第37話 後衛の心得と蛇の悪だくみ
「うん、わかった。アルマは後衛に向いてないね」
美しき金髪のエルフにして弓使い、リーシャの斟酌無き分析結果に、アルマは溜め息を吐く。友人のくせに、ちっとも容赦が無い。
「はっきり言うね」
「お世辞を言ってもしょうがないでしょ」
「それは、そうなんだけど」
ノエル達と別れた後、アルマはリーシャと合流し、帝都近郊の森で技術交流を行っていた。以前、ノエルから鉄角兎の捕獲を命じられた場所だ。互いのスキルを見せ合ったり、模擬戦をしたり、非常に有意義な時間を過ごせた。
リーシャはまだCランクだが、極めて優秀な弓使いだ。スキル熟練度が高いことはもちろん、戦闘時の判断力や機動力もBランクの領域に近い。
五回行った模擬戦では、二回も敗北してしまった。勝った回数はアルマの方が多いものの、実は負けた二回は、最後の二回だった。つまり、完全に動きを見極められ、攻略されてしまったのである。
だが、だからといって、リーシャの方が強いというわけではない。命を懸けた実戦なら、最初の一回で首を刎ねて終わりだからだ。それに、アルマもリーシャの動きを見極めることはできた。仮に六回目を行えば、アルマが絶対に勝つだろう。七回目以降もそうだ。
ただ、互いの動きを見極める早さは、リーシャの方が確実に上だ。そして、それこそが後衛にとって重要な要素なのだと、リーシャは語る。
「後衛の役割って大まかに分けると、ノエルみたいな司令塔、広範囲攻撃による敵陣の攪乱、前衛の援護、になるんだ。この三つに共通することは、何だと思う?」
「戦況把握に基づく戦況操作」
「そう、戦況操作。ノエルみたいに正確無比な司令塔をこなせる人は少ないから、基本的には攪乱と援護が主な役割になるね。攻勢時の追い風となるのはもちろんとして、チームが負けそうになった時、即座に立て直せる状況を作り出すことが一番大事かな。反撃するにしても退却するにしても、皆がまともに身動きができないと無意味だからね。そして、それができるのは後衛だけ。正面から敵と切り合っている前衛には無理」
リーシャの説明はわかりやすく、だからこそアルマの弱点が浮彫となる。
「まあ、そっちにはノエルがいるから、細かいことは全部任せてもいいと思うよ。でも、もしノエルが倒れたらどう? アルマはちゃんと後衛の役割を果たせる?」
「余裕」
「なんで嘘吐くの!? 絶対に無理でしょ! だって、アルマってすぐに熱くなるじゃん! 自制できないのに後衛の役割を果たせるわけがないよ!」
「むぅ……」
アルマの弱点とは、リーシャが言ったように熱くなりやすい点だ。アルコルに束縛されていた時は無機質なほどに冷静だったのだが、その鎖を断ち切って以降、これまでの反動なのか感情的になりやすくなってしまった。
たしかに、このままでは後衛には不適格だ。
「六千万歩譲って、リーシャの言うことが正しいとする」
「いやいや、譲らなくても正しいから。ていうか、六千万歩って多いけど中途半端だなぁ。だいたい一周して元の位置じゃん」
「ボクが後衛に――追撃者にならないと、前衛過多になる可能性がある。それは好ましくない」
人が発現できる職能には様々な種類があるが、戦闘系で発現しやすいのは、戦士や剣士などの前衛だ。そのため、アルマが後衛に転向した方が、編成の自由度は上がる。
「アルマが言うように、前衛過多は好ましくないよ。でも、よく考えてほしいのは、無理に不向きな後衛に転向しても、逆に皆の足を引っ張るってこと。一度ランクアップしたら、やり直しは利かないんだからね」
「……だよね。やっぱり、暗殺者の方がいいのかな?」
「ウチはそう思う。それに、暗殺者なら、前衛過多の問題を避けられるはずだよ。えっとね――」
リーシャが提案してくれた戦術に、アルマは感心して手を叩いた。
