子育てスルー
ある日行商が通った。
行商は驚いていた。滅んだ村だと思っていたら、幼い姉妹を見たからだ。幼い子供二人以外はみんな亡くなっていた。
「いい子でちゅねぇ」
行商の中に女の人がいて、女性から乳をもらった。
(こんなことしなくとも……)
(赤ちゃんは母親の母乳から色々得るものがあるのよ。沢山の女性から母乳を貰ったら、それだけお得だと思わない? 思わない。じゃあ、ゴブリンの精子注射されるのとどっちがいい?)
(最低)
(じゃあ、オーガの精子から精製された新しい抗体を試すかい?)
(なんで精子なの?)
(お前の嫌がる顔が見たいから。まったく乳ばっかり吸って、エッチねぇ)
(もう……)
最初の行商が哀れに思い、色々な行商にこの村に寄るように言ってくれたらしい。
エーテリカに操られているようにも思えた。
エーテリカに言われると、女性はぼくに乳をあげるのを拒まない。
呪われた村だと、呪われた姉妹なのではと疑心していた行商の長が、今ではエーテリカを聖女だと言っている。
「色々な人の乳を貰うんだ。これは君のためでもあるんだよ」
でも、ゴブキトシンは打たれる。
「それはそれ、これはこれ。乳というのは血液が変化したものさ。あの行商の中の何人かは病気にかかっていてね。血液が乳となり乳を通して感染する。君には子供のうちになるべく多くの病気にかかってもらう。なに、心配はいらないよ。君の中で増殖したゴブキトシンがこれらと戦うからね」
赤ん坊に拒否権なんかない。
乳をくれる人は当然の事ながら子供を産んだことのある人。
「全然泣かなくていい子ねぇ。うちの子とは大違いだわ。それに色が白くてとてもきれい。雪のようだわ。……うふふっお姉ちゃんが大好きなのね」
「そうなんですよぉ」
「良かったら私達と一緒にこない? 子供二人での生活は大変でしょう?」
そう言ってくれる優しい女性もいる。行商は楽な仕事ではない。中には悪い事をする人もいるし、この村にも来る。エーテリカによってまるで操り人形のように荷物を置いていくけれど。
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけでありがたいです。ですがここは私達の故郷です。この子と二人頑張っていこうと思います」
エーテリカが笑みを浮かべて手を振ると、女性は簡単にあきらめた。
赤ん坊の味覚は繊細で面倒だ。生臭いのが特に辛い。
貧しい行商の女性にはお金を払い、裕福な行商の女性には無償で貰う。
女性の匂いは人によって違うけれど、同じ匂いのする人もいる。
「人間はさ、体臭とかフェロモンとか言うけれど、要はね、体に住んでいる微生物の種類によるものなのよ。汗は無臭。分解された時匂いとなる。体臭っていうけれど、本当にあなたの匂いなの? 微生物の匂いではなくて?」
エーテリカは疑問に答えてくれる。これが正しい答えなのかどうかはぼくには判断できない。
たまにこの人いいなと思う事がある。感覚的なものだ。
「こういう女性が好みなのかい?」
(本能的なものだと思う。視覚かな)
「私を見ろ、私が理想だろう?」
確かにエーテリカは理想だ。
「私の乳を飲め」
それは無理だと思う。
「ふふっこの子、テクニシャンね。私のお乳がそんなに好きなの? ほーらっ左もどうぞ」
こっちはお腹が空いていてそれどころではない。飲み物でしかお腹を満たしていないのだから、お腹が空く頻度も高く早い。恥ずかしいとかそんな場合じゃないほどに飢える。
この女性は母親を思い出して少し苦手。
男だけの行商が通ると襲われる確率が高い。盗賊が変装している時もあった。でもエーテリカに八つ裂きにされた。いつも凝った趣向をする。まるで映画みたいだ。
「今回はどうだった?」
そう聞いてくる。
「人間が好きな映画みたいにしてみたのだけど。見たことない? 船で金塊をちらつかせて殺し合いをさせたりとか」
こうして冷静を装ってはいるけど、内心では興奮していた。怖いのとは少し違う。体が危機を感じて奮い立っている。
村人を火葬したようにみんな火葬された。エーテリカにとっては哀れな村人も、襲ってきた盗賊も変わらない。残していった金品で行商から必要な物を買ったり売ったりしていた。
特に暖房器具。毛布や毛皮。
一日が早い。ぼくは食べて、排泄して寝るのを繰り返していた。
特に寝る時間は長い。気が付くと眠っていて、起きるといつもエーテリカの腕の中にいた。
半年なんてあっという間だ。
エーテリカも一応食事はしていた。
ナイフとフォークを使って優雅に食事をする。料理を味覚で楽しんでいるようだった。
使用人が一人増えた。
ただ、人と言っていいのかどうか。
たまに不幸がある。だけどエーテリカは助けようとはしなかった。
(助けられるんじゃないの?)
そう聞くとエーテリカは悲しい表情をした。
「人はね、自分の足で歩かなきゃいけないのよ。天使はね。白い羽を使って人々に善意を施すのよ、制限と言ってもいいわ。ほらっ見て?」
エーテリカの背中には黒く染まった三対の羽があった。
「羽が黒くなったら、もうその意味を失ってしまうの。みんなそう。古い子はみんな羽が黒くなってしまってね。心を痛めてしまうの」
答えている時のエーテリカはまるで聖母のようだった。
「人々は天使が堕落して堕天した。なんていうけれど、もう痛めるべき心が無いのよ。私にはね。とても悲しいわ」
(そっか……)
「あははっ今のどう? ぐっときた? そんなわけないでしょう?」
(すぐ嘘つく)
「半分嘘、半分本当よ」
一年もするとぼくは立ち上がれるようになっていた。
「勝手に動いちゃダメでしょう? それにしても大きくなったわね。動けないようしてやろうかしら。そうしたらずっと私の思う通りよね」
「その言い方、ちょっと怖いよ」
まだ呂律はうまく回らない。けれど、話せるようにはなった。
この世界の言葉は英語に近い。
「まだうまく歩けないでしょう? 体を洗ってあげるからこちらへいらっしゃい」
頬擦りする回数もキスする回数も増えた。
母親に愛されるってこんな感じなのだろうか。なんだかとても満たされた気分になった。独り占めしたくもある。ぼくだけの、お母さん。
そう考えるたびに、元の母親の姿が脳裏を過り、自分を戒めるようだった。
ぼくのじゃないでしょうと。
「君の……力で、ぼくの成長を早める事ができるんじゃない? どうして」
「それじゃあ私がつまらないでしょう? そうでしょう? ゆっくり大人になればいいのよ。ゆっくりね。私の乳が所望とは……イヒヒッ。可愛い奴め」
「そういう意味じゃないよ」