十一話
「ねぇ、ノブくん。深刻だわ…」
優が疲れた表情で靖聡に訴えた。
映画を観ようと渋谷で優と待ち合わせた靖聡は、逢うなり浮かない表情で呟く優の様子を気にかけながらも数日前の夜、バーで会ったルミの顔が頭に浮かんだ。
「…あぁ…例の…」
靖聡は相槌を打ちながら心が重たくなるのを感じていた。靖聡にはビリヤードやダーツを楽しむ為に一人で出かけるバーがあり、そこにルミが姿を現している事を優の耳には入れていなかったからだ。
ルミの行いはストーカー行為だというのが優の主張である。靖聡は、優の言い分に間違いはないのかもしれない…最近のルミの様子からそう思っていた。しかし、その事実を告げるべきかこと、どこか迷いがあったのだ。
優と二人で駅前のスクランブル交差点を渡りながら行き交う人と肩がぶつかり合う度、靖聡は優をかばうように手を握る。
「うーん…クラブで男の子を騙したり他の女の子に迷惑かけてるって話だけど…最近ね、聞いた話では“ユウ”って名乗ってるらしいの。私に似た格好で現れて…この間なんて、初対面の男の子に散々おごらせた挙げ句、私の携帯の番号を教えて黙って帰ったって…」
優はせきを切ったように一気に言うと溜息をついた。
「どうしてそれがルミだって思うんだ?」
「他にそんな事をする人はいないわ」
優はキッパリと言った。
「私はあのコと友達でもなんでもないの。大学でたまたま同じ講義に出ていて顔見知りになっただけなのよ。いつの頃かは覚えてないけど、最初は冴えない田舎の女の子って感じだったのが、私と同じ服を着てきたり髪型を真似たりするようになってようやく、『あら?』って、気がついたのよね。私のよく行くお店にも出入りしてるって噂だったけど、いつの間にか周りの人に『ルミってコ、友達でしょ? 妹だっけ?』 なんて訊かれるようになって…。こっちは彼女なんてよく知らないのに…ルミがマリファナやってるって噂までたってるし」
「マリファナ!!」
一気にまくしたてるように愚痴をこぼす優の言葉に黙って聞き入っていた靖聡だったが、マリファナと訊いては穏やかではいられない。
「それ、マジ?」
隣を歩く優の顔を覗き込むように尋ねた。
身長160センチほどの優と175センチの靖聡は、優がややヒールのある靴を履くとさほど身長差はなくなる。前を見ずに歩行する靖聡は次々と街を行く人々にぶつかるが、時折優の顔を見つめながら歩き続けた。
「さぁ…でも、そんな風に言われてるコと親しいみたいに思われたら迷惑だわ。ナンパされると決まって『姉がいて、出身は世田谷でゴールデンレトリバーとピレネー犬とか3匹も犬を飼っていて、父親は銀行の副頭取で母親はお花の先生なの』って言うんですって。それ、私の事でしょ?みたいな…ウソばっかりじゃない。友達の次は妹っ! ふざけないでよ!! 気持ち悪ーい!」
優が心底腹を立てているのが伝わってくるのはその語気の強さだ。いつもは穏やかな口調で快活に話す優の言葉遣いがやや荒くなっている。
そこまで深刻な噂が立っているとなると笑い事では済まされない気もしてくるが…靖聡は
「…本人に会って直接確かめるしかないよな」
「もうっ! 悠長な事言わないで、そんな必要ないのっ。あのルミしかいなもの。実際に見かけた人もいるらしいわ」
だからといって、俺にどうしろって言うんだ…靖聡は言葉を飲み込んだ。そんな煮え切らない靖聡に苛立ったのだろう、優は靖聡を睨むように言うとその腕を強く引っ張った。優の不意うちに靖聡は一瞬前のめりになりながらも優は言葉を続けた。
「そ・れ・に、そんな都合の悪い事、面と向かって認めるはずないじゃない」
「…まぁ…言い逃れるだろうな…とにかく、大学で会った時に訊いてみたら?」
「最近、休んでばっかり。それに訊いたってのらくらして答えるはずないもん」
優は気分が苛立っているのかすれ違い様にぶつかっては通り過ぎる男を睨みつけた。
靖聡が先日バーで会った際、ルミは元気な様子だったことから大学はサボっているようだ…そう思いつつ、果たして優に伝えていいものかやはり、決めかねていた。
優の居ない場所でルミが一方的に押しかけているとはいえ、ルミと顔を合わせてるということを告げたなら、優が嫉妬しかねない。今の状態では火に油を注ぐようなものだ。
靖聡は迷いながらもやや俯き加減で
「堪えないよな…きっと…」
靖聡を待ち伏せているのだろうか…決まって靖聡の行く日には見澄ましたようにバーへ姿を見せるルミの態度や先日の押し問答の様子から、優の推察に実感のこもった相槌を打つと映画館の黒く重い扉を開いた。
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