二十一話
そもそも、靖聡がルミを知ったのは、ルミが優を執拗に追いかけ回していたからだった。
靖聡と優は連れ立って学食の自販機でコーヒーとレモンティーを買うと、窓際の席に並んで腰掛けた。
優は
「さっきゼミでレポート見せたら、先生から“非常によくまとまってるね。でも、これじゃあ丸写しだよ”って、言われたの。でもさ、それって、この間の講義で自分が言ってた内容なんだよね」
頬を膨らませると不満そうな表情で訴える。
「先生って、炭里教授?」
リングプルを開けながら尋ねると
「うん。“熱心だね。講義もちゃんと聞いてるんだね”って、褒めてほしいと思わない? この間だって必死でノート取って文献調べて徹夜で仕上げたのよ。…もうちょっと評価してほしくない?」
ふてくされる優に靖聡は同意するが、思わず吹き出してしまう。
「なんで笑うのよぉ?」
優は唸るように言う。靖聡は、優がこの数日間デートもそこそこに切り上げると明け方まで夜更かしして取り組んでいたのを知っているだけに、可哀想とは思いながらも可笑し味がこみ上げた。靖聡は慰めるように優の頭を撫でると
「すねるなよ。な!」
肩を叩いて励ます。すると、しばらく落ち込んでいた優が不意に
「ねぇ、あそこに居るコ…」
靖聡に目配せしながら急に声を潜めて言った。
「え?」
優は、斜め向かい10メートルほど先のテーブルに俯き加減で腰掛け、ジュースを片手にテキストを読んでいる女の子を見つめると、靖聡に目で合図した。
「あのコ、最近私の真似ばっかりしてるみたいなの」
「真似?」
優はその女子大生から目を背けると
「今着てるカーディガン、見覚えない? “american retro”なんだけど、私、同じの着てるでしょ?」
「……かな?…」
ブランドに疎い靖聡には分からないが、言われてみれば似たような服を着ていたかもしれない…そう思った。
優はルミを無視したように前を向くと
「それだけじゃないの。髪型も、爪の色も、靴も、何もかもぜーんぶ、私の真似っこ」
優はそう言うと溜息を吐く。
「前はいつもジーンズにTシャツでひっつめ髪、こーんな眼鏡かけて、冴えない感じだったのに、最近派手よね」
優は“こーんな眼鏡”という時に、両の親指と人差し指で大きな円を作ると目の周りに当て、眼鏡をかける振りをした。
「教室であんな格好してるコ、他にいないのよ。つまり、私が彼女のお手本」
優は機嫌が悪いのか唇を尖らせると冷たい眼差しで言った。
「可愛いな、って思われてるんじゃないの?」
靖聡は優の気を引き立てるように言うと、何気なくルミを見遣った。すると優は
「もう! 見ちゃダメ!」
すかさず靖聡を叱りつけ、ポツリと
「…違うと思うなぁ、私…」
優は呟くに言うと「はぁー」と、わざと大きな溜息を吐いてみせた。気分を変えたいのか、おもむろにバッグからクッキーを取り出すと口へ放り込んだ。
「だって、すれ違ったって挨拶もしないのよ。…きっと、対抗意識なんだと思うわ」
優はキッパリした口調でそう言うと、ルミに視線を投げた。靖聡がルミを盗み見ると、言われてみれば時々見かける気がする…思った。優に似た格好をしているコがいるな…などと、なんとなく思っていたのはどうやらルミだったらしい…
「ねぇ、どう思う?」
靖聡あれこれ思っていると優が不意に尋ねた。つらつらとルミの印象を思い出していた靖聡は
「え? ああ。…何が?」
ぼんやりした口調で答えると、優は靖聡の瞳をジッと見つめながら
「あのコ、どう思う?」
「…どうって…よく知らないし…分かんないよ」
靖聡には優の言いたい事が分からない。
「私と張り合ってるつもりなんだわ。あー、やだやだ!」
優は目を細めると忌々し気に呟いた。
「ほっとけばいいんじゃないの?」
靖聡の言葉に
「私を意識して真似してるのは見え見えのくせに、挨拶もしないでシカトするのよ。最高に感じ悪い。お高いっていうか、偉ぶってるのよね。この間、彼女の席にボールペンが転がり落ちたのよ。『あ! ごめーん、取って!』って言ったら聞こえない振りすの。で、『すいません、取って頂けますか?』ってバカ丁寧に言ったら、途端に拾ってよこすのよ。ちゃーんとお耳に入るんじゃない、失礼よね」
優は肩をすくめる鼻で笑った。
「大して美人でもないのに気取ってるのよ。訛りが出ないようになるべくお話しするのは控えてるようですけど」
嫌味っぽく付け加えた。
「何様のつもりかしら。気分悪いったらないわ」
優はそこまで言うと、椅子から立ち上がってわざと音をたてながら椅子を引いた。が、ルミは先の姿勢でキストに視線を向けたままだ。
靖聡には普通の女の子に見えるが、穏やかな優がこうツンケンした物言いで愚痴をこぼすからには、余程腹に据えかねたのだろう…靖聡は思うと優と共に席を立ち、次の講義に出席する為教室へ向かった。




