コントラスト①
夕食の後片付けは風磨の担当だ。
料理以外の家事が苦手な母親に代わりに、小学生の頃から片付けや掃除は風磨が引き受けてきた。
今日も、料理を作ってもらったからと言って、お皿洗いを買って出た。
「風真。プリントやってみるか?お前、フィルムの現像は随分できるようになったろ?」
と、俊葵が言った。
「えっ!いいの?やったぁ〜。」
嬉しすぎて飛び上がったら、手に付いていた泡が床に飛び散ってしまった。
確かに、現像を終えたネガフィルムが、36枚撮りカートリッジ8本分も溜まってた。
風磨は、“ひかりあそび”を手伝いがてら、俊葵に写真を教わっている。
風磨の愛機は二コンF。父の形見だ。父が祖父から譲り受けたもので、忙しい毎日の中、時々取り出しては、軟らかい布で磨いたり、ブロアーで埃を払ったり、とても大切にしていたようだ。
ある日風磨は海を撮ってみたくなり、中に入れる35mmフィルムを買って、島の浜辺まで下りてみた。
動画サイトではいとも簡単に入れていたが、いざやってみると中々うまくいかなかった。しばらく格闘した末、風磨は二コンもフィルムも放置して、いつものようにiPhoneを取り出した。
時間を忘れて撮影していると、誰かが何か叫んでいるのに気がついた。
ーー浜辺では遠くの音が結構近くに聞こえたりするしーー
そう納得して、撮影に意識が向き出した時、後頭部にぱこーんと衝撃が走った。
飛んできたものが落ちてきたと思い、その正体を見ようと足元に目をやった。すると浜辺に伸びる二本の長い影。さっきまでこんなの無かったと、さらに目線を上げる。
するとそこには、180㎝を優に超えるハリウッドスター並みの美丈夫が立っていた。
風磨は、その、顔の真っ赤な美丈夫が、手に二コンFを持っているのに気がついた。
ーーあ、この人もニコンだーー
風磨は、笑みの湧き上がるに任せ、
「あなたも二コンF持ってるんですね。僕も持ってるんですよ。ほら、向こうに…」
と、吹き溜まった砂の丘を指差す。
学生鞄だけがそこにあった。
「え、あれ?まさか、風に飛ばされたとか?」
風磨は、すぐに波打ち際に目を移した。
「飛ぶかよ!」
するとまたもや後頭部に衝撃があり、今度はさすがに落下物ではないと、風磨は頭を抱え、ジワジワ男から距離を取った。
男は、純正のニコンのロゴ入りストラップを掴んで風磨の目の前に突きつける。
「これはそこに落ちてたもんだ。俺がもらっておく。カメラを半開きで砂浜に放置する奴に持つ資格はない。」
男は陸の方に向かって歩き出した。
「待って!これはお父さんのカメラなんだ。」
男は振り返った。かなり傾いてきた夕陽に、茶色の瞳を細めている。
「もっと、お前にも使いやすいものを買ってもらえ。」
「もう、買ってもらえない。もう会えない…んだ。お父さん…」
男は足を止めた。
「形見か?」
コクリ。風磨は頷いた。
「じゃ、なおさらだ。」
風磨はガバっと男を見上げた。
「使い方をマスターしろ。まずフィルムの入れ方教えてやる。来い。」
ギャング張りの不敵な笑みを浮かべると、風磨の二の腕を掴み引っ張っていった。
これが俊葵との出会いだった。これを思い出すといつでも笑いがこみ上げてくる。
「なんだ?」
俊葵が顔を出した。
「ううん。何でもないよ。」
風磨は最後のお皿を水切りに置いた。