当たり前なんて本当はどこにもないのに、④
「なんか、妙な空気でしたよ。全部説明してくれとは言いませんけど?」
風磨は俊葵を誘って防波堤まで来ていた。波消しブロックの上に座り小さくなっていくフェリーを見送る。
夕方の海が好きだ。海の近くにいて、風向きが陸風から海風に変わる瞬間を待つのは、何度経験してもワクワククする。
「俺も、まさか、“ひかりあそび”にまた来い。なんて言うと思ってなかったぞ!」
俊葵の非難めいた口調にも、どこかおどけた調子があって、風磨はホッとする。
「だって、あのままでは、俊葵さんは、唯一の肉親と喧嘩別れになると思ったんだ。」
「どうして、唯一の肉親だと思う?」
「だって、葵さんは、久しぶりにお墓参りをしたら、お墓の世話がされてたのに驚いたと言ってた。そこで、お墓にお参りするのは俊葵さんと葵さんだけだって分かったんだ。」
「ふん。俺に子どもがいるかもしれないじゃないか。」
俊葵さんの声に面白がる様子が伺える。
「子どもがいる人なら、桂葵君にあんな接し方はしないよ。」
僕は、ついつい得意そうな物言いになる。
「あはは。そっか。風真には敵わないな。」
俊葵が風磨の頭に手を伸ばし、風に踊る髪の毛をクシャリと撫ぜた。
はぁ〜、
風磨は息を吐いた。
学校帰りには、本島からやって来るフェリーを、ターミナルではなく、埠頭で風に吹かれながら待つ風磨を、
『学校でも、海を眺めているくせに、ここでも海を眺めてる。』
と、トレーニングがてら見送りに来た光生が揶揄ってきたことを思い出す。
「当たり前なんて、本当はどこにもないのにね…」
風磨は呟いた。
俊葵は風磨の顔を覗き込むと反対側の二の腕をがっちり掴み、肩を組んできた。
急に、風磨の目の前がボヤけてきた。頬ががしっとりと熱くなる。
そんな風磨の頬を親指でそっと撫で、
「もうすぐだ…」
俊葵がぼそりと言った。
俊葵は海に視線を移した。
風磨も慌てて目を擦る。
トロリとした卵の黄身のような夕陽に乗っかられると、水平線が丸みを帯びていく。
点のように小さくなったフェリーがピカッと一度だけ光った。
その姿はやがて夕陽に飲み込まれ、すーっと消えて見えなくなった。