第十話 ファティマ
「あぁ、ファティマさん。おはようございますぅ」
クウネルが声をかける。
現れたのはファティマと呼ばれる女性であった。ファティマは和装のような装いをした小柄で妙齢な女性で、その目つきは鋭く冷徹な雰囲気を漂わせていた。
「くるとは聞いていないが? それにおまけもついているようだが、そいつはなんだ?」
ファティマはクウネルに冷たい視線を向ける。
「いやぁ、すみませんねぇ。急ぎお話したい要件ができたものでぇ。彼はカズトくん言いますぅ。私の大事なパートナーですぅ」
「ほう、お主がパートナーを連れてくるとはな。──面白い、話してみろ」
そう言うとファティマは俺達を迎え入れた。
そしてクウネルから瀝青防水について話をした。画期的な方法であること、ゆくゆくは国中に広めていきたいこと、実際の工事はファティマにお願いしたいこと。
「それが事実であれば確かに画期的だ。だが、私はこの男のことを知りもしないし、実物を見たわけでもない。言葉だけで話に乗れというのはどだい無理な話なのでは?」
ファティマの言うことは正論であった。
「ふふぅ、そう言われると思いましてぇ」
クウネルは不気味な笑いを浮かべながら、自分の手荷物から瀝青の欠けらを取り出した。
「たった一つの欠けらでどうするつもりだ?」
ファティマが追求する。
「いえいえぇ。実は荷車にたくさんの瀝青を積んでおりましてねぇ」
確かに荷車にはたくさんの荷物が乗っていたが、まさか瀝青だったなんて。俺はクウネルの用意周到さに驚嘆したと共に、クウネルが今回の話をどこまで計算しているのかと恐ろしくもなった。
「ほう。では見せてもらおうか。瀝青防水とやらを」
「えぇ。もちろんですぅ。それではカズトさん、よろしゅうにぃ」
「へ......?」
ここで話が振られるとは思ってもいなかった俺は完全に不意を突かれたのであった。おそらく荷の正体を隠していたのもこうなることを俺に悟らせないためであろう。
(クウネル、本当に恐ろしいキツネだ)
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結局、俺は瀝青防水のデモンストレーションを行なっていた。しかもクウネルの用意した大量の瀝青のおかげで、ファティマの巨大な屋敷の屋根全てに施すことになってしまったであった。
「これを1人で......少なくとも1週間はかかるぞ」
俺は小さくボヤいた。
だが、当面の宿泊場所などはクウネルが手配してくれている。生活基盤をクウネルに握られてしまった俺はクウネルの提案に従わざるを得なかった。
淡々と作業を進めていると、昼を告げる鐘の音がした。
アレクの牧場にいたころはあまり気にしていなかったのだが、この世界には時計がない。そのためこの鐘の音がおおよその時間を知らせる時計の代わりなのであった。
「もうお昼か......」
俺はそう言うと、アレクの店を目指して歩き出した。アレクの店では加工品の販売のほか、店内で飲食するスペースも設けられており、この街に来たばかりで街に疎い俺にとっては足の運びやすい店なのであった。
「レイミさん、こんにちは」
店頭にいたレイミに声をかけた。
「あ、カズトさん! こんにちは! 今日はどうされたんですか?」
レイミは先日会った時と変わらず、明朗快活であった。
そして俺は瀝青防水のことやクウネルとファティマのことの話をした。
「なるほどー! よくわからないけどわかりました! あ、私もこれからお昼休憩なのでお邪魔じゃなければ一緒にご飯食べませんか??」
レイミの提案を断る理由もなかった俺は「もちろんです」と承諾する。
そして店内に入り、食事を共にすることとなった。レイミは店のまかないを食べるとのことで、こっそりと俺の分も用意してくれた。
この日のまかないは、フィローネというのだろうか細長い形状のパンにハムやチーズをサンドしたものに加え、ポタージュであった。
どちらもアレクの牧場で取れたものを使用しているのであろうか、牧場の味を感じる。
そして食事をしながらクウネルやファティマのことを教えてもらった。
レイミの話によると、クウネルもファティマもこの街ではそこそこ名の知れた存在であるようだった。2人ともキャラが非常に濃いため、有名であっても何ら疑問ではなかったが、特にファティマに関しては誰もが知るレベルの人物であるようだ。
ファティマが仕切っている一団は建物の建設から農作業、そして狩猟や傭兵など依頼があればなんでもこなす集団だというのだ。そのためファティマ達は街の誰からも頼りにされ、そして感謝されている存在なのであった。
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そして1週間後、俺はファティマの屋敷の屋根全てに瀝青防水を施し終えた。
屋根を全面葺き替えるとなるとおそらく半年は掛かっていたであろう。それを1週間でやり切ったのだから上出来だ。
俺は早速ファティマに工事完了の報告をした。
「聞いていた通り早いな」
ファティマの表情に変化は見えなかったが、心なしか柔らかい口調に感じた。
そしてファティマは続けた。
「見事だ。お主達の話は事実であったようだな。──よかろう、瀝青防水とやらを広める手助けをしてやる」
ファティマはそういうとどこかへ歩き始めた。
「どうした?ついてこい。──領主のところへ行くぞ」
「領主!?」
「この街にある建物の大半は領主が保有しているものだ。領民はそれを借り受けているに過ぎ無い。瀝青防水を行うのであれば領主に話をつけにいくのは至極当然のことだろう?」
この街に領主がいるとは誰にも聞いていなかった。しかも大半の建物を所有しているとなると、相当な権力者なのではないだろうか。
ファティマの言い分は正論なのだが、はたして相手にされるのだろうか。
俺はそう思いながらも、ずいと進むファティマの後をおずおずと着いて行ったのであった。




