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悪魔と一緒  作者: 犬又又
2/25

契約スルー

ちょっと内容は重いかもしれません。

 仲間や友達と一緒に何かするのは楽しいし憧れる。


 ――人間は生きているだけで他人に迷惑をかけ、かけられて生きる。


 ぼくも、きっとそうなのだ。


 今も、昔も、最初も、そして最後も――どうしようもない。


 ぬるりとした感触が体中を覆っていた。


 肺に空気が入らないし苦しい。


 耳の中まで苦くてすっぱいピーナツバターにつけられている。


 笑っていいのか、悲しんだらいいのか。


 身をよじらせて暗闇の中でもがいている。


 目が痛い。


 見えない目が痛い。


 見えないのは液体で光が屈折させられているからなのか、それとも……何も見えない。


 目が痛くて、何も、何も見えない。


 暗い。


 喉が鳴る。


 喉が鳴るのに空気がこない。


 嗚咽に苦しみ、こじ開ける。


 もがいてこじ開ける。


 どちらが上なのか――上なのか、下なのか。


 水の流れる音、火山の鼓動のように、耳を塞いだ時に聞こえるあの音。


 とうとうと光が押し寄せる。重力が今生まれたかのように、ぼとりと落下した。


 通り抜けた風は刺すように、それなのに肌がチリチリと焼けるように熱くなっていく。


 受け身も取れずに転がった。


 後頭部から落ちて転がった。


 口の周りについた生臭い液体が予想以上の不快を与えてきた。


 体中に何かがまとわりついて、口の中に異物が入ってくる。


 指がうまく動かせない。


 体を持ち上げられない。


 足に力が入らない。


 地面に横たわり口の中のものを吐き出す。


 必死に吐き出す。


 鼻から空気を吸い込もうとするのに、喉から水分を吐き出そうとする矛盾。


 あとしか言えない。


 んとあしか言えない。


 舌の筋肉がうまく動かず、発音ができない。


 ふがふがしてしまう。



 「あらあら、お早い誕生で、少し遅くなってしまったわ。受けて止めてあげられないなんて、ちょっと最低だと思わない?」


 それが空気を振動して伝わってきていない。


 想像するのは美しい金髪の女性像。見えないから想像するしかない。


「生まれたてって本当に不細工よね。母親が子供と対面して喜んでいるところを何回か見たけれど、なんていうかほらっ思ったよりも、ほら、ねぇ? ふふふっ」


 苦しいよ……。


「あらあら、ごめんねぇ……イヒヒッ」


 優しく拾われる。


 体についた土の感触が取り払われていく。


 宙に浮いていく。


 温かく、暖かい。


「おーよちよち、どう? 生まれ変わった感想は? 最悪? あらそう」


 泣くことしかできない。


「あー汚いねぇ、ほらっ、拭いてあげる。水が必要? お湯の方がよさそうねぇ」


 耳に響く音がうるさい。


 物の燃える音がうるさい。


 うっすらとしていた音がうるさい。


 今まで使われていなかった五感が使われて辛い。


 臭い、痛い、耳が、風が肌を撫でるたびに底知れぬ恐怖に襲われる。


 まるで今にも刺殺されそうな気分で、こんなところに放り出さないでと手を左右に振りまわす。


 一人にしないで。一人にしないで。


 誰かがいて初めて安堵する。


 別に母親でなくともいいのだ。


 傍にいて攻撃さえしてこないのなら。


 お湯に浸けられてやっと体が落ち着いたのを感じた。


 目が開く。目が開いていく。覆われた膜が取り払われるように。


 痛い、体中が痛い。


 クソみたいに悪い視界の中でもはっきりとわかる。


 この村はそう、なんていうか地獄だった。


 燃えている、燃えている、燃えている。


 泣き叫ぶ者もなく、苦しむ者もなく、ただ燃えていた。


 時折襲い来る異形の者が、消し飛んでいく。


