第34話 渡りに船と言える覚悟
ここまで拙作を読まれた読者の方には余計な前置きかと思いますが、本作の舞台は中世ヨーロッパではありません。
なんでこんなことを言うかというと、今更ですが中世ヨーロッパには存在しない(はず)服装が、今回の話で出てくるからです。
前置き失礼致しました。引き続き拙作を楽しんで頂けたら幸いでっす!
「な、なんちゅうか、緊張してくるのう……」
コウガが震える声で言うと、それをアルマは鼻で笑った。
「ビビってるなら、お留守番してていいよ」
「ビ、ビビってなんか、おらんわ!」
「やめろ。人目があるんだ恥ずかしい」
探索者協会にクラン申請書を提出して三日。下宿している星の雫館に、最終認定のためにメンバーを伴って来られたし、という手紙が届いた。
こうして三人でやってきたのが、探索者協会館だ。
探索者協会館は、公共の建物としては帝都の中でも最大。宮殿を思わせる壮麗な造りである一方、青い腰折れ屋根に塔は備わっておらず、またシンメトリーであるため、シンプルな印象も受ける。正面ゲートの上には時計台があり、それが全体のアクセントとなっていた。
とても大きな建物だ。何度も来たことがあるため、コウガのように緊張することはないが、初めて見た時は圧倒されたのを覚えている。
この中では、単に探索者の登録や管理をしているだけでなく、悪魔素材の買い付けや販売も行っている。販売方法は主に競売で、時間になると商人たちが押し寄せてくるのが恒例だ。
「さて、行こうか。おまえら、行儀良くしているんだぞ」
正面ゲートをくぐり、受付で目的を告げると、すぐに豪奢な応接間に通された。部屋に入った俺たちは、ブルーベルベットのソファに三人して腰掛ける。
館内で働く家事使用人が出してくれた紅茶をリラックスしながら啜っていると、コウガに肘を突かれた。
「な、なあ、ノエル」
「どうした? トイレか?」
「ちゃうわ。便所は来る前に済ませたわ」
「なら、なんだよ?」
「これからその……監察官ちゅう人が来るんじゃろ? そいで面接があって、そいが終われば正式にクランとして認められるんじゃったな?」
「そうだな」
「やっぱ、ノエルだけやのうて、ワシも話を聞かれたりするんじゃろうか?」
「かもしれないな」
「ワ、ワシ、そういうん初めてなんじゃが、ちゃんと答えられるじゃろうか?」
「複雑なことは聞かれないと思うから大丈夫だ」
聞かれるとしたら、どうして探索者になったのか、また今後はどういう探索者としてやっていきたいのか、の二点ぐらいだろう。要するに、簡単な適正診断だ。問題のあるメンバーを抱えているか否かを判別するのが目的である。
まあ、仮に素行不良のメンバーがいたとしても、マスターとなる者に大きな問題でもなければ、申請が却下されることはないだろう。探索者は基本的に荒くれ者だ。優等生ばかりを選んでいては、そもそも成り立たない。
俺はそう説明したが、コウガは不安そうなままだった。
「ほ、ほんまか? ほんまに、大丈夫か?」
「だから、大丈夫だってば」
「ワシの答えが監察官さんの逆鱗に触れてしもうて、クラン申請が却下されるとか、そがいなことにほんまにならんか? 信じていいんじゃな?」
「俺を信じろ。大丈夫、絶対に大丈夫だから」
こいつ、戦い以外になると、途端にチキン野郎になるな。その生い立ちを考えると仕方がない気もするが、もう少し堂々としてもらいたいものだ。
「ノエルは優しい。ボクは監察官の機嫌を損ねたら、その時点で申請が却下されるって聞いている。もしクラン創設が駄目になったら、完全にコウガのせい」
唐突なアルマの嘘に、俺がとりなす間も無く、コウガは慌て始めた。
「や、やっぱり、そうなんじゃ! ワシが失敗してもうたら、ノエルの夢はここで途絶えてしまうんじゃ! ど、どないしよう!? どないすればええんじゃ!?」
「死んで詫びるしかないね。コウガ、短い間だったけど、思い出をありがとう。後のことはボクに任せて、安らかに眠って」
「腹切って許してくれるんなら、なんぼでも切るぞ! そいで許してくれるか、ノエル!? ワシには、もうそれしかできん!」
「おまえらなぁ……」
この馬鹿二人の会話を聞いていると、酷い頭痛がしてくる。平然と嘘を吐くアルマ、考え無しに鵜呑みにするコウガ、知性の欠片も感じられない二人だ。
「いい加減にしないと、俺にも我慢の限度ってものが――」
その時だ。扉の向こうから強烈な殺気が迸った。
俺が立ち上がって身構えた時には、既にアルマとコウガが武器を抜いており、俺を守る立ち位置で扉の向こうを睨んでいた。
ゆっくりと扉が開かれる。現れたのは、黒い燕尾服を着た白髪の爺さんだ。
