第6話 やり返すためなら手段は選びません
「とりあえず、装備を整えてこい。俺も準備をする」
俺はヴァルターに指示を出す。慌ててやってきたヴァルターは、ラフな私服だ。このままだと、戦闘になっても満足に戦えない。
「わかった。だが、どうするつもりだ?」
「ちゃんと考えがある。いいから、武器と防具を取ってこい」
改めて促すと、ヴァルターは不満そうな顔をしながらも部屋から出ていった。
俺も戦える準備をしなくてはいけない。
手早く上着を着てから、銀ちゃんを収めたホルスターを装備する。弾はまだ補充できていないが、ブラフには使えるだろう。
あとは、ナイフや投擲タイプのアイテム、それに医療ポーチを、腰や太ももの各ホルスターにセットしていく。その上からコートを羽織れば、基本的な戦闘スタイルの完成だ。
装備が整ったので、一階に降りる。
星の雫館は二階が宿泊施設で、一階が料理店だ。一階のテーブルでは、朝から少なくない客たちが、食事を楽しんでいた。
「大将、厚切りステーキサンドを五人前頼む。料金はいつも通り宿泊料に」
俺の注文に、マリーの父親にして厳ついハゲ頭の店主ガストンが、カウンターから意外そうな顔を見せた。
「まだ昼には早いぜ。間食にしては豪勢だな」
「遠出する用事があるんだよ。だから食い溜めをしておく」
「弁当はいるか?」
「いい、そこまでの用事じゃない」
「わかった、すぐに作るから待ってな。ところで、うちの娘を知らないか?」
「いつもの発作が出ていたぞ」
「またかよ!」
ガストンはハゲ頭を手で叩いて嘆息する。
「朝も忙しいのに、あの馬鹿娘め!」
「男手一つだからって、甘やかし過ぎたんだよ」
「うるせぇ! 可愛い一人娘なんだから仕方ないだろ!」
星の雫館は、基本的にガストンとマリーの父娘だけで回っている。二年ほど前に奥さんを病気で亡くしてからずっとだ。
従業員もいるが、彼らを雇っている時間は、本格的に忙しくなるランチタイムとディナータイムだけである。
カウンター席に座って待っていると、注文したステーキサンド五人前がやってきた。大皿には切り分けられたステーキサンドと、添え物としてフライドポテトが乗っている。
手にもって齧りつくと、肉の旨味をたっぷり含んだ汁が溢れ出した。
ステーキの焼き加減は、ミディアムレア。こんがりと焼いたトーストに特製のマスタードソースが塗られている。
丁寧に作られたことがよくわかる美味さだ。
また、ただ美味いだけじゃなく、調理師の職能を持つガストンが作った料理には、能力上昇効果が付与されている。劇的な変化こそないが、腹に収めていく度に活力が湧いてくるのを実感できた。
星の雫館は良い宿だ。大将が働き者であるため、食事は美味いしサービスも充実している。だから下宿先に選んだ。
その分値は張るが、身体が資本の探索者にとって、衛生的で健康的な生活も重要だ。身体を壊せばお終いだからである。
ステーキサンドを三人前ほど腹に入れた時、装備を整えたヴァルターが帰ってきた。ごつい鎧を身に纏い、馬の首だって切り落とせる大きさの戦斧を担いでいる。
先日の戦いで損傷しているが、今日一日ぐらいなら使えるだろう。
「おまえ、人を急がせておいて、自分は呑気に飯かよ……」
「急げとは言っていないぞ。それに、後のことを考えると、今の内に食事を済ませておくべきだ。ほら、おまえも食え」
皿を差し出すと、ヴァルターは戸惑いながらもステーキサンドを食べた。
「……美味い」
「だろ!」
ガストンが、カウンターから愛嬌のある笑みを見せる。ヴァルターは腹が減っていたのか、残りのステーキサンドとフライドポテトを全て平らげた。
「よし、食ったぞ! これからどうするんだ? 審査官のところに行くのか?」
時刻は十一時前。ちょうど良い頃合いだ。
「いや、今から向かうのは、猪鬼の棍棒亭だ」
†
†
俺たちは、猪鬼の棍棒亭を目指し街を歩いている。
人が溢れ返る街中は賑やかで騒がしく、いつも通り活気に満ちていた。人種も多様で、異なる髪の色や皮膚の色を持つ者たちが一緒に歩いている。
本来は独自のコミュニティを形成する、エルフやドワーフやノームにハーフリング、それから獣人といった亜人たちだって、大都会である帝都では珍しくない。
混在する様々な人々と大量の荷を積んだ馬車が、舗装された街路を忙しなく行き交う光景は狂騒染みてすらいた。
「なんだって、酒場なんかに……。わけがわからん……」
後ろをついてくるヴァルターが、ぶつくさと文句を言う。
理由を説明するのは簡単だが、あえてそれはしない。そこで発生するだろう口論に、時間を割くのがもったいないからだ。
だが、黙って従えと命じるにしても、少し言葉を足しておいてやるべきか。
