でパパがパリに居たからだ。パパはパリ生まれで、そこにアパートを持ってるからな。」
「へ、へぇ〜、じゃあ光生君ハーフなの?」
ブッ、
光生と俊葵が同時にコーヒーを吹き出した。
「お前、今まで気がつかなかったのかよ。」
光生が面白がるように言った。
「あ、あの…人の顔はあんまり良く分かんなくて、あ、イケメンなのは知ってるよ。」
「面と向かって言われるとな。へへ」
光生の顔が少し赤い。
「おい、戯れるのは後にしてもらっていいか?
で、畠山、お前実際パリに飛んだの?」
光生は頷いた。
「会長にスタメン外された事言うと、『じゃあ帰国してもいいが、隠れる先に心当たりはあるのか?』って聞いてきて、すぐに風真の顔が浮かんで、すぐにマドリードの宿舎を出て空港に向かった。パパは仕事が終わり次第マドリードに来る予定だったけど、幸いまだパリを出てなくて、パリで合流することにして、」
ここで光生はコーヒーをゴクリと流し込んだ。
「そうだな。マドリード*KIX間には直行便は無いが、ド・ゴールKIX間にはあるからな。」
「そうなんすよ。」
光生君がヘラっと笑った。
「マドリードからド・ゴール間も、ド・ゴールKIX間も空きがあってすぐに乗れた。KIXに迎えの車が来てて、パパとはそこで別れた。国内ではパパと行動するのは禁止されてたからな。」
「お父さんはモデルだったな。」
「はい。だから目立つんすよ。」
「へ、ヘェ〜」
こういう風に話を聞いていると、学校では毎日いっしょにいても、光生のことはほとんど知らなかった事に気がつく。
「で、事件の事は帰国してから知ったと…畠山お前、風真の家に隠れるつもりだったのか?」
俊葵が聞いた。
ーーそ、そうだ。これからどうするかを考えなければ、ーー
「そん時はそこまでは考えてなかったんだけど、途中で、風真とインスタで連絡取れた時に、今日まで戒田さん家に泊まるって言ってたから、それでここに来てみただけっす。」
光生は、呑気に言った。
それを聞いた俊葵は顎を上げて目を細め、
「あん?」
地底から轟くような声で…
ーー出た!ギャング顔ーー
流石の光生も目をキョロキョロとさせた。
「あ、えーっと、ここ良い家ですよねぇ〜っと…」
そこで、光生は立ち上がり、
ガバっと身体を折るようにして頭を下げた。
「俊葵さん。俺をここに置いて下さい!」
*KIX…キックス。国際航空運送協会(IATA)が定めた関西国際空港のコードネームで、通称。