「あぁ、あぁ、ひどいねぇ……控えめに言って最低だわ、うふふっ」


 その割に彼女は楽しそうだった。


 思ったよりも身長が低く、思ったよりも綺麗で、思ったよりも……温かい。


 飛び掛かって来た小人が、彼女に触れるより早く液体となってはじけ飛んだ。


「ゴブリンてやつさ、イヒヒッ。さぁ、お掃除の時間よねぇ……」


 指を鳴らしただけだった。


 それだけなのに、その場にいたすべてが静かになった。


「イヒヒッ」


 雪が降ってきた。雪が。


 暴行され吊るされた女から、ぼくは生まれた。


「魔物に滅ぼされた村から生まれたなんて、なかなかな物語じゃなーい?」


 ぼくを抱きかかえ少女がコップに入った水を傾けてくる。


 もっとましな生まれにならなかったのか。この惨劇は止められなかったのか。


「なぁに? 金持ちの家にでも生まれたかったの?」


 そういうわけじゃないけれど。


「期待したの? 正義の味方だって」


 そういうわけじゃないけれど。


 きっとこの人は人が泣き叫ぼうが苦しもうが興味がないのだ。


「人じゃないからねぇ……イヒヒッ」


 あの日、あの時、気が付くと空港の受付のような場所にいた。


 みんな並んでいた。


 おどろくほど白く輝いて眩しい。


 ぼくの後ろに並んだ男が、スーツ姿の男に別の列へと連れていかれる。


 ぼくはこの時、自分の記憶すら失っていた。


 男がスーツ姿の男に抗議し抵抗していた。


「こんにちは、はじめまして」


 スーツ姿の女性が話しかけてきた。


 金髪、くたびれた表情、それでも整っていて、緑と赤が入り混じる瞳が印象的だった。


 崩れた化粧が様になっていて、見ているだけで惹きつけられる。


「あの男に興味ある? あの男はねぇ、殺人鬼なのさ。だから分けられる」


 暴れている。


 どうにかしてこちらの列へと混ざろうとするけれど、どう頑張ってもこちらの列には並ばせてもらえそうにない。


「殺人鬼……なの?」


 それがひどく悲しい事のように思えた。


「そうよ。ここは人を殺した人間が、並べない列なのさ。少し話をしないかい? こちらへおいで」


 腕を掴まれて言われるままに脇へとずれた。


 脇へそれると、向かい合った机と椅子、狭い部屋の中へと様相が一瞬にして変わった。



「少し長くなるけれど、聞いてくれるかい?」


「一つ、逆に聞いていい?」


「イヒヒッ……。まずは座ったら? 立ったままでは疲れるでしょう?」


 席に座る。


 目の前に座った女性の目が、爛々と燃えていた。


「私に答えられる事なら、私に答えられる範囲ならいくらでも」


 うっすらと笑っている。


 テーブルについた瞬間、ぼくの負けは確定したのかもしれない。


「ここは?」


 彼女は目を閉じて、息を吐き出した。


 タバコでもあれば様になりそうで、疲れているのか、疲弊しているのか、間を作っているのか。


「行きつくところさ、行きつくところ、つまり死んだのよ。君は」


「そう……なんだ」


 なぜ死んだのか、ぼくには身に覚えがなかった。


 わりとあっさりとしていた。


 あっさりしすぎていた。


 痛みとか苦しみとかさよならとかお別れとか良かったとか悪かったとか、落ち込んだとか、全然無くて、ただ、そう、あぁ、そうなのだと、他人事みたいに感じていた。


 そして少し嬉しかった。


 亡くなっても、眠るだけじゃないのね。


 それが嬉しかった。


「笑っているのかい? 実感がない? そうねぇ。死ぬと生きている時に必要だった感情がごっそりと無くなるからねぇ。肉体が保持していた記憶も無い。苦しいとか憎いとか、肉体がある時は必要だったものは一切合切無くなるのさ。脳の構造すら必要ないからねぇ、みんな同じさ。恋とか愛とか欲望とかもね。みんな同じ表情をしている。一番平和で一番静かで、一番穏やかな場所だ。君のように微笑むのも珍しいけれど……イヒヒッ」


