変愛ダブルトリップ
正月、午前。
人のごった返す神社へ足を運んだ年若い女二人が、鬼気迫る表情で両手を合わせていた。
「神様。どうか、私に触手紳士を、ほぼ全身触手な雄人外の愛をください」
「神様。どうか、私に五段階ケモ度レベル3以上4以下の獣人を、イケモフ彼氏をください」
SNSサイトで人外好きの同士として徐々に距離を縮め、同人誌即売会での一般参加を機にリアルでの交流を重ねて、仲を深めた彼女たち。
好みの種族こそ違うが、互いに人間の異性に一切の興味を持てぬという重症度の近さもあって、意気投合は容易く、独身老女となった暁には共に暮らす約束まで交わす程度には硬い友情で結ばれていた。
ちなみに、触手好きの女の名はアザミ、重度ケモナーの女の名はイヨといった。
「いや、分かってはいるんです。
初詣が願い事より抱負を述べるべき場だということは」
「でも、まずこの世に存在しない生き物を彼氏にすることはできません」
「なので、出会いをください。素敵人外との出会いを」
「そこさえ何とかなれば、あとは自分で努力して落としますから」
「お願いします、神様。お賽銭一万円追納しちゃう」
「心に清らかさのない我々に出来ることは、ただ唯一ひとつ課金だけ」
打ち合わせたわけでもないのに、抜群の連携プレイで欲望を垂れ流す彼女たち。
二人は作法に則り最初に十分な御縁を求めて硬貨を投げ入れていたが、更に神の注目を引き寄せるべく、ここでそれぞれターバン型とサイゴン型に折られた諭吉を投入する。
「はー、ご利益ご利益」
「チャラチャラとイベントこなしに来ただけのパリピの願いなんか全部ブッチして、我々に切実な愛の手を」
とんだ薄汚い乙女がいたものである。
参拝を終え、証明となる御朱印を貰い、ついでにキャッキャとおみくじを引いて、これからの予定を話し合いながら帰路につく二人。
しかし、神社の出入り口に連なる最後の鳥居をくぐった瞬間、彼女らの周囲を取り巻く風景は一変した。
歩く足は自然と止まり、進みも戻りもしない。
「……ねぇ、イヨ」
「なに、アザミ」
「私の記憶が確かなら、我々つい一瞬前まで神社にいたよね?」
「私もそう記憶してる」
真顔で正面を見つめながら、触手好きのアザミとケモナーのイヨは、呟くような声量で現状を把握すべく問答する。
「ちなみにさ、ここどこだと思う?」
「妄想幻覚の類でなければ、異世界。
それも、魔界系」
「ちょっとそういうファンタジックな結論出すには尚早じゃない?」
「いやでも、景色からしてもう地球じゃああり得ないし」
体を動かさず視線だけでそっと辺りを窺えば、常識の範囲外も甚だしい彩りが二人の眼球に襲い掛かってきた。
「太陽が黒くて、空が紫とかね」
「地面だって、ピンクとオレンジのマーブル模様だよ」
「木は蛍光水色だし」
「頭が沸騰しちゃいそう」
ここでようやく互いに見つめ合ったアザミとイヨは、顔を顰めて会話を続ける。
「ていうか、暑くない?
真冬装備が堪えるんだけど」
「体感で十五度くらい?
