第15話 墓穴を掘る馬鹿
「よくぞ無事に帰ってこられました! 盗賊団の討伐、本当にお疲れ様です!」
盗賊団の討伐を終えミンツ村に帰ってきた俺たちを、エロハゲ親父の村長と村人たちが、諸手を挙げて出迎えた。
どんな教育を受ければ、こんな厚かましい態度を取れるんだ? 厚顔無恥というか世間知らずの田舎者というか……。
盗賊団の情報を秘匿したことに、厭味の一つでも言ってやるつもりだったが、馬鹿馬鹿しくなったので止めておく。
「村長、依頼は遂行した。奴らのアジトは東の森の奥にある岩場だ。そこで全員が転がっている。あと、これが盗賊団の頭だ」
俺は頭陀袋の中身を村長に見せた。
「た、たしかに、確認しました……。アジトの方には、明日の朝にでも青年団を向かわせます。え、えっと、持ち物は私たちが回収してもいいんですよね?」
「……好きにしろ」
「ありがとうございます! 助かります!」
「感謝は結構だ。それよりも、残りの報酬をもらおうか」
「ええ、ええ、もちろんです! さあ、我が家にお出でください! 妻と娘が腕によりをかけてご馳走を用意しました! まずは存分に疲れを癒してください!」
本当ならこんな村さっさと出たいところだが、どのみち駅馬車の時間は既に過ぎている。それに、村長はともかく、あの女の子に礼を欠くのは心が痛む。
今日のところはミンツ村に滞在し、明日の朝一で帝都へ帰るとしよう。
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「ノエルさん、私も探索者になれますか?」
村長宅に招かれ食事をしていると、村長の娘であるおさげ髪の女の子が、そんなことを聞いてきた。
「すいません、こいつ鑑定で発現した職能が戦闘系だったもので……」
村長の補足に、なるほどと頷く。
「君は探索者になりたいのか?」
「はい! ノエルさんみたいな立派な探索者になりたいんです!」
女の子は眼を輝かせて答えた。村長と奥さんは困ったように笑っている。どうせ子どもの内だけの夢だと決めつけている様子だ。
「探索者には、成人さえしていれば誰だってなれる。役所で登録をするだけだからな。その後は帝都の養成学校に入って、講師に鍛えてもらうのが一般的だ。期間は前衛だと二年、後衛だと一年、と決まっている。これは直接戦う前衛の方が、技術を習得するのに時間が掛かるためだ」
「私の職能は剣士だから二年か……」
「養成学校を卒業すると、誰かとパーティを組むか、あるいはクランに入るかして活動していくことになる。ソロでの活動は、無謀だからお勧めしない」
「……あの、養成学校って、やっぱりお金がかかりますよね?」
「いや、無料だ。国は探索者を奨励しているからな。国費だけで運営されている。入学金も授業料も必要ない」
「そうなんだ!」
明るく弾んだ声。まるで夢への扉が開かれたような顔をしている。
「だが、生徒の生活までは看てくれない。生活費は自分で出さないと駄目だ。帝都は物価も地価も高い。養成学校に通いつつ、アルバイトをして生活をするのは、少し現実的ではないかもしれないな。つまり、学校に入る前に、ある程度の貯えが必要だ」
「そ、そうですか……」
金という現実に、声のトーンが急激に落ちた。その一喜一憂している姿が昔の自分を見ているようで、むず痒い気もちになってくる。
「じゃ、じゃあ、帝都以外の養成学校に入ればいいんじゃないですか? この近くだと、ユドラにもあるって話なんですけど?」
「残念ながら、国費で運営されている養成学校は帝都にしかない。地方だと多額の入学金と授業料が必要だ。その癖、授業内容は帝都よりも数段質が低い」
「な、なるほど……。えっと、それなら養成学校に入らず、探索者になるのはどうなんですか?」
「可能だが、お勧めはできないな。何の知識や経験も無く悪魔と戦うなんて、自殺行為でしかない。それどころか、変異種や犯罪者にすら勝てず、簡単に殺されてしまうだろう」
マンツーマンで教えてくれる個人的な師匠がいるならともかく、普通は絶対に養成学校を出るべきだ。その生存率は天と地ほども差がある。