「ヴァルター」
振り返り、ヴァルターを見据える。
「おまえは馬鹿だが、無能じゃない。優秀な戦士だ」
「……何の話だよ?」
「おまえにはおまえの、俺には俺の役割ってもんがある。つまり、頭を使うのは俺に任せておけ、って話だよ。この一年間、俺はパーティの司令塔を務めてきたが、一度でも判断を誤ったことがあるか? ちょっとは信用しろ」
「…………ちっ、わかってるよ!」
無理矢理に納得させたヴァルターは、舌打ちをし足を速めた。今度は、俺がそれを追う形になる。
やがて、見慣れた猪鬼の棍棒亭の看板が、通りの向こうに見えた。
†
†
探索者専用の酒場は、遠征から駅馬車を利用し帰ってきたばかりの探索者を迎えられるよう、朝も開いている。だいたい朝の十時から昼の一時、そこから飛んで夜の七時から十二時が営業時間だ。
昼前となった店内には、既にたくさんの探索者がたむろしていた。遠征から帰ってきたばかりの者たちが、仕事終わりの美酒に酔っている。
「……それで、どうするんだよ?」
ヴァルターが小声で尋ねてくる。俺はそれを無視し、声を張り上げた。
「ここにいる全員に、依頼を出したい! 俺たち蒼の天外のメンバーである、ロイドとタニアが、パーティの資金を横領し逃亡した! この二人を見つけ出し、生け捕りにしてもらいたい! 成功報酬は、二百万フィル出そう!」
店内は一瞬にして静まり返り、そして一気に騒然とし出した。
状況が理解できず、パーティ間で話し合う者もいれば、状況を理解したため、嘲笑している者もいる。
次第に俺たちを揶揄する声が多くなってきたが、そんなことはどうでもいい。どのみち、いずれはバレることだ。ここで馬鹿にされるか、後で馬鹿にされるかの違いである。だったら、どっしり構えていればいい。
だが、ヴァルターは、目に見えて慌て出した。
「ノエル! こいつらにバラすなんて、どういうつもりだ!?」
予想通りの反応である。プライドや見栄を重んじるヴァルターは、今の状況に耐えられないのだろう。額に青筋を立てて、激怒している。
「話した通りのつもりだ。こいつらに依頼を出し、ロイドとタニアを捕まえてもらう。俺たちだけじゃ、どうしようもないからな」
「だからって、こんな大っぴらに頼むことないだろ!」
「大っぴらに頼まなければ、誰が探している奴かわからないんだよ」
「どういう意味だ!? きちんと説明しろ!」
「後でしてやるから黙ってろ」
他の探索者たちに視線を戻し、改めて声を張り上げる。
「どうだ、誰か依頼を受けてくれる奴はいないか?」
すると、一人の剣士が手を挙げた。
茶髪の精悍な顔立ちをした青年だ。革と金属が合わさった鎧を身にまとい、その上から恐牙狼の毛皮の肩マントを装備している。背中に二本の剣を差しており、二刀流の使い手であることを示していた。
紫電狼団のリーダー、ウォルフだ。
Cランク帯は一番数も多く入れ替わりも激しいため、同じ酒場にいても名前を覚える価値はあまり無い。そんな中でも、ウォルフ率いる紫電狼団は、俺たち蒼の天外と同じく、期待のルーキーとして名を馳せている。
「ロイドとタニアを生け捕りにするだけで、本当に二百万もらえるんだな?」
「その場で払うと確約しよう」
「だったら、俺たちは受けるぜ。あの二人は優秀だが、ノエルがいないなら楽勝だ。行きそうな場所はわかるか?」
「いや、それはわからない。だが、帝都を出たのは市門が閉まる直前のことだ」
「てことは、おそらく徒歩移動か……。わかった、すぐに出るぜ」
ウォルフが立ち上がると、それにパーティメンバーが続いた。おそらく、俺と同じように考え、入市審査官のところへ昨晩のことを尋ねに行くのだろう。
「他に受けてくれる奴はいないか? 早い者勝ちだぞ!」
今度は二人の手が挙がる。
「俺も受けよう」「私たちも受けるわ」
新たに二組のパーティが店を出ていく。遅れて更に三組のパーティが、我先と扉の向こうに飛び出していった。
あれだけ多かった探索者たちは、もう半分の人数になっている。残った者たちから手を挙げる者は現れなかった。
依頼を受けた全てのパーティは、俺たちと同様に若くして有望視されている者たちばかりだ。だが、その中に俺の探していた者はいない。
外したかな、と思っていた時、一人の斥候が近づいてきた。
「……おい、依頼のことで相談があるんだが」
斥候は痩せた髭面の男で、歳は三十半ばほど。名前は……憶えていない。卑屈そうな笑みを浮かべ、小声でぼそぼそと話しかけてくる。
髭面の男からは勢いも華やかさも全く感じない。見るからに、自分が努力するよりも他人の足を引っ張る方が楽だ、と考えているタイプの落ち目だ。