「凄い! それは画期的!」
「ね、良さそうでしょ?」
「うん、その戦術を基に、ノエルと相談してみる。ありがとう、リーシャ。遊んでそうな外見に反して、意外と頭脳派。本当に助かった」
「え、ウチって、そんな印象なの!? すっごく淑女なんですけど! ていうか、おっぱい半分丸出しの人に言われたくないんですけど!?」
「リーシャ、人を外見で判断するのは良くない。恥を知って」
「言い出したの、アルマなのに!?」
ふと、二人の身が強張る。複数の武装した者たちの気配を感じたからだ。斥候と弓使いの鋭い感覚が、まだ遠くにいる者たちの正体を探る。
「数は四人。前衛が二人。後衛が二人。片方は弓使いで、もう片方は魔法使い」
「前衛は剣士と槍兵だね。四人ともかなりできるよ。Bランクだ」
「まともに戦えば勝ち目はなさそう。でも、敵意は感じない」
「たぶん、遠征帰りの探索者じゃないかな?」
「かち合うのも面倒だし、ボクたちが離れよう」
探索者は基本的に荒くれ者だ。最初は敵意が無くても、こっちが女二人だとわかったら、急に豹変して襲い掛かってくる可能性もある。街の中ならともかく、憲兵の目が届かない場所で他の探索者と接触するのは避けるべきだ。
また、あちらの弓使いも、既にこっちに気がついている。いきなり攻撃してこられたら不利だ。離れるのは早い方が良い。
だが、リーシャは足を止めて、首を傾げた。
「あれ? ひょっとしたら、知っている人かも」
「そうなの?」
「うん、ちょっと試してみるね」
リーシャが指笛をリズム良く鳴らすと、遠くから同じ音色が返ってきた。
「この音は、やっぱりそうだ。お~い、オフェリア先輩~!」
声を張り上げて手を振るリーシャ。やがて、森の奥からエルフの女が現れた。リーシャと同じく、スカート姿の軽装に革の胸当てを装備しただけの身軽な出で立ちで、縄編みされたストロベリーブロンドの髪をなびかせながら走ってくる。
「おお、やっぱリーシャじゃん! 久しぶり、何してんの?」
リーシャがオフェリアと呼んだエルフは、アルマたちの前で立ち止まると、気さくに片手を上げて笑った。
エルフという種族は基本的に誰もが美形だが、オフェリアは特に顔立ちが整っている。目鼻立ちの良さはリーシャだって負けていないが、目力が違った。まるで透き通った湖のような美しさを感じる。
「ウチらは、戦闘訓練です。オフェリア先輩は遠征帰りですか?」
「うん、今帰ってきたところ。街道を通るよりも、この森を突っ切った方が早いから。そっちのお友だちは見ない顔ね。新しいパーティメンバー?」
視線を向けられたアルマは、首を振った。
「違う。ボクは――」
「ああ、この子は、他のパーティの子です! 名前はアルマで、探索者になったばかりなんですよ」
何故か代わりに答えるリーシャ。アルマは不審に思ったが、理由がありそうなので任せた方が良いみたいだ。
「そっか、新人さんか。リーシャの方が先輩なんだから、ちゃんと世話してあげなよ。新人が成長するのって、本当に大変なんだから」
「わかってますって」
「二人は仲が良い。もしかして、同郷?」
アルマが尋ねると、二人は笑って頷いた。
「うん、ウチとオフェリア先輩は同じ里の出身なんだ」
「歳も近いしね。探索者になったのは、私の方が先だけど」
二人に似た臭いを感じるのは、そのためか。並んでいる姿を見ていると、まるで姉妹のようだ。アルマが納得した時、オフェリアの仲間らしき男たちが現れた。
「オフェリア、勝手に走り出すのはやめてくれよ。びっくりするじゃないか」
集団のリーダーらしき剣士の男が、困ったように笑う。すぐにリーダーだとわかったのは、この男が一番強者の風格を漂わせているからだ。
