十九話
次に靖聡が目覚ましたのは薄暗い部屋だった。見慣れぬ赤い天井には小さなシャンデリアが飾られている。
目を覚ました靖聡は、頭の中をかき回されたような不快感を覚えると頭を振った。その拍子に真っ赤な壁が視界に飛び込んでくる。
『ここ、どこだ…』
深紅の壁紙とシャンデリアという室内は何か落ち着かない。その上、体に掛かったシーツは光沢のあるサテン地だ。何やら妖し気な雰囲気だった。どうやら寝かされているのはラブホテルの一室のようだと気づくと、ふと隣に目を向けた靖聡の瞳は、ルミが目を閉じたままこちら向きに寝ている姿を捉えることになる。
一瞬体が浮くような驚きのあと、呆然とした様子でルミの寝顔を見ていた。何故ルミと一緒に寝ているのかを必死で思い出そうとするかのように靖聡は頭に手を置く。
『確か…ぼったくりバーに騙して連れて行かれたんだ…』
二日酔いの頭は考えがまとまらない。靖聡は目を閉じると必死に順を追って思い出そうと努める。そういえば、ルミのけばけばしい化粧は落とされているようだ…そこまで思い出した靖聡が思わずくしゃみした拍子に
『なんてことだ…』
下着まで脱がされ、裸でルミと同じシーツに包まっている現実に思い至ると、優がこれまで言い続けていたことは本当だったのだと身を以て思い知った。が、恋人である優の言い分を疑っていた訳ではない。しかも、靖聡の行きつけのバーへ見澄ましたように姿を現すルミの行動は、ストーカーだと言われるのも無理はない、そう感じてきた。それだけではく、優の名を語り、男を騙しているとの噂までもが今回の出来事で裏付けられる結果となった。
ただ、これまで、行きつけのバーへ姿を見せるルミの行動を優に告げずにいたことは間違いだったのかもしれないな…靖聡は思った。そして、つくづく昨夜、優に電話が繋がってさえいればこんな事にならずに済んだのにと悔やまれてならない。いっそ、優の家へ行けば良かった…靖聡は派手なシャンデリアを見上げながら無念でならなかった。が、こうしてルミの正体を突き止められた事によって優の不安を解消出来るかもしれない…靖聡はよい方向へ考える事にした。
野之という女に騙され案内されたキャバクラにはルミが居た。酒には強いつもりだが、どういう訳か酔いが回るのが速く、靖聡の思惑とは裏腹に早々に酔いつぶれた様だ。泥酔し、体の自由を失った靖聡をルミが引き取り、介抱するとここへ連れ込まれたようだった。
あれこれと靖聡が物思いに耽っている間にルミは目を覚まし、靖聡の横顔をジッと見つめていた。ルミの視線に靖聡が気づくや否や
「…起きたんだ。…昨夜の事、酔っていて覚えてないのね………よくある事だわ。いいのよ」
いきなり唸るように呟くルミの言葉に靖聡は訝しさを覚えた。いかに酩酊していたとはいえ靖聡にはルミを抱いた覚えはない。が、その口ぶりはまるで『靖聡くんと私は深い関係なのよ』とでも言いたげだった。
「…ふざけるな」
二日酔いで気分が悪い靖聡は目を閉じたまま反論するが力が出ない。異様なほどに喉の乾きを覚えるのだが、服を脱がされている靖聡がベッドから出るのは気まずく思える。
そんな靖聡をよそにルミは肩をすくめると
「…昨夜、大変だったのよ〜…」
恩でも着せたいのだろうか、シーツで目の下まで顔を覆ったルミは、大袈裟にそう言うと寝そべったまま上目遣いで靖聡を見つめる。
「ごくろーさん。道端に寝かせておいてくれたほうががマシだね」
靖聡は酒が残っっているらしく、目眩を感じつつも憎まれ口を叩いた。ベッドから上半身を起こした靖聡は下着まで脱がされている自らの姿に
『まるで強姦だな…』
胸で呟いた。
「…なんで下着まで脱がすんだ?」
靖聡は隣で横なっているルミをから目をそらすと、溜息まじりの低い声で訊く。
「酔って吐いたから服を脱がせたのよ。本当に、重たかったわ」
ルミはうそぶいた。
「吐いてないよ! 酔ってても記憶を無くした訳じゃない。それにしたって下着まで脱がせる必要ないだろ?」
ルミという女は、男の靖聡から見てもどこか苛立つのだ。その鼻にかかった甘ったれたような高音と、人を小馬鹿にしたような物言いにカチンとする。俺をからかっているのか?…そう詰め寄りたい不快感を抑えきれない靖聡が気色ばむと、ルミは靖聡をジッと見つめたまま
「…自分で脱いだんじゃない」
今度は、文句を言うかのようにふてくされた表情で呟いた。
「嘘をつくな! 脱いでないよっ」
睨むように言う靖聡を横になったまま見上げていたルミは沈黙の後それ以上答えようとはせず、勢いよくベッドから飛び出した。