コート脱いだら今度は逆に寒そうな、微妙な温度だよね」
今にもパニックを起こして叫びだしたい衝動を、現状を共有する友という存在が押しとどめていた。
後々まで赤っ恥と響きそうな醜態を晒すのも、一人だけ取り乱して相手に迷惑をかけるのも、気が引けたからだ。
「これって、いわゆる神隠しだと思う?」
「ちょっとイメージと違うけど、多分……」
日本の神社からトリップするなら、せめて和風の世界ではないのかと、イヨはいまいち釈然としない感情を抱く。
「帰れるのかな……のたれ死ぬ予感しかしないけど」
「圧倒的に情報が足りない。
仮にもし万が一、小粋な神様が私たちの願いを叶えてくれた結果なんだとしたら、場合によってはこの世界に骨を埋めてもいいと考えている」
「その発想はなかった。
さすがポジティブ魔人イヨ様」
「止し給えよ、チミぃ」
どちらかといえばネガティブな、多大な不安に顔色を青白くするアザミと違って、イヨはなるようになるとでも考えているのか、どこか達観した面持ちだ。
自身より幾分余裕のありそうな友の姿に勇気付けられたのか、アザミは僅かながらも心に平静を取り戻す。
「とりあえず、あっちの建物群が見える場所まで歩いてみる?」
「ういうい。
我々人間という生物がどういう扱いになるのか分からないから、なるべく見つからないように行こう」
「賛成。
ね、イヨ。はぐれないように手ぇ繋いでよ」
「魔界系異世界に二人ぼっちだもんねぇ」
がっつり指を絡ませ恋人繋ぎをしているが、これはあくまで彼女らの心細さがそうさせているのであり、百合ではない。
知的生物の住まう都市と思わしき緑色の建造物が密集する地を目指して、アザミとイヨはカラフルな平原を恐々歩く。
「ねぇ、気付いてる?」
「空でしょ。どう見ても、ロックオンされてるよね」
一時間と半分ほど警戒交じりに進んだ先で、二人は前方を見据えたまま事実を確認し合った。
目的地と定めた場所から、人ほどのサイズと思われる謎の物体が飛び立ち、いかにもアザミとイヨを狙ったコースで接近してきているのだ。
「魔界の住人は飛翔能力を有する、と。
今から逃げたり隠れたりして間に合うと思う?」
「無理に千ペリカ。
だって、あんな遠くから私たちのこと察知して出てきてるんだよ?」
ハイライトの消えた仄暗い目で、彼女たちは互いの瞳を覗いた。
「……死かな? 死だね?」
「命を諦めるのと助かると楽観するの、どっちの心構えでいたら精神に優しいだろうね」
「楽観は個人的に難しい」
「アザミがいちいち後ろ向きすぎるんだって」
「イヨ、死ぬときは一緒だよ?」
「ヤンデレのセリフじゃん」
恐怖を紛らわすためか、二人は言葉を止めずに淡々としたトーンで話し続けている。
やがて、米粒のようだった飛行物体たちが徐々に近付き、その姿が露わになってくると、アザミとイヨの影を負った絶望顔が、揃って驚きに見開かれた。
「あ……あ……う、うそ、でしょ」
「まさか、そんなのって……」
ハッキリと視界に映る魔界の生物を凝視しながら、彼女たちは愕然と呟く。
そして、肥大する感情そのままに、二人は腹の底から雄たけびを上げた。
「シダ植手ーーーーーーーっ!!」
「白頭鷲人ーーーーーーーっ!!」
ほんの数時間前に重度人外好きである彼女らが神に願った通りの、いかにも異形じみた怪物たちがそこにいた。
「うわぁうわぁ、シダ植物で無理やり作ったタンブルウィードみたいな素敵すぎる触手生物がいるよぉぉ」
「は? なにあの、どう森のアポ○を全裸に剥いてリアル化し頭身を上げましたみたいな超ド級のイケメンは?」
一気にテンションを上げ、頬を紅潮させるアザミとイヨ。
「あぁーっ、神様、ありがとうございます。
たとえ、これから彼らに嬲り殺されるとしても、死ぬ前に素敵な夢を見せてくれて」
「ちょ、現実に返るの早いよ!
まだ襲われてないしワンチャンある! ワンチャンあるって!」
手を合わせて天に拝むアザミ。
イヨは彼女の両肩を掴んで、激しく前後に揺さぶった。
二人が理性の吹っ切れたやり取りをしている間に、ついに異形が彼女らの頭上へと到達し、ゆっくり前方へ降り立ってくる。
【お嬢さん方、そこで止まっていただけるかな】
「我々は理王領守護隊の者だ。
人王領の民と思しき貴女方が、如何な目的でこの地を訪れた?」
背後に仲間を引き連れた触手と鷲人が、それぞれ温度を感じさせぬ硬質な声を響かせた。
いや、実際のところ触手には声帯がなく、地球でいうテレパシーや念話と表現される術を使っての、脳内に直接語り掛ける方法であったのだが。
「きぃええええぇしゃあべったああああっ!
神様ああああああああああ!」
「追い課金! 追い課金不可避!
