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悪魔と一緒  作者: 犬又又
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一秒の中にいる。

「ふふふっ。怖かった?」


 無邪気に笑いながらも、エーテリカが本気であるのはぼくにもわかった。


「……実験て?」


「あぁ、人間と魔物のハーフを作ろうと思ってね」


「人間と魔物のハーフ?」


「そうよ。さっき男から採取した液体を使って、まずこの蜘蛛とのハーフを作ろうと思っているの。ハーフという言い方はおかしいけれど、人間と魔物の合いの子って事かしら」


「そんな事できるの?」


「ゴブリンって、人間を孕ませることができるでしょう? まぁ生まれてくるのはゴブリンだから、ハーフとは言えないのだけれど。生まれてくる子はみんなゴブリンよね。人間みたいなハーフが一匹も生まれてこないくせに、どうして人間を使って子供を作るのかしらね。そもそも人間の卵子を利用しているのかしら、色々調べたのよ。その結果というわけではないけれど、ゴブリンの精子が出す酵素には異種の糖鎖を無効化する効果があるのよ」


 エーテリカは難しい話をする。遺伝の話だろうか。


「高校で習わなかったかしら? 人間と犬の交雑が生まれないのは人間と犬では糖鎖とそれを解く酵素が違うからだと」


「覚えてない……」


「ふふふっちゃんと勉強しなきゃだめよ。つまり犬の精子では人の卵子と受精できないという事。逆もまたしかりよ。チンパンジーって知っているわよね。ボノボとか。彼らと人間のDNAはほとんど同じよ。でもね交雑は行われない。過去人間も結構な実験を繰り返したみたいよ」


「そうなんだ」


 としか言えない。


「それでね、このゴブリンの酵素をちょっと利用させてもらってね。他の子でも人間と交雑できるようにしたのよ。でもゴブリンの子はみんなゴブリンじゃない? それだと面白くないでしょう? だからハーフが生まれるようにしたの。実験体なら地下に沢山いるから、思いのほか早くできてね。このレッドラインジャイアントスパイダには、そんな特殊な遺伝子を持たせたの。この子に多種のDNAと人間のDNAを持たせると交雑種を生むの。今この子の中にはアザゼルの遺伝子があるわ」


 その蜘蛛はぼくが見てきたどんな蜘蛛よりも恐怖を感じるほどに醜く見えた。


 長い手足は地面を歩くことに適しておらず、床に足を立ててはうまく動けずによろけて転ぶ。


 お腹は長く、顔は……顎しか見えない。顎から垂れる液体が、余計に恐怖を感じさせた。


「どうして……そんな事を?」


「幼馴染が欲しいかなって……思って」


 予想外の答えに狼狽するしかなかった。


「幼馴染?」


「そうよ。素敵でしょう? 幼馴染。話は戻るけどこの世界のゴブリンって人型の魔物の原型でもあるのよ。例えば豚の魔物と交わればオークが生まれる。狼の魔物と交わればコボルトが生まれるわ。人とゴブリンの混血が生まれないのは、人が魔物じゃないからなのよ。でもね、ゴブリンとオークが交わってもゴブリンしか生まれないの。オークはオーク同士で交わると強く巨大になっていく。コボルトもそうよ。同族同士でのみより強力に進化する」