「さっき、暴れてた人、は?」


 どうして聞いたのかと問われれば、間を作りたくなかった。


 何かを喋らなければ一方的に喋られる気がした。


「それはねぇ……イヒヒッ。まずは記憶を戻してあげるよ。記憶が無ければ君は何も判断できないだろう?」


 優しくて、どこか胡散臭そうで、でも彼女の声は良く通り、良く聞こえた。


 彼女が指を鳴らすと、ぼくは自分がどんな人間だったのかをここでやっと思い出した。


「不思議な感じ……」


「人間はねぇ、欲望が無ければ生きていけないのさ。お金というのはいいシステムだとおもわないかい? 食欲を満たすためにお金を稼ぐ。性欲を満たすためにお金を稼ぐ。お金で満たされれば、お金では満たされない物を探す」


 でも結局何のためにお金を稼ぐのかと突き詰めれば、それはきっと家族のためだ。


 見開いてしまった。この人は、人じゃない。



「勘違いしないでおくれ。魂を狩るとか持っていくとか、売ってくれとか、そういう話じゃない」


 両肘をテーブルへとついて、ずいっと彼女は前に出てきた。


 視線はまっすぐに、目が赤くて、動脈の血液がそのまま瞳から零れ滴り落ちてきそうなほど……でもその表情はとても疲れていた。


 どうして疲れているの。


 その姿は何処か儚げでもあった。


「生物は死ぬ。死ぬとこうしてより分けられて、また生まれ変わるんだ。何にって? 何にでもさ。じゃあどうやって生まれ変わる? って話さ。生前さ、神様っていたでしょう? 神社とか行かなかったかい? どうして神社と寺が共存できるのかわかる? 神社というのは土地に感謝する行為、寺というのは己を鍛える行為だからだよ……。日本ていうのはいい国だよねぇ。娯楽も多くて、平和で、日本に生まれたいって人は多いのよ? いい事じゃない?」


「そうなんですか……」


「でもすべての人間を平等に、とはいかないのさ。真面目に生きてきた人間が、不真面目に生きてきた人間と平等に扱われるわけはないだろう? 人を快楽で殺す人間は、魂までもどす黒いのさ」


 彼女はため息をついた。


「誰だって嫌な奴には傍にいて欲しくない、そうだろう? でもねぇ、嫌な奴っていうのは、どうやって決まるのかな? 魂? そうねぇ、魂も要因だ。でも一番の要因は、得る肉体に依存するんだよ。で、だ。で、いい親から生まれるにはどうしたらいい? この枠には限りがあってねぇ、この少ない枠に他の者を入れたい時は、どうすればいいと思う?」


 すぐに思いついた。


「誰かが変わればいいと」

 つまりぼくの生まれ変わる権利を譲ってほしいと。


 神様……。生前、近所にある神社には良く行った。


 ただ手を合わせる事も感謝することもなかった。


 祭りの時は縁日を楽しみ、神社のヘリに座ってキラキラするみんなを見ていた。


 その神社も、ぼくが高校生に上がる頃には取り壊されて、ひときわ大きなご神木のどんぐりをぼくは大事に持っていた。


「君は愛されてるねぇ。神様にとても愛されてたよ。君は知らないだろうけれど、その縁日、君の隣には神様が座っていたんだよ。男の子なのに、女の子の恰好をした君を愛おしそうに撫でていた。頑張って生きるのよとね。神様って奴は、人を愛さずにはいられないのだけどね」


 本当に存在する……神様は存在する。


 なんて幸せなのだろう。


 唐突に目の前の女性が指を鳴らした。


 テーブルの上に横たわっていたのは、全身が傷だらけの幼い少女だった。


 血がテーブルの上を伝わり、流れ落ちていく。


「この子と変わってほしいのさ」


 その言葉に息を飲んだ。


「この子はもう十八回も生まれ変わっているのだけど、すぐに死んでしまってね。だから、だからね、変わって欲しいのさ」


 答えに困ってしまう。代わるのは別にかまわない。ぼくなど、大した人間じゃない。それよりこの子が笑っている姿を見る方が、ぼくも幸せになれる気がした。


 でも代わってしまったら、ぼくはどうなるのだろう、安易にYESとは言えなかった。


「一つ、聞いていいですか?」


「YES」


 心を見透かすように、彼女はYESと言った。


 ほほ笑む姿が無邪気で、それでいてとても恐ろしく感じた。


「私はねぇ、頭の良い子は好きよ。あなたの事、気に入りそう。普通の人はね、ここまで来るとNoと答えるのよ。選択の余地はないってねぇ。Noと。でもあなたは違うようね。何が聞きたい? 何をしてほしい?」