お賽銭どこに投げたらいいですかぁーーーッ!」
彼らのセリフにテンションが最高潮を超えて爆上がりしすぎてしまったアザミとイヨが、それぞれ奇行に走っている。
前者は、肩甲骨に届く黒髪をライブ会場のようにヘッドバンギングして振り乱しているし、後者は、左腕に架空の籠を抱えて右手でその中身を掴みバラ撒くような動作を繰り返していた。
最も恐ろしいのは、一応これでも彼女たちが正気だという事実にあるだろう。
「は? 何だぁ、コイツら?」
【原因は謎だが、かなりの興奮状態にあるようだ】
初っ端から女二人にクレイジー過多な言動を見せつけられ、異形たちは当然の反応としてドン引きした。
「あぁ、理想の触手が実在してる、生きてる、動いてるぅ」
「生モフの威力しゅごいよぉ。この尊さを何と例えよう?」
激しい舞いを止めたと思えば、今度は、口元に手を当て眼球をカッ開いたまま涙するアザミと、両手を組んで犬のようにハッハッと荒い息を零すイヨ。
「君は生き延びることが出来るか状態からの、まさかのめぐりあい空展開とかマジ神様ホント」
「デッドオアアライブと思いきや、デッドオア新ラブだったっちゅ一の」
仮にも二十代前半の乙女にしてはネタの古い二人だった。
「ゥグエーッ、くっ、苦しい。
トキメキすぎて心臓が万力で締め上げられているように痛いよぉぉ」
「感情が高ぶりすぎて気分悪くなってきた。
オエッ、お、嘔吐感が……オゥエッ」
己の胸ぐらを掴み地面に倒れ丸まる触手萌えと、膝をつき俯いて今にもゲロを吐きそうなケモナー。
【一変して苦しみ出したぞ】
「気でも狂ってんのか?」
あながち間違いでもない。
ただ、どんなに関わりたくない相手であったとしても、守護隊の立場として無視は出来ないのが苦々しいところだった。
【お嬢さん方、そろそろ落ち着いてはいただけまいかな】
「あんまり非協力的態度が続くようなら、こちらとしても少々強引な聞き取りをせざるを得ないのだが?」
困惑と苛立ちの含まれる声を受け、ハッと身を起こした女達が表情を一気に真面目なものへと変化させ、ようやく人間らしい口をきく。
「大変失礼致しました」
「私共、誓って反意ある存在ではございません」
「お、おう」
急すぎる様相の転がりように思考がついてゆかず、鷲の異形はしどろもどろで頷いて返すのが精一杯だった。
一寸前の醜態などどこにも無かったかのように、女二人は理路整然と己らの置かれている状況の説明を開始する。
「最初の問いに関してですが、残念ながら我々はそれに対する答えを持ち合わせておりません。
敢えて述べるのであれば、救援を求めることが最も近しい目的となりますでしょうか」
「自身でも未だ飲み込めぬ事実ではあるのですが、つい先程まで故郷で平穏な日常を送っていたところ、瞬きひとつの間にこの地に二人きり立っていたのでございます」
【何と?】
「お疑いでしたら、その道のプロに我々の歩いた痕跡を追わせてみればよろしいかと」
「確認できるはずです、そこへ唐突に産まれ落ちたかのように、ふっつりと軌跡の途切れる現場が」
マイナーな性癖を有し、高度な擬態技術で馴染めぬ人間社会を生き抜いてきた彼女たちの言葉の武装は厚い。
怪しい女達の珍妙な言い分をそのまま信じたわけではないが、鷲の異形は背後に立たせていた部下たちに目配せして、三体を先へ進ませた。
彼の意図を沈黙の内に察して、触手生物は自身のシダ植物じみた触手の数本を女達を緩く囲い込むように伸ばし、穏やかな音色のテレパシーを飛ばす。
【ただ今、貴女方の証言の裏を取るべく隊員を派遣中です。
彼らが戻るまで、少々このままお待ちいただきたく】
「あっはい」
「ソレで僅かでも信じてもらえる可能性が上がるのであれば、いくらでも」
しっかりと己の考えを示すイヨと反対に、アザミは目の前でまるで自分を誘っているかのようにセクシーに揺れる触手に意識を奪われ、上の空で頷いていた。
もちろん、それらは彼女の主観であり、日本の一般的感性の持ち主には不気味で悍ましいモノにしか見えない代物だ。
フラフラと吸い寄せられるように触手生物に近付きながら、アザミはろくに脳を介さぬまま胸の内に滾る熱い欲望を吐露してしまう。
「ところで、あの、触手の御方は、えっと、恋人とか、そういった方面のパートナーはいらっしゃいますか。
もし、いないようでしたら、その、御慈悲を……か、体の関係、一回だけでも……」
【は?】
突然、かつ、場にそぐわなすぎる話に、触手がうねらせていた全身をガチリと一斉に固まらせた。
逆に、激しく反応をみせたのは、ソウルメイトのイヨである。
「だから、何で最初から諦めの妥協案に走っちゃうの!?
