十七話
表からはそうとは見えないが野之に案内されたのは紛れもなくキャバクラだ。
「…ここに優が居るんですか?」
野之を見る靖聡の視線は冷ややかだ。
「ええ」
野之は悪びれた風もなく微笑みながらそう答えると、色気のある含み笑いを添えた。思わず『ウソつけ!』大声を浴びせたくなるような怒りを堪えていると
「どうぞ」
靖聡の心を知らぬ野之は入り口に立っている靖聡を奥へと招き入れようとした。
「いや、帰ります」
が、不穏な気配を感じた靖聡は間髪入れず答えると踵を返し、背後の扉を押し開けようとした。が、どうした訳か、ドアノブは回転しているにも関わらず、扉が開かない。満身のの力込め押し引きしてもそのドアはピクリともしないのだ。
「なんで…」
思わず呟くが慌てるほどにドアは重くなるように感じられ、次第に気味の悪さを覚える。そんな靖聡の様子を傍らで静かに見ていた野之は不意に
「優ちゃん!」
奥へと声をかけた。開かないドアを見つめ、ドアノブを回転させている靖聡は、背後に人の気配を感じると動きを止める。足音も立てずに真後ろに立つ人物の気配に思わず息を詰めた靖聡は、背筋に一筋の冷たい氷を不意に落とされたような感覚を覚えた。思わず弾かれたように振り向くと
「!!!!!!」
靖聡は目を見開いたまま言葉を飲み込んだ。
スパンコールが煌めく黒一色のロングドレスに身を包み、立っていたのはルミだった。濃いと感じるほどの化粧を施し、真っ赤な口紅と両肩を露にしたその姿は、どこから見ても水商売の女だ。シャンデリアの逆行で表情こそ暗いが、紛れもなくルミだ。香水の香りを放ちながら靖聡をジッと見つめるその瞳は妖しい光をたたえている。
そんなルミを前に、靖聡の目は思わず釘付けになった。驚きと、思いがけないシチュエーション、何よりも薄暗い室内でルミは女彪の如く映ったのだ。ルミの匂い立つような色香に息をのむと、呆然と立ち尽くす。
「いらっしゃい」
「…」
そんな靖聡をジッと見つめたままルミは「あなたの態度は予想がついていた」とでも言いたげな堂々とした立ち居振る舞いで
「ねぇ…こちらへ」
奥へと誘った。その瞬間、我に返った靖聡は
「…優が居るって…まさか、君じゃないよね?」
ルミはにっこりと愛らしい笑みを浮かべると
「ユウです。宜しくね」
小首を傾げながら笑顔で答えた。
「ルミちゃんだろ?」
「…ユウです」
ルミは言い張った。向かい合ったまま睨み合うように立ち尽くす二人を交互に見ていた野之は
「さ、どうぞ」
靖聡を促した。
「いえ…結構です」
靖聡は毅然と言うと
「優って君の事だったのか?」
「…」
畳み掛けるように尋ねる。しかし、ルミは答えようとしない。長い沈黙のあと、緊張した雰囲気を見かねたのか野之は
「ご自分で確かめてみたら?」
靖聡に声をかけるが靖聡には騙されたような思いが消えない。こんな所に優が居るはずがない…靖聡は
「いえ、お断りします」
再び踵を返すとドアを開けようと試みた。が、何度試してもドアは開かなかった。




