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第24話 甘えるんじゃねえ!

 先に動いたのはコウガだ。


 たった一踏みで俺との間合いを詰め、腰の剣を抜き放つ。


 それは、あの時と全く同じ再現。


 だが、速度が、力強さが、技の洗練さが、桁外れに向上している。


 万全の調子で放たれた一閃は、突進と抜剣の動きが完全に噛み合い、神速となって俺に迫った。


 刹那、脳裏に自らが両断された姿がよぎる。


 完全無欠にして無謬の抜剣。骨と筋肉どころか、細胞の一つ一つまで統率されたような動き。強い防刃性能を持つ黒鎧龍(ブラックドラゴン)のコートをも、この剣は軽々と切り裂くことだろう。そして、俺の身体も。


 俺は、たしかに自らの死を予感した。――せざるを得なかった。


 だが、今の俺なら、躱すことができる。


 横薙ぎに振るわれた剣に切断されるよりも速く、俺は頭上へと逃げる。跳躍しただけでは得られない高さ。腕時計に仕込まれているワイヤーギミックのおかげだ。事前に建物の面格子に飛ばし絡ませておいた超極細のワイヤーが、高速で俺を上へと巻き上げていく。


 この腕時計もまた、悪魔(ビースト)を素材にしたアイテムだ。ただ時を正確に刻むだけでなく、ワイヤーギミックと超小型銃が備わっている。


 コウガの斬撃を回避することに成功した。


 いつもの俺なら、反応する前に真っ二つになっていただろうが、薬の効果のおかげで動きを見極めることができた。それと、アルマと対人戦闘の訓練――組手をしていたので、速い動きに目が慣れていたのもある。


 ただ回避に成功しただけでなく、俺は地の利を得ることにも成功した。


 俺がいる場所は、コウガの十メートル頭上。頭上という予想外の方向に逃げたことで、コウガは戸惑い反応が遅れた。それは僅か一瞬のことだったが、俺の反撃に対応するのは確実に遅れるだろう。


 確実に仕留めるなら、ここで狼の咆哮(スタンハウル)を使うべきだ。停止(スタン)状態にできれば、勝負は一瞬で方が付く。例えコウガがどれほどの猛者だろうと、その首をナイフで搔き切ってしまえば終わりだ。


 だが、狼の咆哮(スタンハウル)は使わない。正確には使えない。


 コウガの言葉を信じるなら、その職能(ジョブ)ランクはC。嘘は吐いていないだろう。俺と同格であるため、普通なら停止(スタン)は通じるはず。問題なのは、刀剣士という職能(ジョブ)に、精神異常(デバフ)耐性があった時だ。


 刀剣士――俺の記憶が正しければ、こちらの剣士に相当する、極東の前衛職能(ジョブ)だったはず。


 だが、その正確な情報は、俺の知識に無い。コウガはその特性が、斬撃を操作することにある、と言ったが、他にも各種耐性を持っている可能性がある。例えば、斥候(スカウト)が毒に強い耐性を持っているようにだ。


 もし、狼の咆哮(スタンハウル)を使って効かなければ、今ある優位をドブに捨てることになる。コウガの筋力なら、この場所まで一飛びでこられるはずだ。追撃を許してしまえば、空中で身動きの取れない俺は、格好の餌食である。


 だから、ここでは狼の咆哮(スタンハウル)を使えない。

 使うべきなのは、火炎弾(フレイムバレット)


 銀ちゃんの引き金を絞り、コウガへと火炎弾フレイムバレットを放つ。そのタイミングで、コウガは頭上の俺に反応し、更に直撃するはずだった火炎弾フレイムバレットを躱してのける。


 あのタイミングの銃弾を見てから躱すことができるなんて、信じ難い反射速度だ。だが、魔弾の力は、ここからが本番である。


「なっ、炎がっ!?」


 火炎弾フレイムバレットから解き放たれた火柱に、コウガが慌てふためく。慌てたところで手遅れだ。刀剣士の耐性は知らないが、物理前衛系が火炎耐性を持っているはずがない。なら、炎に包まれれば、平気ではいられないだろう。


