第六話 瀝青防水
ミズイガハラの街で“ゴブリン”の報告を終えた俺達は、アレクの店で昼食を取ったのち帰路についた。
アイネル達も早く家に戻りたかったのであろうか、復路は往路よりも順調に荷車を引き、2時間少々で牧場まで帰ってこられた。
予定通り日が暮れる前に牧場に戻った俺は、翌日から始める倉庫の防水工事について準備を進め、この日の作業は終了した。
いよいよ明日からは防水工事を始める。現代を生きてきた俺の知識と経験にようやく出番がまわってきたのだ。
そしてこの日も俺は翌日の作業について考えながら眠りについた。ただこの時考えていたのはいままでとは違い、この世界での作業についてであった。
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翌朝になると俺は朝食も食べずに早速工事を開始した。アレク夫妻にやっとお返しをすることができると思うと、いても立ってもいられなかったのだ。
やっとだ。まずは一つ目のお返し、頑張ろう。
俺は先日の山中でテストしたように、まずは火を起こし、充分な火力を準備した。
そして前回よりも大きな鍋に瀝青の欠片を投入していく。瀝青は温度が上がるにつれ徐々に粘性を帯び始め、一定の温度に達するころには液状になっていた。
液状になった瀝青を小さな鍋にひしゃくで移し、屋根の上まで運ぶ。
そして屋根の頂点から塗りつけていった。
瀝青が木材に塗りつけられると同時に、木材の表面から灼けるような音がする。
瀝青は液状になったとはいえ十分な粘度があり、水のように流れ落ちてしまうことはなかった。俺は木材の表面に十分な瀝青の厚さが確保できるように、かつ木材同士の隙間を埋めるようにヘラで均しながら水下へと向かって行った。
これを何十回と繰り返し、倉庫の屋根一面に瀝青を塗り終わったころには日暮れ直前であった。
「カズトくん、お疲れ様。修理の進みはどうだい?」
ちょうどアレクが様子を見にきた。
そして俺は修理が終わったことを報告する。
「アレクさん、ちょうど今終わったところです」
アレクの顔に一瞬驚きの色が見えた。
「カズトくん、本当かい?たった1日で終わっただなんて......」
俺は屋根を指して工事の内容について説明した。
「今回、屋根には瀝青を使って防水を行いました。瀝青の温度が上がるとドロドロした液状になり、温度が下がると固体に戻る性質を利用したものです。屋根一面に瀝青が膜を張るようにくっ付いているので、水を通さないですし、木材自体も長持ちするはずです」
「木材も?」
「はい。瀝青の膜で木材を外気や雨水から守ってあげているので、たまに補修を行なってあげれば30年以上は持ってくれると思いますよ」
「30年も......」
アレクは驚嘆していた。それもそのはずである。今までは数年おきに1ヶ月以上もかけて行っていた屋根の葺き替えに代わる工事を、たった1日で、しかも30年以上も持たせるというのだから。
「カズトくん、君の話が本当であればこれは革新的な出来事だ。いや、君のことだから本当なんだろうね。本当にすごい!」
アレクは興奮気味に語った。そしてそんなアレクの姿を見て俺は涙を流してしまった。
「カズトくん、どうしたんだい??」
心配そうなアレクの声。
「すみません......。ただただ嬉しくて。誰かに喜んでもらえることがこんなにも嬉しいことだって今まで忘れてました......」
昔の俺は、名も知らぬ誰かの笑顔のためにとモノづくりの職を志した。しかし社会の現実に染まっていくにつれて、その志も失われてしまっていた。
だが俺は今目の前で興奮気味に喜ぶアレクの姿をみて初心に立ち返った。それと同時にこの世界で生きていく目的も見つけた気がした。
もう一度、誰かの笑顔のために頑張ってみたい。俺の知識で誰かを助けたい。そう思い俺は更なる提案を行う。
「母屋や納屋の方もやってみませんか?」
この機会にアレク夫妻の所有する建物全てに手を加えることを。
「いいのかい?」
アレクも乗り気であった。
そしてアレクはこうも続けた。
「可能であれば僕にも瀝青の防水とやらを教えてくれないかな?」
「もちろんです!」
次の日から俺はアレクに瀝青防水の方法を教えながら工事を進めて行った。
黒い池へ一緒に行き大量の瀝青を集め、瀝青の加熱方法から塗りつけ方法まで一つずつアレクへ教えていった。
2人で作業を行ったこともあるがアレクの飲み込みが早かったおかげで、わずか数日の間に全ての建物に瀝青防水を施すことができたのであった。