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悪魔と一緒  作者: 犬又又
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二匹と一体と一人

 エーテリカは娼館を作った。


 うまくお金を稼ぐ方法だと言っていた。


「エーテリカ……」


「安心してよ。私が寝るわけじゃないからさ。さすがにこの体ではまずいでしょう? それに大人がいないのもそろそろよろしくないと思うの。嫉妬した? ぼくのものだって? かわいい奴。抱っこしてあげようか? イヒヒッ」


 心苦しいのは確かだけれど、だけれど、娼館で働く女性は人間ではなかった。


 背の高いアザゼルという女生と、背の低いアザエルという女性だ。


 アザゼルは背が高く、黒髪で瞳も黒い。


 本体はゴキブリだ。


 何千匹ものゴキブリが女性の形を作り上げている。


 豊満で黒光りする長い髪は全て触手の集まり、おっとりとした動作、誘うように動く仕草は一見すると艶やかな女性だけれど、本体を知っているぼくにはゴキブリの難解な動きそのものに見えた。


 うっとりと笑う。


「ゴキブリはさ。顔がまずいと思うのよ。もし顔がクワガタやカブトムシのようだったらあなた達の世界でこんなに嫌悪はされなかったと思うわよ。セミみたいでね。ほらっ見てよ。この世界のゴキブリの顔を……全然違うでしょう? 食べたらエビの味がするかもよ? 殻の成分は同じって話」


 差し出されたゴキブリは黒くてテラテラして、まるで鎧を着ているようだった。


 小さな顔があるわけじゃなく、顔が大きく、二つに分かれた体の前面にそのまま目と口がある。口は顎が発達していて、肉を食べそうな形をしていた。


「これがこの世界のゴキブリよ」


 そうなんだとしか言えない。


 アザエルは蟻が集まった人で、その辺にいた蟻を見繕って作ったとエーテリカは言っていた。


「でもまぁ、この子は狂暴な蟻だからあなたに接触する前に見つけてよかったわ」


 傍に来たアザエルはアザゼルに比べて背が低くて、しゃがんで膝を床につけると、こちらを見てにこっと笑った。


 エーテリカは虫を自在に操れる。

 

 彼女達は本当に人になったわけじゃない。本体はやっぱり虫の集まりだ。


「娼館に来た男は気持ちいい思いをし、虫たちは栄養を得る。そして私達はお金を得る。三者両得というものさ。イヒヒッ」

 三者三得という事なのか、どうなのか、両得なのか、どうなのか。


 正直二人は苦手だ。どうしてかと言われると困る。


 彼女たちの手がぼくを抱えようとすると、体が震えてしまう。


「しょうがないのよ。彼女たちは本来危険な生き物だから。うふふっ実は私に抱っこしてほしいから、そうやって怖がるふりをするのでしょう? かわいい奴め」


 別に作られた彼女たちの住処へ連れていかれると、沢山の同族に囲まれた彼女たちが幸せそうに微笑んでいた。


 二人……ではなかった。同じ顔の同じような形の女性が沢山いた。


「顔と背、違う方が……全部同じだとさすがに」


「そう思うのだけれど、なかなか難しくてね……試行錯誤している最中なのさ」


 エーテリカは会話する時、いつも楽しそうだった。


 過去の母親の問題もあり……昔は痛んだ心が今は痛まないのが少し悲しい。


 抗うように好きじゃないという。


 そういう稼ぎ方は好きじゃない。


 でもぼくには関係ないことなのもわかっている。


 ただ幸せになって欲しいと思うのは傲慢なのだろうか。


 何もできないし、否定も肯定もできず、ただ見ているだけ。


「人を殺すのが幸せだって言う人もいるのよ。他人を貶める事が幸せだっていう人もね。ただ幸せになってほしいなんて、そんな贅沢な願い、他にないわよ。私は好きだけれど」


 エーテリカの側に行く。エーテリカに抱き上げられると安心する。


「イヒヒッ……」


 頭を撫でられる。頬擦りされる。抱きかかえられて、首に手を回して、背中をさすられて、甘やかされて、一定のリズムを刻み、あやされる。


 泥沼のように甘えてしまう自分の弱さに嫌気もさす。


 それを許してくれるエーテリカが好きで、そして嫌いだ。


「嫌い……」


「それ、ツンデレっていうのだけど、知ってた?」


 娼館は沢山の人が利用している。稼ぎは良い。中には一緒になりたいという男性すらいる。


 ただにこにこしているらしい。ただにこにこして抱かれている。それがとてもいいのだとか。娼館を出る男はみんな満足気で、体も綺麗だ。


 体についたゴミや老廃物を彼女たちが食べてしまうから。


 汚れを見つけると自ら誘いに行く。


 たまににこにこしながらぼくに近づいてくる。


 立ちすくむぼくの前に来ると、必ず膝をおり、膝が汚れるのも構わずに立ち膝になる。そして両手を前に出してにこにこしながらぼくを待つ。


 ぼくはどうすることもできずに、ただ距離を置く。


 そうすると彼女たちはにこにこしながら立ち上がり、別の場所へ行く。少し心が痛む。


 ぼくが拒否するとエーテリカの機嫌は良くなる。


 傍に来たエーテリカは言った。


「人間て奴はね、サキュバスというものに、夢を見過ぎなのよ。本来のサキュバスっていうのはあぁいうのを言うのよ。精を抜かれて死ぬって言うけれど、違うのよ。あの子達の中には。正確には表面の油の中にだけれど、人間に害のある細菌やウィルスを多量に含む個体がいてねぇ。センチュウとかね。当然粘膜接触で入り込む。こしょこしょこしょって穴からね。最悪死ぬわ。真相なんてそんなものよ。犯しているのに犯されるの。イヒヒッ」

 

 離乳食を食べられるようになると少しほっとした。最初は上手に飲み込めず、ゴクリとするのに時間がかかった。


 母乳を貰う時、うっすらと浮き出る胸の血管を見るのが苦手だったから、それを思うと、味はないけど、ゆっくりと緊張せずにご飯を食べられた。


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