 火柱から逃げられたとしても、衣服に燃え移った火は容易に消せないし、大きなダメージを負うことになる。そうなれば、後は楽勝だ。赤子の手を捻るように殺せる。


 そう、思っていた――。


「疾ッ!!!」


 炎の中で揺らめく影となっていたコウガが、気合い一閃のもとに剣を振り回す。巻き起こる嵐のような剣風。それが火柱を消し飛ばした。


「嘘だろ!?」


 思わず叫んでしまった。どれだけ剣風を巻き起こそうと、魔弾の火炎がああも容易く消えるわけがない。


 なら、なぜ消えたのか? 答えは簡単だ。剣を振り回すことで周囲を真空状態にし、火炎が燃え続けるために必要な酸素を消失させたのである。


 つまり、コウガは大気そのものを斬ったのだ。


 あまりの神業に俺が動転した瞬間、コウガは俺を見上げて口元を歪めた。


「ちっ、くそったれが!」


 この体勢のままではまずい。俺は建物の壁を蹴って隣の壁に移り、その勢いを利用して上へと壁蹴りを繰り返すことで、建物の屋根に逃れる。


 屋根に上った瞬間、コウガが飛び掛かってきた。


 空に浮かぶ満月を背にし、頭上高く掲げた剣を振り下ろす。


 唐竹割りになる寸前で、俺は横へと転がって回避する。


 立ち上がり銀ちゃんの照準を合わせようとするが、既にコウガは間合いを詰め追撃の構えに入っていた。連続で振るわれる剣を、俺は紙一重で躱していく。


 まずい、これはまず過ぎる。銀ちゃんを撃つどころか、狼の咆哮(スタンハウル)を使うために深く息を吸い込む暇も無い。


 なんとか回避に成功し続けているが、呼吸が乱れた瞬間、斬り伏せられてしまうことだろう。となると、俺が取れる手段は一つしかない。


 ギャリン、と硬質な音がし、目の前で火花が散った。


 俺の抜き放ったナイフが、コウガの剣の軌道を逸らす。そのまま姿勢を低くして懐に入り込み、拳による金的を狙う。


 だが、コウガはバックステップを合わせ、俺の金的を回避した。


「お、おどれ! いくらなんでも、金的はあかんじゃろ! 玉が潰れたらどうしてくれるんじゃ!? 卑怯な真似は止めいや!」


 指を差して抗議してくるコウガに、俺は肩を竦める。


「馬鹿か、おまえ。これは命のやり取りだぞ? 目潰し、金的、噛み付き、なんでもアリだ。卑怯? はっ、そんな言葉が通じるかよ」


「偉そうなこと言っちょるが、実力差は歴然じゃぞ? そがいな言葉は、おどれの首を絞めるだけじゃと思うがな」


「実力差は歴然? そんなこと誰が決めた」


 ナイフを逆手に構え、腰を落とす。


「こいよ、これで相手をしてやる」


「……後衛のおどれが、ワシと正面から斬り合うつもりか?」


 俺は言葉で答えず、ただ空いた手で手招きをする。


「……ほうかよ。話術士ノエル・シュトーレン、あん時の言葉を返させてもらうわ。――おどれ、最高の男じゃな」


 コウガの剣閃が、雨あられのように襲い掛かってくる。


 その速度も力強さも、俺のナイフでは到底及ばないレベルだ。だが、対人戦闘技術は、弱者が強者を倒すためのもの。決して正面からは受けず、最低限に最適化された動きで、全ての剣撃を受け流す。


「ハハハ、やるのうっ! 流石じゃ! じゃが、いつまで耐えられる!?」


 逆だ。躱すだけではジリ貧だが、受け流せば相手の体勢を崩すことができる。体幹に優れたコウガを崩すことは容易ではないが、俺にならできる。コウガの剣速が受け流す度に速度を上げていくのに対して、俺の眼もまた慣れてきたからだ。


 不滅の悪鬼(オーバーデス)――祖父から受けた訓練の厳しさは、こんなものじゃなかった。探索者(シーカー)としての経験を積んで強くなったと思っていたが、いつの間にか修業時代よりも鈍っていたらしい。


 いける。速度が増した分、コウガの剣は動きが雑になり始めていた。その大振りの一閃を受け流し、体勢を崩すことに成功する。ナイフの持ち方を順手に変え、コウガの喉元を狙う。


「くっ!?」 


 惜しい。寸前のところで後方に躱された。だが、間合いが開き、しかもコウガは回避によって体勢が崩れたままだ。


 この隙を逃すほど、俺は甘くない。


 コウガへ放り投げたのは閃光弾。眩い光が夜の闇を白く染める。


「ぎゃっ、目潰しじゃと!?」


 閃光に眼を焼かれたコウガは、剣を手放すことはなかったが顔を押さえて苦しんでいる。その動きは封じたも同然だ。


「言ったはずだぜ、なんでもアリだってな」


 銀ちゃんの照準を向ける。これで終わりだ。


 勝利を確信した瞬間、俺はうなじが逆立つのを感じた。

 なんだ? 危険が迫っている? いったい何が?


