第31話 深淵よ、俺は帰ってきた!
大変、お待たせいたしました
本日より二部を開始致します
引き続きお楽しみ頂けたら幸いです
魔素濃度が一定の数値に達することで発生する、魔界からの浸食空間、深淵。深淵には核となる悪魔が存在し、それを仕留めない限り、周囲の空間をどこまでも浸食していく。
深淵の危険度――探索者が言うところの深度は、全部で十三段階。数字が大きくなるほど、強大な悪魔が現界する。
深度十二以上の悪魔ともなれば、天変地異が引き起こす大災害も同然の脅威だ。故に、その個体は、魔王と呼称されることになる。対処するには、基本的に複数のクランによる同盟で挑まなければいけない。
対して、浅い階層は対処が容易で、三人から五人規模の少数パーティでも攻略できる。だが、それは決して現界した悪魔が弱いわけではなく、先人たちの尊い犠牲のおかげで、攻略方法が確立されているからに過ぎない。
深度一。つまり、最も浅い危険度。そこに現界する悪魔は、一種類だけだ。魔界の一般的な住民、小鬼である。
背は低く、肌の色は緑。程度こそ低いが独自の文明を持っており、人のような戦術や装備を扱えることが特徴の悪魔だ。
探索者には、小鬼を笑う者は小鬼に食われる、という言葉が伝わっている。
たしかに、小鬼の戦闘能力は、他の悪魔と比べてかなり低い。だが、奴らは武装し戦術を使う。甘く見ていたら、狩られるのは探索者の方だ。多少腕が立っても、集団戦の心得が無い者では、手も足も出ず殺されるのがオチである。
養成学校を出ていない探索者の死亡率が極めて高いのは、この知識を持っていないためだ。
また、小鬼の戦闘員には、四つの種類がある。
一番数が多い下級兵、棍棒や木の盾や弓などで武装した小鬼、兵隊小鬼。
火や雷の属性魔法スキルを扱える小鬼、魔導小鬼。
小鬼が突然変異し、二メートルを超える屈強な肉体を手に入れた大鬼。それが鉄装備を武装した重装大鬼。
大鬼の中でも、更に肉体と頭脳が成長した個体、将軍大鬼。
これら四種類が、数十から百体余りの小鬼の群れを構成している。
今回、俺たち三人のパーティ、蒼の天外が他所のクランから受けた外注依頼は、この小鬼の討伐だ。
深淵が発生した場所は、眼下に田園を望む小高い丘の上の砦。ずっと昔に打ち捨てられ遺跡と化していた砦は、今や現界した小鬼の住処となっている。
会敵し対峙する小鬼の群れは、ざっと二百体ほど。
データ上の最大値よりも二倍近く多い軍勢ではあるが、新パーティの深淵デビュー戦としては、ちょうど良い規模だ。
「指示だ! アルマ、塁壁上の弓兵と魔導小鬼を殺せ!」
「了解!」
話術スキル:戦術展開が付与された指示に従い、アルマは鉄針を一斉に投擲する。
その全てが、斥候スキル:投擲必中の効果によって、物理法則ではありえない軌道を描きながら、塁壁上に陣取っていた弓兵と魔導小鬼の全てを射殺した。
よし、これで上から狙い撃ちされることはなくなった。
「コウガ、敵陣に突っ込め! 突破口は俺とアルマが開く!」
「応!」
電光石火の速度で駆けるコウガ。立ちはだかるのは、二体の重装大鬼だ。その手に持つ分厚い鉄製の大盾で、コウガの行く手を遮ろうと構える。
「アルマ、徹甲破弾!」
新たに投擲される無数の鉄針。
斥候スキル:徹甲破弾。
対象の防御力の影響を半減する投擲スキルに、俺の支援が合わさった鉄針の威力は、分厚い鉄製の大盾をも容易く貫通して重装大鬼を仕留めた。
他の重装大鬼が慌てて隊列の穴を塞ごうとするが、それよりも先に俺が吠える。
「止まれッ!!!」
話術スキル:狼の咆哮。
小鬼たちが動きを止めると、俺は魔銃――銀ちゃんの銃口を向けた。
「コウガ、頭を下げろ!」
疾走しながら姿勢を低くするコウガの頭上を、俺の放った魔弾が通り抜けた。敵陣に着弾した瞬間、轟音と共に強烈な電撃が迸る。魔弾――雷撃弾は、付近の小鬼たちを黒焦げにして吹き飛ばした。
隊列が完全に開かれる。その先にいるのは、この深淵の核――ボスである、将軍大鬼だ。
「コウガ、将軍を仕留めろ!」
「任せろ!」
コウガは強く踏み込み、更に速度を上げて将軍大鬼に迫った。三メートル近い巨躯を誇る将軍大鬼は、武器である大剣をコウガ目掛けて振り下ろす。
「すっとろいんじゃ!」
軽々と将軍の一撃を躱したコウガは、神速の抜刀――刀剣スキル:居合一閃を使って、将軍の両腕を切断した。
「もろうたッ!」
返す刀で将軍の首を狙うコウガ。その刃が届く瞬間――
いつの間にか飛び出していたアルマのナイフが、先んじて将軍の首を落としたのだった。
「お、おどれ、何を勝手なことをしとるんじゃ!?」
「ふふん、コウガがのろまだから手伝っただけ」