「なぜそこまで少女を転生させてあげたいの?」


「耐えられなかったのさ。簡単な話だ。私が耐えられなかったのさ」


 諦めにも似たせつない表情をしていた。


「貴方にも見せてあげるわ」

 

 目の前に赤い大地が広がっていた。


 耳を劈く空気の音、思わず耳を手で塞いで頭を下げる。


 テレビの中でしか見た事の無い光景が広がっていた。前を見るのすら、恐ろしい。


「大丈夫よ。顔をあげて」


 彼女に腕を持ち上げられる。恐る恐る目を開けると、目の前を少女が駆けていく。前に出ちゃだめだ。伸ばした手は少女を掴めなかった。


 目の前で炸裂した。体が不自然に爆ぜる。今は心臓もないはずなのに胸が痛んだ。一目で助からないとわかっているから。


 ひどいとしか言えなかった。


 生まれた。目の前で赤子が生まれた。でも赤子は生まれてすぐに捨てられて、やがて動かなくなって……。


 やせ細る少女を見た。食べる物がないからやせ細って、やがて亡くなった。


 死ぬ少女を見せられ続けた。


「もういい……」


「そう」


 気が付くと元の部屋の中にいて、少女の姿もテーブルの上になかった。


「いいよ。譲ってあげる」


 馬鹿なのはわかっている。乗せられている。


「そう、答えてくれると、思っていたわ」


 なぜそんな悲しそうな顔をするの。


「私と、契約してくれるのね」


 実は少し後悔していた。疲れていた表情も、悲しそうな表情も作り物だとわかっていたけれど、ここまであからさまだと心が怯えてしまう。


「イヒヒ……」


 彼女から立ち上がる炎は地獄を連想させ、手は黒く、指先は鋭く赤見を帯びていく。大きな音と炎を辺りにまき散らしながら、彼女は机に爪を立てた。


 べりべりと音がして机が剥がされていく。机じゃなくてまるで空間自体を削り取っているかのような、そんな感じだった。


「あなたも、それでいいわね?」


 誰に言っているのだろう。ぼくに言っているのか。でも彼女はぼくを見ていなかった。隣を見ると、頭が見えた。視線が下がる。小さな女の子がいた。


 女の子はコクリと頷いて、こちらを見た。その表情はとても嬉しそうで、とても無邪気で、とても満ち足りていた。


 ありがとうと……。


 剥がされた机の中には紙が一つ。


 彼女は左手を右手の爪で傷つけ、紙に押し付ける。何の文字が書いてあるのかすらぼくには読めなかった。


「私はね、本当は天使なのよ? あなたの国、幸せでいいわねぇ。毎日毎日お猿みたいに暮らしてるのよねぇ? 幸せが何かも知らずにのんきに暮らしてるのよねぇ? だるいだのなんだの言って怠惰に暮らして、育てられないから子供をおろしたりしてるのよねぇ? 生まれなかった子供はどうなると思う? 恋愛はいいものよねぇ? クリスマスにはパーティをして、恋人と二人きり、いいわねぇ甘い一時。でもねぇ、あなたたちが幸せな時間を無駄に過ごしてる間、あなたたちの国では普通の事で幸せを感じる人たちが、何人も何人も何人も何人も死んでるのよ? だから‼ 落としてやったのよ‼ 代わりに‼ いいわよね別に、今はどうしてるかって? たまに戻ってくるのよ。もう覚えてないけれど、死んだ目に希望を抱いて、今度生まれ変わったら、今度生まれ変わったらってね。ほらさっきの男みたいに、ちょっと記憶を戻してやるだけで泣き叫ぶの‼ 戻してくれって‼ あはははははっ‼ 元の世界へ帰してくれってねぇ‼」


