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風を感じるために生まれた  作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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コントラスト②

写真プリントは水仕事といっても過言ではない。だから、暗室を持てない学生やアマチュアは、浴室を即席の暗室として使うことが多い

俊葵のこの暗室は、プロになってから設けたのではなく、高校生の時に、自力で水道や排水管を取り付けて作ったというのだから驚く。


「何てことないさ。こんな小さな島、物を手に入れるのも島外なら、捨てるのも島外頼み。工務店の息子と同級生だから、声を掛けとくんだ。台所シンクやタイルやらが欲しいってさ、捨てるにも船賃やら経費がかかるから、出物があったら、むしろ喜んで持ってきてくれるよ。それに俺は、工務店が忙しい時に現場の荷物運びや掃除のバイトをしてたからさ、職人とも仲良くなるし、暇な時に、給排水管の工事を手弁当でしてくれたって訳。」

と、俊葵は言ってのけた。


「それでも、専門の道具は要るでしょう?」

と聞く風磨に、

「もちろん。その費用捻出のために、夏休みや冬休みに、島の郵便局や宅配便、新聞配達のバイトもした。島は若い働き手がいないからな、バイトには事欠かなかった。道具はほとんど、オークションサイトで手に入れた。中古の道具がわんさか出ていたな。時期も良かったんだな。」

と、懐かしそうに言った。


俊葵が写真を始めた辺りを境に、フィルムカメラ、フィルム、DPEの売り上げが急激に下がったのだと、ネットニュースに書いてあったのを読んだばかりだ。

それにバトンを渡すように現れた、デジタル一眼レフカメラはとても高価で、それを手に入れるために、こぞってフィルムカメラ周辺ツールが売りに出された。その事を俊葵は言っているのだろう。それらを手に入れ、撮影、フィルムの現像、プリントを自ら手掛けるという事は、時代に逆行する行動にも見える。風磨は俊葵が何を思って、その道を選んだのか聞いてみたいと思った。


「お前だって、お父さんのニコンで写真を撮ろうとしていたじゃないか。周りにフィルムカメラやってる奴はいるか?いないだろう?

やってみよう!小さなきっかけだよ。俺の時代こそ、カメラと言えばフィルムカメラだったが、面白い。もっとこうしたい。もっと上手くなりたい。と思って夢中になってたら、写真を続けているのは俺だけになってた。それだけのことだ。」



先に暗室に入った俊葵は、三畳ほどの広さの部屋の一番奥の壁にしつらえたシンクから、バットを三枚。竹製のトング、薬品/現像液、定着液、停止液の入ったボトルを取り出している。


「風真。引き伸ばし機のカバー取ってくれ。」

フィルムの現像の時には使わない方のカウンターを指差した。

卓上から1mほどの高さとなると中々の圧迫で、風磨は固まってしまった。


「どうした?」


「う、うん。いざとなると緊張しちゃって、」


てっきり、笑い飛ばされると思っていたら、


「え、やっぱ、分かんのかなあ。」

と、俊葵は呟くと、


「風真、これ、ちょっと見てみろ。」

俊葵が、壁に沿って置かれていた重そうな引き伸ばし機を持ち上げ、背の方をこちらに向けた。


引き伸ばし機の仕組みは単純だ。


写真になる印画紙に、現像済みのネガフィルム越しの光を当てて、印画紙に焼き付ける。その光を当てるための機械が引き伸ばし機だ。

最終的に写真プリントになる光を当てた印画紙を現像液に浸け現像し、頃合いを見て停止液に浸けて現像を止め、定着液で画像を定着させるという作業がその後に続く。


引き伸ばし機の見た目は背の高い電気スタンドを想像すればいい。

ネガフィルムに光を当てるランプ部分とネガをセットする部分を上部に、印画紙をセットするイーゼルが台座の部分にある。


風磨は俊葵が指差すポイントに目を凝らした。

「ん?W.Mitsuo.?」


金属のボディーに塗られた特殊な塗装を、尖ったもので引っ掻いているらしい。かなり独特な癖字だ。


「そうだ。わくい みつお。プリントの神と言われた写真家だ。俺は、ネットオークションでこれを手に入れたんだが、このサインを見た時、マジで興奮したな。」


「それだけでこれが、わくいさんのだと分かるの?」


「この字は、わくい みつおが作品に残すサインによく似てるんだが、真似ようと思えばできない事も無い。でも俺は、このサインが作品ではなく、道具に施されたところに信憑性を感じて、わくい みつおに手紙を書いたんだ。」


「え?」


俊葵さんは頷いた。


「返事は端から期待してなかった。ところが、それから一週間位して、わくい本人から返事が来たんだ。」


「えーっ!すごい。なんて書いてあったの?ねぇ。」


「フフ。そう、がっつくな!

そこにはな、『これは、私が使っていた引き伸ばし機に違いありません。』と書いてあった。」


「すごい、すごい!」


「わくいさんがそこに名前を残した理由がな、すげぇんだ。」


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