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Geom Jeong Saek  −クロ−  作者: 小路雪生
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二十二話

それからというもの、優と連れ立って付属の中高から大学まで同級の友人らと共に理学部のある2号館の前、池の見える中庭で談笑していると


「あ…」


優が呟く頻度が増していった。優の目配せで靖聡が視線を向けると、通りに面したベンチにルミが居るのが見える。一人だったり、友達と一緒だったりその時々で状況は異なるが、優の周りをウロウロしている、と受け取られるのも頷けた。靖聡が思わず仲間内の顔を見回すと、優の幼なじみ、スミレは苦笑いをしている。


「この間も、居たよね?」


芝生に腰を下ろすとあぐらをかいた姿勢で靖聡が尋ねた。優とスミレは顔を見合わせ


「いつもよ」


頷き合う。キャンバスは広い。敷地面積は100万平方メートル超、付属の大学病院から医学部、理学部、工学部、文学部、教育学部などが設置されており、学食だけでも3カ所、研究棟や諸々の施設まで入れると建物の数もかなりのものだ。

その広大な敷地の中で、度々顔を合わせるということは行動半径が似ているからなのだろうか…靖聡は思った。ルミに限らず他にもよく見かける顔はあるものの、優にしてみればルミが髪型から服装などを故意に似せている為、同じ学年同じ学科であることも手伝って目につくのだろうと思った。最初は偶然なのでは、という気もしていたが“いつも”というところから察するに、靖聡のいない場所でも相当な頻度で接触しているのだろう。


「気があるんじゃないの?」


靖聡は優にからかうように言った。しかし、優はシラケた目つきで靖聡をじーっと見つめると


「干渉してるのよ、きっと。“近づきたいけど、下手には出たくないわ、従えてやる!”って、屈折した心理が働いてるんじゃないかしら。或は私ではなく、もっと他に目的がある、とか…」


優は推理する探偵のように確信めいた口調で言うと「冗談」と付け加えた。


「でも、ハッキリって目障りなのよね。平然と無視するし、こちらが下手に出れば話してあげる、って態度なの。高飛車なのよね。別に私は話して頂かなくて結構よ。…田舎のコだから劣等感があるんだと思う。虚勢張ってるのよね。嫌いだわ、ああいう感じのコ。意固地だし、それでいてあの格好で目の前ウロウロして、鬱陶しいったらないわ。何様だと思ってるのかしらね。呆れちゃわよ」


優はうんざりした表情でぼやいた。優の言うあの格好とは、お気に入りの白いワンピースにラベンダーのカーディガンだが、デートの時のスタイルと瓜二つだった。


「ブランドまでおんなじ。気持ち悪い…」


優は冷めた口調で鼻に皺を寄せて呟く。見たところ、特別な美人とは思えない。しかし、気をつけて見ると靖聡と優の前に頻繁に姿を現しているようだ。

その割には一定の距離をおいて近づいて来ない。声をかけるとツンをしているらしく、また、ニコリともしないタイプの女の子だと優は言う。女子からは嫌われるタイプかもしれないな…優やスミレの証言から、靖聡はルミをクセのある女の子だと感じていた。

駆け引きしてるつもりなのかな…優は迷惑がってるのに…靖聡はそう思うだけであり、優が言うほどにはルミを意識することなく日々を過ごしていた。




それが別のある日…大学から自宅までの帰り道の途中にある渋谷のオーセンティックバーに立ち寄ると(生意気な大学生と言われそうだが)、カウンターに女性が座っているのを見つけた靖聡は一瞬脚を止めた。服装が、昼間見かけた優にそっくりだった。しかし、よく見ると本人ではなさそうだ…靖聡は他人のそら似だと分かると


「薄いのね」


少し遠回りをしながらカウンターの一番端に腰を下ろした。薄い水割りを注文し、ふと横をみると長い髪のシャギーの加減まで優と似ている。その横顔はなんとなく見覚えがあり、ルミだと気づくのにさほど時間はかからなかった。奇遇…そう感じつつも、口をきいた事はなく、優からの噂もあり知らぬ振りをすることにした。


目の前に差し出された水割りを口へ運ぶと喉から食道、胃の辺りまで一気に熱くなるのを感じた。苦くツンとしたバーボンの香りが鼻につき、飲み始めた頃はこんな不味い物のどこがいいのだろう…靖聡は理解しがたかった。

しかし、回数を重ねるごとに酔いが回ると脳が柔らかくなり、全身が弛緩するのを感覚を覚えた。リラックス出来る心地よさを知ると味はともかく、酒を楽しめるようになりたいと思うようになった。

靖聡は、二十歳になったのをきっかけに、週1回はこの店を訪れる事にしたのだ。背伸びをしたかったのかもしれない…靖聡は後に思う。

そんな場所に偶然居合わせたルミに驚きを感じた靖聡だったが、優の周りをウロウロするのは何か魂胆があるからだと主張する恋人の話が心のどこかに引っかかっていた。

カランと、氷とグラスがぶつかり合う音を聞くと靖聡は大人になった気分に酔いしれた。ほんの数口、口に含んだだけで忽ち浮遊間が訪れる。靖聡は、心まで軽くなるような心持ちで琥珀色の液体を眺めると、再び氷とグラスをぶつけてみた。

すると、一拍置いてやや遠くから「カラン」と音が鳴った。一瞬、靖聡の動きが止まる。偶然だろう…靖聡は、目の前の棚一面に並んだ洋酒の酒瓶を眺めながらグラスを口へ運んだ。すると、4席ほど空けた並びの椅子に座るルミも同じようにグラスに口を付ける姿が視界に入った。

グラスを置いた靖聡がカウンターに肘を突くとルミもそれに合わせたように同じ姿勢を取るのが見える。そんなルミの気配に靖聡が思わず隣に目を向けると、ルミは前を向いたまま澄まし顔で頬杖を突いていた。



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