普段なら、俺が最も軽蔑するタイプの探索者だが、今日に限っては違う。おそらく、この冴えないオッサンが当たりだ。
「ここじゃ話せない内容か?」
「へへへ、ちょっとな。店の裏にきてもらえないか? 損はさせないぜ」
俺は苛立たしそうなヴァルターについてくるよう目配せをし、共に髭面の男と店の裏へ移動した。念のために騙し討ちを警戒してはいたが、それは杞憂であった。
髭面の男は店の裏に入ると、得意気な表情を浮かべる。
「ロイドとタニアの居所なら、知っているぜ。仕事の帰りに、あの二人によく似た旅人とすれ違ったんだ。ノエルの話を聞いて確信した。間違いない」
「本当か!? どこだ!? すぐに教えろ!」
ヴァルターが目を剥き髭面の男に迫る。
やはり、この髭面の男が当たりだったか。
帝都は市門が開いている時間、多くの探索者たちが出入りしている。これから遠征する者、または遠征から帰還する者、だ。そして、帰還者の中には、道中で夜逃げした二人と出くわす者もいるだろう、と予測していたのである。
居場所さえわかれば、後はどうにでもなる。もはやロイドとタニアは、まな板の上の鯉も同然だ。どこにも逃げられない。
「焦るな焦るな。タダで話すわけにはいかないぜ」
髭面の男は敏捷な身のこなしで、ヴァルターから距離を取る。
「生け捕りに成功すれば、二百万なんだろ?」
「その通りだ。おまえの話が本当なら、仲間と共にすぐ向かえばいい。報酬は確約すると言ったはずだぞ」
俺が強めの口調で指摘すると、髭面の男は肩を竦める。
「まあまあ、そう突き放してくれるなよ。俺だって、可能ならすぐに向かっているさ。だが、そうもいかない事情があってな……」
「当ててやろうか。おまえのパーティじゃ、ロイドとタニアを相手にするのは難しいんだろ。居所の予想はついていても、勝てないんじゃ意味がないからな。だから、俺たち二人にも協力してほしい、ってことだろ」
髭面の男は一瞬狼狽えたが、すぐに軽薄な笑みを取り戻した。
「そういうこった。あいつらは強いからな」
「おまえのパーティの構成は?」
「剣士が一人、魔法使いが一人、治療師が一人、そして斥候の俺だ。クランには所属していないから、この四人が全メンバーだ」
俺は髭面の男を改めて観察し、その佇まいから実力を推し量る。
歳を食っているし、実力は猪鬼の棍棒亭の中でも低い方だ。たしかに、このレベルでは、四人集まってもロイドとタニアには勝てない。
だが、そこに俺たち二人が加われば、十分過ぎるほどに勝機はある。
「他の三人も、おまえと同じレベルという認識で、間違いないか?」
「ああ、そうだ。で、どうだ? 協力してくれるのか? もちろん、協力してくれた分は、報酬を減らしてもらってかまわない。そうさな、百六十万フィルで――」
「百万だ。俺たちの協力が必要なら、二百万ではなく半額の百万が報酬だ」
「ひゃ、ひゃくまん!? おいおい、いくらなんでも半額はねぇぜ!」
髭面の男は慌てて抗議するが、あいにく一歩も譲る気はない。
「百万だ」
「ひゃ、ひゃくごじゅうまん!」
「百万だ」
「百四十万!」
「百万だ」
「おい、ふざけるなよ! 俺たちの力が必要なんだろ!」
顔を真っ赤にする髭面の男を、俺は鼻で笑った。
「必要だとも。だが、絶対じゃない。依頼を受けてくれた他のパーティは、みんな優秀だからな。慌てずとも待っていれば、誰かが生け捕りにしてくれるさ」
「だ、だが、金を持ち逃げされたんだろ? だったら早く捕まえたいはずだ! どれだけ優秀な奴らでも、何の情報も無いんじゃ時間がかかるぜ!」
「だろうな。だが、それがどうした。俺は何があっても譲歩する気はない。それだけのことだ。それが気に入らないなら、この話は無かったことにすればいい。どうする? 断るなら俺たちは去らせてもらうぞ。それでいいか?」
髭面の男は悔しそうに歯噛みしたが、やがて首を振った。
「……わかったよ。報酬は百万でいい」
交渉成立。万年金欠の落ち目探索者なんて、こちらが譲らなければ折れるだろうと最初からわかっていた。
この手の交渉は、金を払う側の方が金を求める側よりも圧倒的に有利だ。その上で、いかに自分の条件を認めさせるかが交渉テクニックなのだが、この男にそれをレクチャーしてやる義理は無い。
「それで、二人の居所は?」
「南門の先、バーレー街道ですれ違った。すれ違った場所と、あれから経った時間を考えると、二人がいるのは、カルノー村かオイレン村だろうな」
「了解した。他の仲間を集めて、先に南門で待っていてくれ。ヴァルター、おまえも一緒についていけ。俺は用があるから、少し遅れる」
「用ってなんだ?」
首を傾げるヴァルターに、俺は努めて爽やかな笑みを見せる。
「後で教えてやる」