「おや、一体全体どうなされたのですか? 怖い顔をして武器まで抜いて。何か恐ろしい物でも見ましたかな?」
困惑したような顔で爺さんは言ったが、明らかな嘘だ。あの殺気は、この爺さんから放たれたものに間違いない。たしかに、年齢は七十手前ほどで、外見上はあまり強そうには見えない。目元や口髭を生やした口元は柔らかく、好々爺の趣さえある。
だが、よく観察すると爺さんのくせに胸板は厚く、尋常ではないほど鍛えられていることがわかる。身のこなしも宙に舞う葉のように軽い。とんでもない強者だ。確実にAランクはある。
探索者協会の監察官は、荒くれ者の探索者を鎮圧できる猛者が揃っていると聞いていたが、まさかこれほどとはな。鎮圧どころか、大抵のクランを皆殺しにできるレベルじゃないか。
「恐ろしいですね。そろそろ武器を収めて頂けませんか? 私はあなた方の敵ではなく、クラン申請の許可を出すためにやってきたのです。仲良くしましょう」
「どの口が言いやがる、爺さん。最初に喧嘩を売ってきたのはあんただぜ」
「喧嘩を売ったなんて滅相もございません。私はただ、前途有望な若者たちに負けないよう、ちょっと気合を入れただけですよ。いっちに、いっちに、とね」
その場で屈伸運動をする爺さんに、俺は思わず舌打ちをする。
「食えない爺さんだ。おい、二人とも武器を仕舞え。お年寄りには優しくしてやらないとな。ボケて小便を漏らしそうになったら、武器を構えたままじゃトイレに連れて行けないだろ」
俺が口元を歪めると、爺さんは頬を引き攣らせた。場の雰囲気が変わったことで、臨戦状態にあった二人も肩の力を抜く。よほど緊張していたのか、大きな安堵の息を吐きながら武器を収めた。
「最近の若者は、先達への敬意が足りませんね……」
「敬意があるからこそ、世代差を意識せずフレンドリーに接しているんじゃないか。それとも、高いオブジェみたいに大切に扱われることがお望みでしたか、ご老公?」
「話術士というのは、支援職だと聞いていましたが、減らず口も得意なようだ。多才で羨ましいですな」
爺さんは忌々しそうに咳ばらいをすると、恭しく礼をする。
「申し遅れました。私、探索者協会の参号監察官、ハロルド・ジェンキンスでございます。以後、お見知りおきを」
「蒼の天外のリーダー、ノエル・シュトーレンだ」
「うん? 申請書にあるクラン名は異なりますが、これは正しいのですか?」
「それで合っている。クランになったら名称を変更するつもりなんだ」
「なるほど、わかりました。では、詳しい話をしていきましょうか」
俺たちは席に座り直し、ハロルドからクランの説明を受けていく。その内容は、概ね既知のものだ。クランになると国から依頼を受けられる事や、クランには半年に一度の査定があり、その時の成績に応じて以後の依頼内容が変わってくる事。また、査定に関しては、ハロルドが俺たちの担当者になるらしい。
説明を受けた後は、軽い質問が行われた。その内容も予想通りのものだ。コウガは緊張で何度も噛んでいたが、きちんと自分の経歴と今後の目標を答えられていた。アルマも眠そうな顔をしていたが、受け答え自体に問題は無い。
二人の目標が、俺を頂点に押し上げたい、だったのは嬉しかった反面、第三者からするとわざとらしく聞こえそうで、少しだけ恥ずかしかった。
「説明と面接は以上になります。ふむ、良いパーティですね。皆さんお若く、結成してまだ日が浅いのに、強い信頼を感じます。実績こそ不足していますが、過去の経歴を見る限りでは能力に問題があるとは思えません」
ハロルドは微笑み、印章を取り出した。
「よろしい。クラン創設の申請を認めます。この印章を押せば、あなたたちはクランだ。更なる活躍を期待していますよ」
「ありがとう、ハロルド。これから、よろしく頼む」
「ええ、私の方こそよろしくお願いします。ただ、一点だけ質問があります」
「なんだ?」
「本当に、今すぐにクランになることをお望みですか?」
俺はハロルドの言葉の意味がわからず首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「私としては、新しく有望なクランの誕生を、心から喜ばしく思っています。ですが、ノエルさん、あなたはどうですか? このままクランを創設して、順調に規模を拡大していける自信はありますか?」
「もちろんだ。自信が無ければ、ここにきていない」
「たしかに、あなたは有能だ。まだお若いですが、クランの運営も卒なくこなし、三年、いや二年先には、大手クランに成長させているでしょう」
「だったら問題ないだろ」