「厳しい言い方になるが、探索者は命を懸ける必要がある仕事だ。そして、他の命を狩る仕事でもある。狩る方も狩られる方も必死。甘い考えで挑んでも、死んで終わるだけだ」
「そんな……」
俺の言葉に、女の子は悲しそうに目を伏せた。夢見る子どもを失望させるのは胸が痛むが、無責任に背中を押したせいで死なれても後味が悪い。相手が子どもでも、伝えるべきことは正しく伝えるべきである。
とはいえ、正論をぶつけて終わりでは、あまりにも先達としてお粗末だ。
「どうしても探索者になりたいなら良い方法がある。それは、応援者になることだ」
「さぽー、たー?」
「荷物持ちの代行や道案内等で探索者の活動を助ける仕事だ。応援者協会という組織が管理していて、そこに登録して働けば金も入るし、なにより様々なパーティの戦いを直に観察することができる。もちろん命の危険はあるが、戦闘員ではないから生存率は高い。協会の人間が、生き残るための術も教えてくれるしな。そこで知識と経験を積み、それから探索者になればいい」
女の子は目を丸くし、そして喜びの声を上げた。
「そんな方法もあるんですね! 教えてくれて、ありがとうございます!」
「金を稼げる探索者になるための道はいくらでもある。思考を硬直させず、まずは情報を集めること。そうすれば、必ず道は開ける」
「わかりました! 自分でも、色々と調べてみます!」
「うん、そうするといい。頑張れよ」
「……あの、もし、私が強い探索者になれたら、蒼の天外のメンバーにしてもらえますか?」
上目遣いに尋ねられ、俺は苦笑した。
「構わないよ。君が本当に強い探索者になれたのなら、そして俺が君の期待を裏切らない探索者でいられたのなら、その時は一緒に戦おう」
「え、本当ですか!? 嬉しい、感激です! 絶対に強い探索者になります! だから、絶対に約束ですよ!」
軽率な約束をしてしまったが、これぐらいならいいだろう。
どうなるかは、その時次第。この子が本当に優秀な探索者になれたのなら、仲間にすることに何の問題も無いのだから。
だが、親である村長と奥さんは、問題しかないという渋い顔をしている。おそらく、予定や都合というものがあるのだろう。俺がいる手前、不用意に口を挟むことができずにいるが、いなくなれば考えを改めさせようと説教するに違いない。
まあ、そこからは家族の問題だ。俺の関知することではない。夢見る少女が現実に屈するか否かは、そう遠くない未来が教えてくれることだろう。
†
†
「御馳走様、美味しい食事だった」
食事が終わり、俺の皿は全て空になっていた。
正直に言えば、あまり美味しい料理ではなかった。味の要となる塩や、臭みを消す香辛料が圧倒的に不足しているためだ。
だが、苦しい生活をしている者たちのもてなしなのだから、多少無理しても残さず食うのが礼儀。小さな女の子も手伝ったとなれば、なおのことである。
隣にいるアルマも同じ気もちだったのか、出された分は綺麗に平らげていた。今は眼をしょぼつかせて眠気に耐えている。
「お気に召して頂けたようで、なによりです」
「こちらこそ感謝する。そろそろ寝たいんだが、その前に残っている報酬を頂きたい。職業柄、きっちりと済ませておかないと落ち着かないんでね」
「わかりました、すぐにお持ちします。ですが、もう一つ、皆様のために御用意しているものがあります。是非とも、そちらを御賞味ください」
村長が目配せをすると、奥さんが一本のワインボトルを持ってきた。
「このワインは、なかなかの名品なんです。豊作でお金に余裕がある時に買ったもので、当時の価格で十万フィルしました。あれから熟成が進み、より価値が高まっているはずです」
「へぇ、そんな良いワインを俺たちに振舞ってくれるのか?」
「はい、蒼の天外の皆さんには、大変お世話になりましたから。盗賊団の持ち物を売れば余裕もできますし、ここで出し渋っては男が廃ると思いまして」
ボトルのコルクが抜かれ、俺とアルマのグラスにワインが注がれていく。
「ささ、遠慮なさらず、お飲みください!」
強く促されて俺はグラスを持つ。だが、香りだけ嗅ぎテーブルに置いた。