まずは唯一無二の伴侶の座から狙っていこうよ!?」
「だって高望みして何も叶わないより、ほんの少しでも恵みがある方が嬉しいじゃん!」
アザミは両拳を強く握り、黒髪と共に大きく顔面を左右に振った。
さながら子供の癇癪のごとく、激しく地団駄を踏んで、彼女は友に食って返す。
「こんな最高に好みの触手二度と会えないの分かりきってるし、だから、一回こっきりの思い出でもいいから、絶対絶対、欲しいんだよ私はぁッ!」
【な……何を、言って……】
「っあ」
そこへ戸惑う触手の念話が割り込んで、一気にアザミの魅了状態が解除され、正常な思考を取り戻した。
途端、自らの不用意なセリフのせいで、今後の可能性をブッ潰してしまったであろう事実に気付き、絶望する。
「あああああ、やらかした。
こんな初対面で言うことじゃないセクハラに等しい発言を触手の御方に放ってしまった。
お、終わった………………死のう」
「きゃあああアザミ駄目えええええ!?」
【ちょちょちょ待ち待ちなさい何を!?】
「おい急に何やってんだお前えええ!?」
コートの腰ベルトを引き抜き、首に巻いて全力で引っ張り出したアザミに、慌てた三名の必死の制止が入った。
結果、彼女は触手で全身簀巻きにされるという、ご褒美プレイに興じることとなる。
「っあー! このまま絞め殺されるもまた本望ー!」
【やめなさい、人聞きの悪い】
「アッハイ」
地面に転がされた状態で興奮の叫びを上げるも、当の触手の異形に注意され、ションボリとうなだれるアザミ虫。
そんな彼女に何を思ったか、彼は苔玉にも似た小さな核を隠す本体ともいうべき触手塊を近付けて、意外すぎる内容の囁きをひとつ落とした。
【その……領に仇なす存在でないと分かれば、私は貴女を伴侶とするも吝かではありませんよ】
「えっ」
「は!? ドゥバグィ、お前正気か!?」
これに驚いたのは、鷲の異形だ。
正体不明の怪しい女を、まさか守護隊の副隊長ともあろう男がと、彼は開いた嘴が塞がらない。
【彼女のセリフではないが、これほど私を求めてくれる存在になぞ、二度も出会えるとは思えなくてね】
実のところ、シダ植手ことドゥバグィは、領内でそこそこ高い地位と小金を持っていてすら全くモテぬ可哀想な男であった。
そもそも植物系の種族は比較的感情に乏しく、一般魔界女性からすると恋愛対象となりにくい相手なのだ。
更に、表情ある顔面も抱きしめあえる肉の体もない究極の特殊趣味向けとされる完全触手型とくれば、もはや一考の余地すら与えては貰えない。
そこに来ての、このアザミの熱烈なラブコールである。
長年、異性よりの愛情に飢え続けてきた孤独な男が、どうしてそれを不要と突っぱねられようか。
「う、嬉しい……」
【おやおや、まだ完全にそうなると決まったわけではないのだがね】
ボロボロと大粒の涙を零すアザミに触手を伸ばし、優しく拭き取ってやるドゥバグィ。
未だかつて見たことのない副隊長の甘々な姿に、隊長鷲のメェッザーは呆然と立ち尽くした。
「大金星じゃんアザミ! やったね!」
「う、うん。ありがと、イヨ」
簀巻き状態から解放されたアザミをガバリと抱いて、イヨが友の幸運を祝福する。
「お、おまっ、お前なぁ……っ」
【何か?】
その背後でワナワナと翼指を向けてくる隊長に、しれっとした態度で返す触手。
中々に混沌とした光景であった。
それから間もなく、裏取りに向かった隊員たちが戻ってくれば、驚くほどアッサリと彼女ら二人の無害が証明される。
「は? 神気?」
「はい、ハッキリと現場に残っておりました。
おそらくこの方々は神々の御意向により招来された、異界よりの幸姫ではないかと推測されます」
【幸姫?
