自分を大事にしている奴をぞんざいに扱う人間はいない②
風磨も信じられない思いで、聞いていた。
「一度、その雑誌で、表紙からインタビューを含めた、15ページの特集が組まれることが決まって、実際に撮影とインタビューが行われた。その時のフォトグラファーはその友人が務めた。そしてその号は発売日2日前に突然発売差し止めになった。」
「な、何で?」
風磨は目を見張った。
「直接の原因は、日本のオリンピック委員会のお偉いが出版社に圧力をかけた事。
そのお偉いは自転車競技の競技団体の会長もやってる。」
喋りながら俊葵は立ち上がり、
「そういや、何かつまみたいな。」と、キッチンに入っていった。
「チーズとハムがある。皿出して!風磨、」
一拍遅れでその声に反応した風磨は、カッティングボードとナイフを出すために、小走りでキッチンに入った。
「その雑誌は、既に地方の取り次ぎにまで運ばれていたんだが、全部数回収された。そして厳しい箝口令箝口令が敷かれ、友人だって、俺に喋ったのがバレたら、」
と言って、親指で首を切る真似をした。
俊葵さんは、カマンベールのプルトップを開け、骨付きハムのフィルムを破いた。
「“ひめじま”で、あんなに食ったのにな。こんな時間から、こんなもん食って、」
ぶつぶつ言いながら、俊葵は、食べ物をどんどん皿に載せていく。
“ひめじま”とは、小学校の二階の民宿の事で、“ひかりあそび”終わりに親睦会を兼ねて、参加者と食事をしたのだ。
風磨は、俊葵をちらりと見て。
「全然問題ないんじゃないの。」
と言った。
「そっかぁ?そう言ってくれるのは、風真だけだよ。サンキュ!」
俊葵は、言いながら、チーズとハムでベタベタな手の指を熊手のように立てて、風磨の頭を触るフリをした。
「もぉ!止めてよ!」
風磨も笑いながら逃げ回った。
俊葵は、またビールを開けている。
唐突に、
「畠山は自分で、ゲイだと言ったらしいんだ。」
と言った。
「え?」
風磨は、ピックに刺したオリーブを手に持ったまま固まってしまった。
「せいぜい、少し露出度の高い写真があったとか、そういうことかなと、思ってたんだけど、まさか、」
「どうりで箝口令を敷く訳だろう?年々LGBTに理解が深まってきたとはいえ、14歳は、カミングアウトするには早すぎる。ただでさえ目立つ奴だからな。」
「うん。僕も、雑誌回収されてよかったと思うよ。14歳でなくても、噂の的になるのは辛いもん。」
前歯でチーズをガジガジ噛んで、ウイルキンソンで流し込んだ。
俊葵は頷く。
「友人は最初、畠山は編集長に唆されたのだと思ったそうだ。でも、実際はそうではなかった。
畠山は、インタビュー開始早々に、打ち合わせの内容とは違う話を始めた。その一報はすぐに編集長に伝えられ、編集長から父親に連絡がいった。」
「えっ!」
俊葵はまたも頷く。
「掲載に関して、父親がゴーサインを出したんだそうだ。」
もはや、風磨の思考は停止していた。
「LGBTが足枷になる。という考えがリベラルではないことは誰だって知ってる。」
ーー全くその通りーー
風磨はコクコク頷いた。
「だけど親は、子供の心や体を守るためなら、リベラルなんて、糞食らえって生きもんだろうが。」
風磨の脳裏には、前の高校で問題を起こした時や、青海学園の校長室での泣き腫らした母親の顔が浮かんでいた。
「うん。その通りだと思うよ。もちろん、世の中には色んな親がいるとは思うけど、」
それからしばらく、俊葵は喋らなかった。
「俊葵さん。」
風磨が呼びかけると、壁に掛かっている川辺の風景を描いた油絵をぼんやり見ていた目をこちらに向ける。
「光生君の雑誌の話。秘密だったのに話してくれてありがとう。僕から他に漏れることはないって約束する。」
俊葵はにっこり笑って手を伸ばし、風磨の頭をワシワシ掴むように混ぜた。
「それは心配してない。」
「うん。光生君の気持ちの事も教えてくれて…その相手が異性なら、俊葵さんもこんな話わざわざしなかったって、僕分かってるから。」
「差し出がましい事したかもって思わんでもなかったから、そう言ってくれると気が楽になるよ。
でも、差し出がましいついでに、これだけは言わせてくれ。」
そう言って、俊葵は風磨のウイルキンソンをゴクゴクと飲み干した。
「ふぅ〜。
風真。確かに、一番大事なのはお前の気持ちと畠山の気持ちだ。
だけどな。率先してゲイのカミングアウトに乗り出そうとする畠山が俺にはどうも解せない。」
風磨は黙って頷いた。
ーー確かに、何をどう考えても、カミングアウトすることのメリットは思い浮かばない。メリットばかりで人が動く訳ではないけれども、ーー
「だから、畠山の言動には、少し警戒をして欲しい。
さっきのビデオ通話で、周りの連中が言ってた内容も気掛かりなんだ。」
「あ、意味分かるか?って聞いてたあれね。」
「そうだ。詳しく訳したりはしないけど、端折って言えば、ヨーロッパ圏で使われてる、ゲイ同士で使われるスラングだ。
あいつら、畠山がいつもお前と連絡を取り合ってるのを知った上で揶揄っているだけかもしれないけど、畠山がお前の事、詳しく連中に喋ってるのだとしたら・・・」
僕は、頬杖をついてそれを聞いていた。
「だから聞いたんだ。お前が畠山の事をどう思ってるのかってな。
聞いてみりゃ、やっぱり、奴の気持ちにも気がついてなければ、風真。お前、自分が男に好かれやすいって自覚もないだろ?」
「えっ!ええーーーーっ!」
俊葵は、頭を抱えた。
「やっぱりな。
でも、それだけでも伝えられて良かった。
お前がヘテロなのかゲイなのかバイセクシャルなのか聞いたことはなかったから、もちろん今決めろって言うんじゃない。ただ、自分の性趣向が分からない段階で、気付いたら襲われていた。って事にだけはならないようにってな。」
ふっはあ〜っ、
耳に入ってくる情報が濃すぎて、僕は呼吸が浅くなっていたようだ。
俊葵が笑う。
「風真。ちゃんと息しろ。」
そう言って側に来て背中を摩ってくれる。
「そう言えばな、男に好かれやすいっていうところ、涼風さんは良く認識してたぞ。
だから、“ひめじま”に宿泊するのを許さなかったんだってさ。
お父さんが居ないから、そういう話がしてやれなかったと、随分気にしていたよ。
だから、今日話すことができて本当によかった。
自覚があるのと無いのとでは、危険に遭遇する危険もぐっと減るってもんだからな。」
ーー二度びっくりだ。まさかお母さんがそんな事、話してただなんて、ーー
「な?お前は、お前が思う以上に大事にされて思われている。だから、一つ一つの行動を大事にするんだ。自分を大事にしている奴を、ぞんざいに扱う人間はいないからな。」
そして、俊葵は、まだ目を見開いたままの風磨の頭をポンポンとして立ち上がった。
「もうこんな時間だ。明日も早いからお前は寝ろよ。俺は軽くシャワー浴びてから寝る。おやすみ。」
そう言うと、大欠伸をしながら部屋を出て行った。