予定では一年以内に七星になるつもりだが、この場で語る必要もあるまい。言葉ではなく、結果で証明するのが一番だ。
「たしかに、平時なら問題はありません。ですが、二年も猶予があるかどうか……。いかに、あなた方が有能であっても、時が許してくれなければ意味は無い」
「何の話だ?」
「ノエルさん、七星のことはご存じですよね?」
まったく話の方向性が見えてこないが、俺はひとまず頷く。
「一等星『覇龍隊』。二等星『カーン』と『太清洞』。三等星『黄金の果樹園』、『黒山羊の晩餐会』、『百鬼夜行』、『人魚の鎮魂歌』。どのクランも七星の名に相応しい一大勢力です。ですが、あの伝説のクラン『血刃連盟』には遠く及ばない」
そのクラン名はよく知っている。何度も寝物語で聞いた名だ。
「そう、あなたの御祖父、不滅の悪鬼が切り込み隊長を務めていたクランですよ。八面六臂の活躍を繰り広げ、前人未到の偉業を成し遂げたクランだ。それが何だったか、あなたは知っていますね?」
「……深度十三、魔王の中の魔王、冥獄十王の一柱の討伐だ」
冥獄十王とは、深淵の最下層、十三層に属する魔王たちだけで構成された同盟のことだ。
その全員が、一体で一国を滅ぼせるほど強大な力を有している。あまりにも強大過ぎて、現界するには多くの条件をクリアしなければいけないのが、人類にとって唯一の救いだ。
だが、数十年前、その一柱が現界した。彼の大魔王の力は圧倒的で、祖父が所属する血刃連盟が討伐に成功するまで、三つの国が滅びた。たった一ヶ月の間に起こったその災厄を、現在では『銷魂の極夜』と呼んでいる。
「血刃連盟が討伐に成功したことで、帝国は滅んだ国を吸収し、また他に類を見ない魔工文明が発達した大国に成長しました。そのため、あの厄災が神の祝福だったと言う者もいます。ですが、私はそうは思わない」
ハロルドは前のめりになり、口調を強くする。
「悪魔は人の都合の良い家畜でもなければ、良き隣人でもない。奴らは決してわかり合うことのできない、人類の宿敵であり侵略者です。もし、今また冥獄十王が現れれば、我々は容易く滅ぼされてしまうことでしょう」
「つまり、近いうちに冥獄十王が現れる、と言いたいのか?」
「ここから先はオフレコです。――調査班の報告によれば、その日が近いうちに訪れるのは確実とのことです。だから、ノエルさん、あなたがのんびりと成長する猶予は無いのですよ」
「なるほど、な」
クランを創設しにきたら、とんでもない話を聞かされることになった。両隣にいるアルマとコウガは、すっかり困惑しているし、俺だって信じ難い気もちだ。だが、ハロルドが嘘を言っているようには思えない。
「冥獄十王が次に現界するのは、最短でいつなんだ?」
「おそらく、一年後かと」
「一年後、か」
「ノエルさん、クランを一度創設すれば、半年経たない限り、その時の査定結果が全てとなります。あなた方は将来有望だが、戦力も実績もまだまだ心許ない。そんなクランに良い仕事を回すことは難しいですな」
「なら、戦力と実績を揃えてから創設すれば、最初から良い仕事を回してもらえるんだな? 冥獄十王が現界するまでに、クランの組織力を急成長させることができるほどの仕事を」
「確約しましょう。その時は、全面的にあなた方をバックアップします」
言質は得た。あとは俺の意思一つだ。
「ハロルド、教えてほしい。なぜ、俺をそんなに贔屓する? 不滅の悪鬼の孫だからか? だが、俺はその才能を引き継ぎ損ねた話術士だぞ」
「私は長年この仕事に携わり、多くの探索者を見てきました。その勘が告げているんですよ。我々が冥獄十王を倒せるとしたら、その鍵となるのはあなただと。不滅の悪鬼の孫か否かは関係ありません。私は、あなたの可能性を信頼しているのです」
「会ったばかりの爺さんに、信頼しているって言われても、ピンとこないがな」
「もちろん、この話をどう受け取るかは、あなた次第です。私の話を信じず、または自分に関係ない話だと割り切り、このままクランを創設しても構いません」
「試すような言い方はやめろ。不愉快だ」
答えは最初から決まっている。どのみち、俺は探索者の頂点を目指す男だ。冥獄十王の脅威も、むしろ渡りに船でしかない。
祖父のクランは、冥獄十王の討伐に成功した。なら、祖父を超えるべき俺が怯むなんて絶対にありえない。
「一週間だ。一週間だけ待っていろ。それまでに、戦力も実績も揃えてやる」
俺は笑って続ける。
「そして、俺たちは半年後の査定時に、七星になる」
宣言した瞬間、アルマが信じられないという顔を向けてきた。
そういえば、アルマには一年で七星になるって言ったな。だが、予定というのは状況に応じて変わるもの。何の問題も無い。