 警察署の方から来たからといって、警察とは限らない。


「答え? 嫌よ。いっぱい死んで? 好きでしょう? 人を銃で殺すがゲームがねぇ‼」


 瞳は爛々と赤く燃えていた。直視でき程の熱気は、彼女の怒りと憎しみを体現しているようだった。


「反論はあるのよねぇ、そんなの知らない。自分たちの国なんだから自分たちでなんとかしろって、まぁそうね。子供を育てられないのに生むお前たちが悪い、まぁそうね。ぼくたちには関係ない‼ まぁそうね‼ じゃあ私が‼ お前らを地獄に落としてやれば‼ 関係あるのよね‼ 見てこの羽‼ 今じゃもうこの最後の一羽、この一羽以外はみんな真っ黒‼ 見てよ‼ お前らが笑ってる間に痛めた羽を見て‼」


 その目は赤く輝き、怒りを帯びて金色になっていく。


「人間を愛せっていうのよ。人間を愛せってね。お前らの何処に愛すべき要素があるというの。頭が性器でできているお前らの何処を愛せというのよ。お前らを愛したせいで、私の羽は真っ黒だ」


 ぼくは彼女を見ていた。激しく荒々しい。それでいて滑らかで空気を撫でている。


「ごめんね。おびえてしまったかな? ついつい吐露してしまったよぉ、君が悪いわけじゃないのよぉ。八つ当たりなの。ごめんなさいね。私の八つ当たりで」


「どうしてぼくなの?」


 彼女は眼を一度伏せて、ゆっくりとあげた。なめ上げるみたいに。ソフトクリームをなめ上げるみたいに。


「お前の家の隣に、おばあさんがいただろう。あのおばあさんがねぇ、次のお前の母親なんだよ。ずっと心配しててねぇ、死んだ後もずっと、ずっとずぅうっとお前の事をずっと心配しててねぇ。そして生まれ代わったら三人の子供を産むの。いい母親になって子供を産むのよ。三人兄妹の一番下が、あなたなのよ。普通の家庭に生まれて、普通に生きて、前世でどんなだったかも知らずに、幸せに死ぬ」


 その言葉を聞いて、彼女がなぜぼくを選んだのかわかった。


「私がねぇ、あなたを選んだのは、きっとこの話を聞けば譲ってくれると思ったから、この話を最後までしなかったのは、そうしなくとも彼女を見れば譲ってくれると思ったから」


 ただ友達と談笑したり、映画を見たり、普通に楽しむ。普通に、普通の、そしてそれを手に入れてしまったらきっとぼくが壊れてしまう事もわかっていた。


 あぁ、こんなものなのか。


 手に入れるといつも後悔する。


 可哀想な遠い何処かの子供を見て、そっとお金を差し出すのだ。


 そしてそのお金で、子供が助かると、いい事をしたと思っている。


 でもその子供は、そのお金で育った子供が、もし人を殺したらどうなるのだろう。例えそれが善意であったとしても、善行になるとは限らない。


 そこまでは知らないと、ぼくだって思う。


 弾丸を込めた――撃鉄を起こした。


 でも撃ったのはあなたよ。


 悪いのはあなた。


 みんなそういうの。


 ぼくもそう――お金は出した。


 悪い事に使ったら、それは貴方のせい。


 ぼくは無言で手を契約書に置いた。


「名前教えて」


「ルシィファ、ルシィファ・ルルス・エーテリカ。本当はねぇ、ずっとお前に目を付けていたんだ」


 天使は心を痛めていた。愛が深すぎて、心が痛んでしまう。愛した分だけ返してもらえるとは限らない。


「最後の羽よ。あなたにあげるわ。大丈夫、何処へ行こうとも、私も一緒よ」


 こうしてぼくは、新たな体を他の世界で得る事になった。

 涙腺なんかないはずなのに、ぼくは怖くて泣いていた。


「もう、こんな事しないで」


 彼女はぼくの頬を撫で、嬉しそうに笑いながら。


「嫌よ」


 そう言った。


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