「たしかに良いワインだ。色と香りだけでも、一級品だとよくわかる」
「ええ、それはもちろんです! 帝都でもなかなか飲めないワインですよ!」
「そうだろうな。だが、これだけの高級品となると、いくらゲストの立場でも先に飲むのは申し訳ない。村長、まずはホストのあんたが飲むべきだ」
「……えっ? わ、わたしから、ですか?」
村長は露骨に狼狽えた様子を見せる。まるで、このワインを飲むと、何か不味いことでも起きるような反応だ。
「ボクも、まずは村長さんが飲むべきだと思う。はい、どうぞ」
アルマが自分のグラスを村長の前に置くと、いよいよ村長は青ざめ始めた。滑稽なほど動揺する村長に、俺は微笑みかける。
「どうした? 飲まないのか?」
「い、いえ、私はその……あまり酒に強い方ではないので……」
「それはおかしい。酒に弱いのに、十万フィルもするワインを買ったのか?」
「い、いや、だから、それはその……えっと……」
滑稽もここまでくると笑えないな。そろそろ終わらせるか。
「毒、だろ? おまえ、このワインに毒を仕込んだな?」
俺の言葉に、村長は目を見開き立ち上がった。
「ど、どどど、どく!? な、なぜ、私がそんなことを!?」
「なぜって、俺たちを亡き者にして、金品と装備を手に入れるためだろ?」
「馬鹿な! 言いがかりも甚だしい! なにを根拠に、この私が毒を入れたなんて辱めを受けないといけないんだ!」
「根拠、その一」
俺は人差し指を立てる。
「盗賊団の数を偽り、報酬をケチろうとするような奴が、十万フィルもする酒を客に出すわけがない。盗賊団は二十人って話だったが、実際はその三倍いた。おまえは、俺に嘘を吐いた」
「し、しらない! 私はそんなこと知らない!」
「根拠、その二」
俺は次に中指を立てる。
「このワインは高級品じゃない。安物だ。おまえが商人に騙された可能性もあるが、それは関係無い。重要なのは、一嗅ぎしただけで安物と感じるほど、ワインの質が落ちていることだ。つまり、既に開封済みで、時間が経っているワインということになる。毒を入れたのは、その時。そして、再度コルクで栓をした。目の前でコルクを抜くことで安心させようとしたのが、かえって裏目に出たな」
「そ、それは……」
「ふん、自分よりもずっと年下の小僧や小娘に、ワインの風味なんてわかるわけがないとでも思っていたか? 馬鹿が。少しでも考える脳があるのなら、帝都に住んでいる人間の舌が肥えていることぐらいわかったはずだ」
「ぐっ……き、きっと、妻が私の寝酒と間違えたんです! そうだ! よく見れば、ラベルが違う! おまえ、持ってくる時は気をつけろと言っただろ!」
「も、もうしわけありません!」
まだ茶番を続けるつもりか。いい加減、殺したくなってきたな。
「根拠、その三」
俺は薬指を立てる。
「おまえと、おまえの嫁は、このワインの話になってから殺気がダダ漏れだ。殺ってやるぞ、って焦りが手に取るように伝わってくる。確実に毒を飲ませたかったのはわかるが、それにしても名品や高級品なんて言葉を恥ずかし気もなく並べやがって。普通のワインじゃないって認識を植え付けることで、毒が持つ風味の違和感を薄れさせる意図もあったみたいだが、そんな猿知恵が通用するかよ」
「ノエルの言う通り、あのワインに入っている毒は、味に少し癖がある。だから、その味を異物だと気がつかれないためには、何らかの要素で合理化することが必要。まあ、あんな安い芝居じゃ、相当の馬鹿じゃないと騙せないけど。そもそも、仮に騙せたとしても、斥候には毒耐性と毒感知能力があるから無意味。本気で殺すつもりなら、相手の職能特性ぐらい理解しておくべき」
アルマが軽く鼻で笑うと、村長と嫁は悔しそうに顔を歪める。
「だ、だまれッ! そんな言葉が証拠になんてなるものかッ!」
「証拠ならおまえの目の前にあるだろ。俺たちが嘘を吐いていると言うなら、そのワインを飲んでみろ。今すぐに」
「うるさいうるさいうるさいッ!!! おまえたちの言うことなんて誰が聞くか! 出ていけ! さっさとこの村から出ていけッ!!!」