もっとも、外見はあまり強そうではない。武骨な銀色の甲冑を身に纏っているが、その顔はいかにも人畜無害で優しそうだ。寝癖らしいボサついた金髪が、なおのこと人の良さそうな印象を強めている。
リーダーが温和そうなのに対して、他の二人の男には苛烈な雰囲気がある。大槍を担いだ革鎧姿の槍兵は眼光が鋭く、また白い布を纏った魔法使いは見るからに厳つい狼獣人だ。
実際の性格はともかく、少なくともリーダーのような表面上の優しさは感じない。探索者らしい探索者たちである。
「ごめん、レオン。知り合いだったから、ついね」
オフェリアが舌を出して謝ると、レオンは微笑んだ。
「なら、仕方ないか。えっと、リーシャだったよね?」
「そうです。こっちは、ウチの友だちのアルマ」
「新人さんかい? 俺はレオン・フレデリク。『天翼騎士団』ってパーティのリーダーです。もっとも、他の皆が優秀だから、飾りだけのリーダーなんだけどね」
目を細めたまま頭を掻くレオンに、アルマは内心で舌打ちした。レオンは厭味でも謙遜でもなく、本心から言っている。だが、レオンの強さが他の者よりも頭一つ抜けているのは間違いない。つまり、無自覚な強者というわけだ。そういう天然な男は嫌いなタイプだった。
「せっかくだから、他の皆のことも紹介するね」
オフェリアは最初に槍兵を手で示した。
「この怖い顔の槍兵は、カイム」
「おい、怖い顔は余計だ」
カイムは逆立てた黒髪を触りながら苦笑する。その仕種のせいか、感じていた険が和らいだ。顔は強面だが、悪い男ではないらしい。
オフェリアは次に狼獣人へ手を向ける。
「この毛むくじゃらは、ヴラカフ」
「……うむ」
ヴラカフは特に何も言わず、ただ軽く会釈する。言葉が喋れないわけではないと思うが、余計なことは話さない性質らしい。
「そして、私はオフェリア。よろしくね、アルマ」
オフェリアは最後に自分を指差して、白い歯をこぼした。
「オフェリア、よろしく」
「うん、何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね。私たち、これでも結構強いから。連絡先はリーシャが知っているし」
「優しいんだね」
「同じ探索者なんだから、皆で助け合わないとね。特に、最近は変な奴がのさばっているみたいだし」
「変な奴って?」
「ノエル・シュトーレンって女」
その名を聞いた瞬間、アルマはリーシャの不可解な態度の意味を理解した。
「蒼の天外ってパーティのリーダーなんだけど、自分の意に沿わないメンバーを全員追い出して私物化したんだってさ。しかも、単に追い出しただけじゃなくて、奴隷商に売り飛ばしたみたい。信じられないよね」
「それは酷い」
「噂によると暴力団とも繋がりがあるみたいで、気に食わない奴は片っ端から暴力団に襲わせているとも聞いたわ。かなり危険な女だから、アルマちゃんも気を付けた方がいいよ」
「わかった、心に留めておく」
噂というのは怖いものだ。この話を聞いたら、ノエルは絶対に不機嫌になるだろう。もちろん、ノエルが怒る部分は、男ではなく女だと伝わっている点だ。アルマが代わりに怒ってやってもいいが、半分以上が真実であるため怒るに怒れなかった。
「オフェリア、噂だけで人を判断するのは良くない。実際に確かめたわけじゃないんだろ? 真偽が定かでないことを、新人さんに吹き込んじゃ駄目だ」
レオンが窘めると、オフェリアは肩を竦めた。
「火の無いところに煙は立たない、って言うでしょ? たしかに真偽は定かじゃないけど、探索者は危険に対して警戒し過ぎる方が良いわ。特に新人さんはね」
「オフェリア、だとしてもだ。俺は知らない人を悪く言うことは嫌いだ」
その断固とした口調に、オフェリアは長い耳をへたらせる。
「わ、わかったわよ。ごめん……」
一瞬でしおらしくなるオフェリアの姿を見て、アルマはレオンのリーダー性を再認識した。強いだけでなく、メンバーを律する力も備えているようだ。