 しばらくして生まれてきた混血の魔物は、それはもう悲惨なほどまじりあっているのに、歪だった。


 一体は顔が蜘蛛で手足が顔に生えていて、体は人。


 一体は顔がゴキブリなのに体は人。


 どちらも体は女性で――。


「女性にしたのにも意味があるのよ。ミトコンドリアは女性の物のみ引き継がれるって、知っているでしょう? 次はこの子達と人を混ぜるわ」


 何代か世代を重ねると、徐々に人に近くなっていった。


 その様を間近で見ていて苦しくないとは言えなかった。


 こんな事がはたして許されるのかと問われると、ぼくには何も言えなかった。


 それからさらにしばらくすると、ある日、エーテリカは子供を数人連れてきた。


 長い黒髪に赤い目の少女、薄青白髪に緑の目の少女、茶色髪にりんごみたいに頬が赤い少女。


「ほら、ご挨拶して」


 エーテリカに促され、少女たちはぼくにぺこりと頭を下げた。


「こちらからアザゼルクィーン、ラインズクィーン、アザエルクィーンよ」


 名前聞くだけで何なの生物なのかは予想できた。


「名前は考えてあげて」


「ぼくが考えるの?」


「私、名前考えるのとか苦手なのよ。変な名前でもいいなら私がつけるわ」


「そうなの?」


「左から、A-17、C-34、F-6でいいならいいわよ」


「それは、名前なの?」


「呼び方なんてどうでもいいじゃない、ふふふっ」


 アザゼルの名前は梓、ラインの名前はレイン、アザエルの名前はエリとした。


 梓は寂しがり屋なのに一人が好き。


 好きな事をするけど、ぼくの傍にはいた。


 レインは自由で好き勝手何処かへ行ってしまう。


 エリは人懐っこく、にこにこ笑みを浮かべながら抱きついてくる。


 ぼくは日がな一日エーテリカや二人と過ごしていた。


 最近は鬼ごっこをする――二人は重力など関係ないように天井を歩いたりするから一度も掴まえられていない。


 一秒の中にいるを多用しても、結局認識できるだけで動きは同じなのだから、ぼくより運動神経のいい二人を掴まえられるかと言えば否だった。


 契約を考える。エーテリカはいつまでぼくの傍にいるのだろう。ぼくはどうなるのだろうと考える。


 今は食料を用意してもらっているけれど、いずれは自分で用意しなければならないと思う。


 いずれは自分でお金を稼がないといけない。


 頭が重い。


 一日が瞬きする間に通り過ぎていく。


 目から入ってくる情報量は多くて、眩暈を覚える。


 エーテリカが普通の女の子だったらと思うと、ぼくは怖くて仕方がなかった。


 エーテリカが傷つけられるのを見るのではなくて、エーテリカが傷つけられた時、何もできなかった自分に恐れを感じていた。


 実際エーテリカは傷つけられてはいないけれど……。


「まだ二歳の子供が、そんな事考えなくてもいいのよ」


 エーテリカのクリーム色の薄いブロンドは薄青い光を纏ってとても綺麗だった。


「それでも、怖いよ」


「いい子ね。いらっしゃい」


 抱きしめられると安堵する。今目の前は安全なのだと安堵する。


 エーテリカと鬼ごっこをする。


 街中を歩くエーテリカにバレないように背後を付いてまわる。


 鬼の背後がもっとも安全だから。


 見つからずにエーテリカの背中にタッチできればぼくの勝ち。


 色々工夫してはいるけれど勝てない。


「マリア、マリア? 何処?」


 エーテリカはぼくをマリアと呼んだ。


「どこにいるの? マリア」


 わざとらしく声を出して歩くエーテリカの姿は、周りから見れば弟の遊びに付き合う優しい姉にしか見えなかった。


 やったことを脳内で反芻する。


 建物の影に隠れながら近づき、ある程度近づいたら走ってタッチする。


 タッチする前に気づかれて腕を取られ、宙づりにされたあと、抱きしめられた。


「みーつけた」


 ある程度距離を詰めた後、石を投げて注意をそらし、駆けてタッチするという方法も試した。


 しかし石であると視認されたとたん、エーテリカはこちらを向いてにんまりと笑った。


「化け物を殺すのはいつだって人だっていうセリフがあるじゃない?」


「うん」


「このセリフって致命的よね」


「どうして?」


「化け物はいないって言っているようなものじゃない」


「そうなの?」


「人が作った化け物を殺すのは何時だって人だからよ。本当に化け物が存在していたなら、人間なんてあっという間に滅んでいたでしょうね」


「うーん。でも科学の力で……」


「どうしてヴァンパイアは傲慢なのかしら? どうして人を見下すの? 正解はヴァンパイアが存在しないからよ」


「でも、人に友好的なヴァンパイアもいると思うよ。ヴァンパイアを受け入れる人もいると思うし……」


「でもね、武田の騎馬戦と織田の銃撃戦みたいにはならないわ」


「ぼくは歴史にはあんまり詳しくないけど、たぶん武田は負けるとわかっていても騎馬で挑んだと思う」


「あら、どうして?」


「銃と違って馬に乗って戦うのって猛練習がいると思うんだ。馬に乗るだけでも大変だと思うし。そうして練磨されてきたものが否定されるのは我慢ならないと思う。時間の無駄みたいにさ……」


「そうね。でも……」


 梓とエリが駆けてきた。


 早い――ぼくがそのままだったら、目線は追い付いていないと思うほどの速度でエーテリカに肉薄していた。


 けれど――ぼくとエーテリカの時間はゆっくりと歩みを遅くしはじめた。


(こうして人外を実際作ってみるとわかるのよ。人間とは性能が違いすぎる。梓一匹で、街なら滅ぼせそうじゃない?)


 遅すぎる時間の中では、言葉すら遅くなる――でもエーテリカの言葉は、その中でもダイレクトに聞こえてきた。


 エーテリカはゆっくりと動く梓の足を屈んで左手の指ではじき、エリの頭にデコピンをお見舞いした。元の速さに戻った世界では、梓は盛大にこけて転がり建物に突っ込み、エリは前に進んでいたはずなのに後ろに吹き飛んでやはり建物に突っ込んだ。


 一秒の中にいる――。


 これはぼくたちがこの世界、この宇宙の住人じゃないから行えるチートだ。


 この世界の時間に干渉する能力。遅くなった時間の中で通常通り行動できる。


 エーテリカ曰く、乗っている電車が違うからだと比喩していた。


 テレビを見ているようなものだって。


 エーテリカは時間を巻き戻したり、早送りしたりもできるみたいだ。


「アカーシックレコードってあるけれど、この宇宙の始まりから終わりまで全てを記録したものがあったら、人も時間を自由にできるのかもしれないわ」


 ぼくは一秒を長くし、その中で通常通り動く事しかできない。


 この能力の強いところは、この時間内での力が強力になる事。


 慣性の法則と言えばいいのか、例えば指で宙に浮かんだ物を軽く弾くと、元の時間に戻った時、弾かれた物体は弾いた方に高速で飛翔していく。


 この時間内に居る時、並大抵の攻撃は意味を成さない。銃弾ですらぼくに傷をつけることができない。


 まるでラプラスの悪魔みたいだ。


 だからぼくはこの能力をラプラスと呼んだ。


「刑事ドラマがあるじゃない?」


「うん」


「追い詰められた犯人が、銃を刑事に向けて言うの。近づいたら撃つぞって」


「うん」


「あなたならどうする?」


「追い詰められた時点で足に向けて発砲する」


「ふふふっあなたは刑事じゃないのね」


 力のあり方に悩み、いつの間にか数か月が過ぎていた。


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