いい歳こいたオッサンが、ガキみたいな居直り方しやがって。出ていくのは構わないが、残りの報酬がまだだ。それに、こんな舐めたことをされたまま出ていくなんて、探索者として絶対にありえない。
「もう一度聞く。ワインに毒を入れたな? 全て吐け」
「はい、私が毒を入れました。馬鹿な探索者たちには、盗賊団を討伐させた後、その金品と装備品を奪うために死んでほしかったからです。戦うことしか知らないガキ共なんて簡単に騙せる。だから、殺してやろうと考えました」
話術スキル:真実喝破。
自ら真実を話した村長は、慌てて口を手で押さえた。
「……お父さん、本当なの?」
事態が呑み込めず呆然としていた村長の娘が、自分の父親を得体の知れない怪物を見るような目で凝視する。可哀想に、何も知らなかった娘は、他人の前で両親の悪辣さを知ることになったのだ。
「うぅっ……も、もうしわけありませんでしたあああぁぁッ!!!」
ついに罪を認めた村長が、俺たちの前で頭を下げる。
「人を殺そうとしておいて、謝罪だけで済むとでも?」
「ゆ、ゆるされないことをしたのは、わかっています! ですが、わ、わたしどもにも、事情がありまして……」
「事情だと?」
「大きな借金があるんです……。以前、飢饉が起こった時、村の皆を助けるために借金をしまして……。その返済のために金が必要なんです……。もし返済が滞れば、大変なことに……。わ、わたしだって、本当はこんなことをしたくなかった! でも、村の未来を考えれば、誰かが手を汚さないといけなかったんです!」
「嘘だな」
俺が断言すると、村長は勢いよく首を振った。
「う、うそじゃありません! 本当です!」
「借金があるのは本当だろう。だが、飢饉があったのは嘘だ。俺が若いから騙せると思ったのかもしれないが、この近辺で飢饉が起こったのは一番最近で三十年も前だぞ」
「ど、どうして、それを……」
「以前に変異種の討伐を依頼しただろ? あの時に倒した変異種は、地質の影響で強さが変わるタイプだった。だから、依頼を受ける前に、この近辺で収穫されている作物の種類や状況を帝都の図書館で調べ、そこから地質の様子を推測したんだよ。飢饉の情報を得たのは、その時だ」
またしても嘘を見破られた村長は、言葉を失い立ち尽くしている。
「この期に及んで、まだ嘘を吐く。おまえ、何がしたいの?」
「い、いや、それは……その……」
「大方、借金をした理由は、性質の悪い行商人にでも騙されたんだろ。例えば、金の卵を産む魔法のガチョウの雛を、特別価格で売ってやる、とか。それにまんまと騙されて、多額の借金を背負ってしまったわけだ」
「な、なんで、そのことまで……」
おいおい、本当の話かよ。思いつきで言っただけなのに、それが実際にあったことなんて、このオッサンどんだけ頭が足りてないんだ。
「愚図で愚鈍で下劣な上に、卑劣。おまえ、人間の負の塊みたいな存在だな。そうやって生きていることすらおこがましいよ」
「うっ、ぐぅっ……」
「……もういい、面倒だ。さっさと残りの報酬を持ってこい。おまえみたいなクズ、責任を取らせる価値も無い」
「そっ、そこまで言うことないだろ! だいたい、何が残りの報酬だ! おまえにはゴルドーの首があるだろ! それを換金すればいいじゃないか!」
逆切れした村長は、一気にまくし立てた後、自らの失言に狼狽えだす。
「い、いや、今のは、その……売り言葉に買い言葉というか……」
「へぇ、本意ではないわけだ」
「も、ももも、もっ、もちろんです! むしろ、ジョークというか……ははは」
「ジョークねぇ。いや、なかなか面白かったよ。はははっ!」
「あっ、ありがとうございます! あははは」
「ははははははっ!」
どうケジメを取らせるか考えていたが、これで答えが出た。
「――まずは右目だな」
「へ? み、みぎめ?」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、村長の襟首を掴むとテーブルに叩きつける。そして、宣言通り、その薄汚れた右目に親指を突っ込んだ。