「さて、それじゃあ俺たちは行くよ。騒々しくして悪かったね」
レオンは柔らかく微笑み、帝都方面へと歩き出した。カイムとヴラカフがそれに続き、オフェリアもアルマたちに手を振りながら去って行った。
「二人とも、まったね~!」
天翼騎士団の姿が見えなくなると、アルマはリーシャを見る。
「面白い人たちだった」
「でしょ? それに、アルマはわかったと思うけど、すっごく強いんだよ」
「だろうね。特に、あのレオンとかいう男がやばい」
「レオンさん、Bランク帯だと最強だからね」
「やっぱり」
「天翼騎士団自体も、Bランク帯だと最強のパーティだよ」
「パーティ? そんなに強いのに、クランになっていないの?」
アルマが首を傾げると、リーシャは困ったように笑った。
「あの人たち、謙虚堅実がモットーだから。とっくに実力はクランを創設できるレベルなんだけど、慌てずじっくりとやる方針なんだって。でも、流石にそろそろクランになるんじゃないかな?」
「へぇ、慎重なんだ。うちとは大違い」
ノエルがこの話を聞いたら、一体どう思うだろうか? おそらく鼻で笑って馬鹿にすることだろう。頂点を目指す者にとって、慎重過ぎる者など死んでいるも同然だからだ。
「ほんと、うちとは大違い」
†
†
夜の分の走り込みを終えると、暗がりから一人の男が近づいてきた。
「よお、ノエルの大将。頼まれていた仕事を済ませてきたぜ」
男は情報屋のロキだった。俺は乱れた呼吸を整え、人目の付かない場所に誘導する。既に星が出る時間だが、まだ閉門には早いため、市壁の周辺には人が多い。
手渡された封筒の中には、紙切れの束が入っていた。その一枚一枚に目を通していく。毎度のことながら、見事な仕事だ。必要としていた情報は全て揃っていた。
「たしかに、確認した。報酬を渡そう」
俺が財布を出そうとすると、ロキは首を振った。
「大将からは貰えねぇよ」
「あの件なら、既に貸し借りは無しのはずだぞ?」
「そうだけど、やっぱり悪いことをしちまったからな……」
「謝罪は受けた。借りも返してもらった。だから報酬を受け取れ」
無理に金を渡すと、ロキは渋い顔をする。
「大将って、意外と堅物だよな」
「タダより怖い物は無いって知っているだけだよ」
「何だよそれ! 俺がまた裏切ると思っているのか!?」
「そうは言っていない。だが、一方の好意に甘えた関係はすぐに腐り果てる。それだけのことだ。おまえもプロならわかっているだろ?」
「そ、それは、そうだけどよ……」
口ごもるロキを尻目に、俺は紙をめくる手を速めていく。
「大将、今度はどんな悪だくみをしてんだ?」
「悪だくみなんてしていないよ」
「嘘吐け。帝都中のBランク探索者の情報を集めてこいなんて、悪だくみしていない奴が頼む依頼かよ」
ロキの確信に満ちた言葉に、俺は苦笑した。
「なあ、ロキ」
「なんだ?」
「やっぱり、Bランク帯で最強なのは、天翼騎士団か?」
「そうだな。まだクランじゃないが、個々の能力は最も秀でている。特に、リーダーのレオンが際立っているぜ」
「そうか。噂通りだな」
ちょうど、その天翼騎士団のページだ。
槍兵系Bランク職能、戦槍のカイム。
弓使い系Bランク職能、鷹の眼のオフェリア。
魔法使い系Bランク職能、召喚士のヴラカフ。
そして、リーダーである、剣士系Bランク職能、騎士のレオン。
少人数ではあるが、彼らの能力も実績も、たしかに一パーティに収まるレベルではなかった。中堅クランにさえ匹敵する。
素晴らしい。実に素晴らしい。
「大将、口では否定しているが、すっげぇ悪い顔してんな」
ロキの指摘に、俺は自分の顔を触れてみる。まったく気がつかなかったが、その口元はたしかに、残酷な笑みの形に歪んでいた。