「ワシも言ったはずじゃぞ、刀剣士の能力をな」


 苦しんでいたコウガが、ニヤリと笑う。


「なっ!? まさかっ!?」


「――舞えよ飛燕、秘剣燕返」


 俺は自分の直感を信じ、その場から大きく飛び退った。瞬間、目に見えない何かが無数に飛来し、俺がいた場所の軌道上にある鋼鉄製の煙突を細切れにする。


「斬撃の操作って、そういうことかよ!?」


 おそらく、今のが刀剣士のスキルだ。状況から推測するに、空間に斬撃を固定し、好きな時に解き放つことができるのだろう。


 なんて、厄介なスキルだ。すぐに対策を考えなければ。


 だが、その思考はあまりにも致命的だった。


「そこか」


 眼が潰れたはずのコウガが、眼前にまで迫っていた。そして、振るわれる剛剣。俺は咄嗟に銀ちゃんで防ぐが、その強烈な一撃は軽々と俺を後方へ吹き飛ばす。


「しまった!?」


 後ろには屋根が――足場が無い。このままだと地面に叩きつけられてしまう。俺は空中で猫のように回転し、着地に備えた。


「まだじゃ!」


 空中でのコウガの追撃。俺は確信した。こいつには、視覚以外で相手の居場所を感知するスキルもあるのだと。


「止まれッ!!!」


 いちかばちかの狼の咆哮(スタンハウル)。だが、コウガに停止(スタン)が効いた兆候は見られない。懸念していた通り、耐性があるのか。


 剣閃に合わせ再び銀ちゃんでガードするが、今度吹き飛ばされた場所は地面。背中から強かに叩きつけられた俺は、そこで意識を手放してしまった……。





「…………ぐぅっ、いってぇ……」


 鋭い痛みが意識を覚醒させる。呼吸を整え、身体の状況を探る。受け身が成功したせいか、骨は折れていないようだ。呼吸に血の匂いがしないため、内臓へのダメージも無い。


 だが、身体が上手く動かない。地面に叩きつけられた損傷よりも、戦闘用覚醒剤が切れた反動が原因だろう。


 つまり、俺の戦いは、ここまでということだ。


「ワシの勝ちじゃな」


 目を覚ました俺に、コウガの剣が突きつけられる。俺が気絶している間に眼は回復したらしい。


「ノエル・シュトーレン、おどれは凄い奴じゃ。まさか、後衛相手にワシがあそこまで追いつめられるなんて思わなんだわ。間違いのう、おどれはワシにとって最強の敵じゃった」


 敗者への賛辞か。舐めやがって。スポーツじゃないんだ。戦いにあるのは、勝つか負けるかだけ。それ以外のものには、何の価値も無い。


 なにより、戦いは死ぬまで負けじゃない。まだ状況を打開する術は残っている。会話でコウガを懐柔し、剣を下ろさせればいい。


 こいつは俺と戦うことに否定的だった。こちらが上手く誘導すれば、必ず剣を下ろすだろう。それができなくても、あと少しだけ時間稼ぎができればいい。


 どう言い包めてやろうか? その言葉を選んでいると、違和感を覚えた。


「……おまえ、何故トドメを刺そうとしない?」


 俺が言い包めるまでもない。コウガは明らかに躊躇していた。


「斬れ、と言われたら、誰が相手でも斬るんじゃなかったのか?」


「わ、わかっとるわ、そんなこと!」


「人を斬ったのは初めてじゃないんだろ。なら、何を迷う?」


「し、しるか、そんなもん! わ、わしは、ただ……」


「……馬鹿野郎が」


 俺は無理やり上体を起こし、突きつけられていた剣を握る。切り裂かれた手の平から血が流れ出すが、そんなこと構うものか。


「お、おどれ、なにしとるんじゃ!? はよ、離さんか!」


「甘えたことやってんじゃねぇぞっ!!!」


「なっ!?」


 俺の一喝に、コウガはたじろぐ。


「奴隷の癖に、敵に情けを掛けるな! 俺をここで見逃せば、おまえの主人のアルバートは、絶対におまえを許さないぞ!」


「そ、それは……」


「この世の中にはな、自分の命よりも大切なものなんて無いんだよ! 他人のために、ましてや敵のために、自分の命を投げ出そうとするんじゃねぇっ!!!」


 俺はいったい、何を言っているのだろうか? 酷い茶番だ。こんな喜劇の役者を自分が演じているなんて吐き気がする。


 だが、抑えることができなかった。俺もまた、この男には死んでほしくないと思ってしまったから……。軽々しく自分の命を蔑ろにするのが許せなかった……。


「わ、わしは……」


 コウガは混乱している。自分の感情に。俺の言葉に。


 だが、俺にできることはない。それは自分で解決するしかない問題だ。


 それに――


「時間切れだ」


 俺は剣を放し、溜め息を吐く。


「なんじゃと?」


 首を傾げるコウガは、異変を察知し一瞬で臨戦状態となった。頭上を見上げ、舌打ちと共に剣を振るう。

 瞬く間も無く交わされる、満天に輝く星のような剣戟の火花。


「なんじゃ、こいつは!?」


 押し切られたコウガは、更に鋭い回し蹴りを腹に食らい吹き飛ぶ。


 そして、俺を守るように、白い死神が立っていた。


「キミ、邪魔。ノエルを押し倒していいのはボクだけ」

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