「なんじゃとぉッ!?」
あろうことか、崩壊した敵陣で口喧嘩を始める馬鹿二人。
「なにやってんだ、あいつらは……」
俺が呆れていると、核を失ったことで深淵が浄化されていく。既に全ての小鬼たちは活動を停止しているし、魔界から吹き込んでくる硫黄臭がする空気も清浄なものとなっていた。
俺は溜め息を吐き、最後の指示を出した。
「戦闘行動、終了……」
†
†
「深淵ちゅうんも、思ってたほど怖い場所じゃないのう」
戦闘後の休憩を取っていると、コウガが笑いながら言った。
周囲には小鬼の死体が転がっていて酷い悪臭が漂っているが、依頼主であるクランから派遣される素材回収班が到着するまでは離れるわけにいかない。契約時の取り決めだと、あと三十分もすれば到着するはずだ。
成功していれば小鬼の死体と引き換えに報酬をもらい、失敗していれば規定の違約金を支払う、という手筈である。
小鬼の肝は錬金術の良い材料となる。深度こそ最も浅い悪魔だが、素材の需要は大きい。今回だと百万フィルが報酬だ。
「馬鹿? 一番弱い悪魔を倒したぐらいで調子に乗るとか、信じられない」
アルマの辛辣な突っ込みに、コウガは顔を歪めた。
「そ、そりゃそうじゃが……」
「ボスの首も満足に落とせなかったくせに」
「あれは、おどれが邪魔したからじゃろうが!」
「剣は遅いのに言い訳は速い」
「ノエル、こん女イカれとるぞ! 無茶苦茶しか言わん!」
俺に話を振るなよ、と言いかけ、寸前で呑み込む。リーダーである以上、メンバー間の不和を解消するのも仕事の一つだ。
だが、面倒なのも事実……。
そもそもの問題は、アルマにある。コウガと決着を付けられなかったことがしこりになっているらしく、それが辛辣な態度に繋がっているようだ。
本来は人当りの良い性格なのだし、コウガとも仲良くなれるはずなのだが、この厄介なしこりを残したままでは無理そうだ。
かといって、気が済むように戦わせてしまっては、良くて二人共が大怪我、最悪の場合は相討ちになって死んでしまう。そんなこと、認められるわけがない。
だから、俺は強引に話を締めることにした。
「つまらない喧嘩はそこまでだ。アルマ、今後は戦闘中の勝手な行動は許さん。コウガ、おまえも調子に乗るのは止めろ。二人とも、わかったな?」
「……はい」「……わかった」
素直に頷く二人に俺は苦笑した。
こういうところは、やりやすくて助かるし好感も持てる。だが、この二人にはサブリーダーを任せられそうにないな。どれだけ腕っ節が強くても、性格にムラがあり過ぎる。
サブリーダーに必要なのは、リーダー以上に冷静で的確な判断能力だ。そうでなければ、ただのイエスマンにしかならないし、リーダー不在時の代役を務めることなんてできない。また、メンバー間の潤滑油となる人徳も必要だ。
残念ながら、この二人には両方とも備わっていない。クランを創設し組織の規模を拡大していくためにも、ナンバー2を任せられる人材も探さなければな。
「ともあれ、二人とも良い働きだった。力試しのデビュー戦としては上出来だ。おまえたちと仲間になれたことを、俺は心から誇りに思っている」
「へへへ」「へへへ」
嬉しそうに頭を掻く二人。こいつら、素直というか単純だな。
「今回の戦いで確信を持てた。俺たちはまだ結成して間もないパーティだが、クランを創設するのに相応しい力を備えている。よって、帝都に帰り次第、俺は国にクランの創設申請を出すつもりだ。以後、俺たちはパーティではなくクランとなる」
「クランちゅうのは、要するに公的な探索者の組織じゃろ?」
コウガの質問に、俺は頷く。
「その通りだ。国から深淵の依頼を受けられるのは、正式に認定されたクランだけ。クランに属していない探索者は、外注依頼でしか深淵に関わることができない。今回の依頼も、本来は他所のクランが国から引き受けていたものだな」
俺は姿勢を正し、二人を順に見た。
「クランになれば、雑魚狩りでちまちま稼ぐ気は無い。狙うのは大物だけだ。おまえたち、次の戦いからは常に死闘になるぞ。しっかり気を引き締めておけよ」
「了解!」「応!」
二人とも良い返事だ。生粋の武闘派だけあって、俺の言葉に臆するどころか血を熱くしているのが感じられた。実に頼もしい限りである。これで人格面も優れていたら言うことは無いのだが、天は二物を与えず、というやつらしい……。
「ノエル、それはなんじゃ?」
不意にコウガが、俺を――俺の右手を指差す。首を傾げながら右手を確認してみると、その甲には、本の形をした紋様が浮かんでいた。
拙作の総合PTが5万7千PTを超えました!
たくさんの応援、本当にありがとうございます!