アレはただのお伽話ではなかったのですか?】
「伝承の通りの存在か、ソレは自分には答えようもありませんが……少なくとも、その御身は丁重に扱うべきと愚考します」
「マジかよ……」
【では、私が彼女を娶るに何の問題もないわけですね。
となると、誰かに取られてしまう前に、そう、明日にでも籍を入れなければ】
「お前もマジかよ……」
小さくガッツポーズのように触手の先っぽを巻く副隊長ドゥバグィに、隊長鷲メェッザーは目を白黒させている。
一方、話についていけず置いてきぼりになっている当人たちは、彼らの雰囲気から悪いようにはならないだろうと察して、ホッと安堵の息を吐いていた。
「何か、思ったより簡単に助かりそう?」
「だねぇ。
たかが一万円の課金でご利益がすぎる気もするけど」
「……とりあえず、いっぱい拝んでおこうよ」
「ソレが正解かな。
願いが叶ったのにお礼を忘れると、逆に罰が当たるとか聞いたことあるしね」
「神様ありがとう、私に運命の触手をくれて」
「イケモフパラダイスへのご招待ありがたや、ありがたやぁ」
両手を合わせて、天へ深く祈りを捧げる二人。
やがて、それを終えると、彼女たちはまだ何事か語り合っている守護隊に一瞬だけ目を向けてから、顔を寄せてヒソヒソと暇つぶしにダベり始める。
「……そういえば、イヨは鷲の人にアプローチしないの?」
「んー、確かにスゴいイケモフだけど……アピっといて、後で他にもっと魅力的な毛の持ち主が現れて目移りしちゃったら、さすがに悪いかなーってさ。
長毛種のネコとか、アンゴラウサギとか、チンチラとか?」
「こぉの毛フェチめぇ。
アンタ、そうやって優柔不断なこと言って、しょっちゅう欲しい物とか買い逃してるくせに……。
運命の女神には前髪しかないんだよ?
今の内に掴まないで本当にいいの?」
「いーいーのっ。
手に入らないってことは、結局、私の運命なんかじゃなかったってことなのさ」
「イヨってば無駄に潔いんだから、もー」
何気ないただのお喋りだったのだが、これを聞き逃せなかったのが鷲の異形メェッザーである。
「……は?」
人外らしい聴覚と職務意識から女達の会話を耳穴に入れていた彼は、イヨのセリフにブワリと頭羽をおっ立てた。
守護隊の若き隊長であり、見目も非常に良く、性格破綻者でもないメェッザーという男は、副隊長と正反対にモテモテの人生を送っている。
そんな男に対し、イヨは「もっと良い男がいるかも(意訳)」などという、要は、長らく積み上げられてきた彼のプライドに真正面から泥を投げつけるような発言をかましたのだ。
メェッザーの心境を赤裸々に表すのであれば、「俺より良い男なんぞ早々いてたまるかよ!」である。
まぁ、だからといって、か弱い女に絡んでいく程度の理性なき男であれば、彼も隊長職など任されてはいなかっただろう。
そこそこ沽券に関わる内容ではあったが、その場は何とか苛立ちを抑えて、メェッザーは守護隊としての任務を真っ当に遂行した。
【アザミさんは私が運びましょう。
さ、怖がらずにこちらへ】
「は、はいっ」
「ヒュウヒューウ。
早速お熱いねぇ、お二人さぁーん」
「もーっ、止めてよイヨぉ」
「……ケッ」
だが、彼は知らない。
そう遠くない未来、余所の男に対するより明らかに強く輝く瞳でメェッザーを見つめながらも、いつまでも最上を探して自分にアプローチして来ないイヨのことが気になって気になって気になって、ストーカーのように影から動向を追いまくった挙げ句、やがてウッカリ彼女に惚れてしまい、己の方から積極的に攻勢を仕掛けるという、慣れぬ行為に勤しむハメに陥るなどとは……。
「なぁにが幸姫だ、全っ然、普通の女だろうがよ」
まぁ、そんなこんなで、神社の主と魔界の管理者の思惑通りに寄り添うこととなった二組の夫婦は、彼らの祝福を受けて、いつまでもいつまでも幸せに暮らした、という話である。
めでたし、めでたし?
その後のカップルたち↓
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