第12話 本物の天才
「支援職について、どれぐらい知っている?」
俺たちは帝都を出て、近くにある森に来ていた。針葉樹が鬱蒼と茂るこの森には、たくさんの野生動物が住んでおり、帝都に住む狩人たちにとって絶好の狩場となっている。
獣道を歩きながら俺が質問をすると、アルマは首を捻った。
「正直、あまり詳しくは知らない。個人の戦闘能力が低い代わりに、強力な支援を持っていて、それをパーティに掛けるのが仕事ってぐらい」
「大雑把に言えばそうだな。だが、支援を掛けることだけが、支援職の役割じゃない」
「他の役割って?」
「そもそも、支援には様々な効果がある。例えば、俺の職能である話術士のスキルに、連環の計というものがあるが、これは一瞬で勝負を決められるほど強力な反面、デメリットも大きいんだ。下手に扱えば、自分がパーティを壊滅させることになりかねない」
「それはおっかない」
「そう、非常に危険だ。だから俺たち支援職は、支援を掛ける前に、正しく戦況を見極めなければいけない。だが、ただ戦況に対応するだけでは、使える支援が限られてしまうし、その効果を完璧に活かすことも難しい」
「なら、どうするの?」
「簡単な答えだ。支援職がパーティの司令塔を務め、戦闘をコントロールすればいい。戦闘を指揮することで望む状況を創り、その場面に相応しい支援を掛けていく。これが、真の支援職の役割だ」
俺の説明に、アルマは感心して何度も頷いた。
「面白い。とっても面白い。でも、凄く難しそう。ただ戦闘を指揮するだけじゃなくて、ずっと先も見通せないと、その戦い方は不可能」
「だから、まともに戦える支援職は、数えられるほどもいない。まず、自衛手段に乏しいせいで、生き延びることすら難しいのに、戦闘を掌握しパーティを勝利に導くなんて、離れ業もいいところだからな」
「でも、ノエルにはできるんでしょ?」
「できなければ、とっくに死んでいるよ。――よし、ここにしよう」
立ち止まった場所は、森の奥の開けた広場。その中央には、神秘的なコバルトブルーの湖がある。動物の糞や足跡が見られることから、野生動物たちの水飲み場となっている場所のようだ。集中して気配を探ると、穴倉や草陰に潜む息づかいが、いくつも感じ取れた。
「今からアルマには、ある変異種を捕まえてきてもらう」
変異種とは、深淵の影響を受けて変異を遂げた、動植物たちの総称だ。悪魔ほどではないが危険な存在であるため、これを狩ることも探索者の仕事の一つとなっている。
「鉄角兎、鉄の角を持つ兎の変異種だ」
兎と言えば可愛い毛だるまだが、奴らには人を刺し殺せるほど鋭い角がある。しかも好戦的な性格で、巣穴の近くを獲物が通ると、急に飛び出して串刺しにするのが習性だ。
「なんで、鉄角兎を捕まえるの? 食べるの?」
「食べない。捕まえるのは実験のためだ」
「実験って?」
「ただ捕まえてもらうだけではなく、アルマには俺の支援を掛けさせてもらう」
「鉄角兎を捕まえるのに、支援なんていらない」
侮られていると思ったのか、アルマはむっとした顔になった。
「たしかに、アルマの実力なら、危険な鉄角兎も難なく捕まえられるだろう。だが、支援が掛かったらどうかな?」
「簡単なことが、もっと簡単になる」
「そう思うか? たしかに、支援は能力を向上させるものだ。だが、向上した能力を使いこなせるかは、掛けられた本人にかかっている」
「あ。……なるほど」
アルマは俺が言いたいことを理解したようだ。
「斥候には、速度上昇というスキルがあるな?」
「ある。速度を倍増させるスキル。重ね掛けできて、ボクは五倍までいける」
五倍まで可能か。流石だな。Cランクだと、普通は良くて三倍までだ。
「そのスキルは最初から使いこなせたか?」
「無理。一気にスピードが上がるから、長く訓練して身体を慣らさないといけない。じゃないと、筋肉が千切れたり骨折したりする」
「自分のスキルですらそうなんだ。他人の支援で向上した能力なら、なおのこと容易には使いこなせない。しかも、速度上昇と違って、俺の支援は腕力にも効果を及ぼす。だから、支援に適応するためには訓練が必要だ」
つまり、実験とは、俺の支援に適応できるまで、どれぐらいかかりそうかを調べるためのものだ。その結果次第で、当座の予定が決まってくる。
探索者として優秀だった以前のメンバーでも、全員が支援に適応できるまで半月もかかった。
アルマはどうだろうか?
個人の能力自体はずば抜けているが、それと早く支援に適応できるかは別問題だ。能力が優れている分、支援による変化が大きいため、かえって適応できるまで時間がかかる可能性もある。実際、元メンバーの三人だと、最も能力が優れていたロイドが、一番適応できるまで時間を要した。
「この付近に、何匹の鉄角兎が確認できる?」
俺が尋ねると、アルマは目を閉じ耳を澄ませる。
「付近二百メートル圏内だと、十三匹」
「なら、実験には事欠かないな。鉄角兎を捕まえる際には、速度上昇を使用するように。更に俺が二つの支援を掛けるから、その状態で十秒の間に、一匹以上捕まえてくるんだ。まあ、三回もやれば十分だろう。その結果によって、支援に適応するのに必要な訓練量も見えてくる」
「理解した」
「では、これより実験を開始する」
話術スキル:士気高揚。
俺の宣言と合わせて付与した支援が、アルマの身体を活性化させる。
「気分はどうだ?」
「不思議な感覚。身体の奥底から活力が無限に湧いてくる」
「まず、士気高揚というスキルを使用した。今のアルマは、俺の支援によって、体力と魔力、そしてその回復速度が、25パーセント上昇している状態にある」
「つまり、簡単には疲れない、ってこと?」
「その通り。そして、次に使うスキルが本命だ。話術スキル:戦術展開。アルマが俺の出した指示に従う限り、その全ての行動の結果と効果を、25パーセント上昇させるスキルだ。まあ、この場では細かいことを無視して、全能力が25パーセント上昇する支援を掛けられると思っていい」
俺はアルマがスタートしやすいよう、距離を取った。
「速度上昇は、限界まで重ね掛けしてくれ。単純に計算すれば、五倍掛けでも六倍以上の効果を持つようになる。俺が、捕まえに行け、と言ったらスタートだ。その指示には、戦術展開が付与されている。安心しろ、怪我をしても携帯回復薬ですぐに治してやる」
「了解。――でも、ちょっとだけタイム」
アルマはローブを勢いよく脱ぎ捨てた。ローブの下に着ていたのは、白いレオタード状のレザースーツ。胸元が露出している煽情的なデザインだ。しかも、コルセットベルトを巻いているせいで、アルマの大きな乳房が余計に強調されている。
一見すると防御力が皆無の服だが、おそらく材質は吸血鬼の皮。魔力を通すと、防壁を展開できる特性を持っている。その特性から、本体の防御力に意味は無いため、動きやすさと通気性を重視したデザインをしているのだろう。
手にはロンググローブ、足にはロングブーツが装備されている。そして、その腰のベルトに通されているホルダーには、大振りのナイフが納められていた。
他にも、小さなアイテムポーチや、投擲用の針が入ったケースを身に着けている。露出が多いせいで派手な姿に見えるが、その実態は斥候らしい出で立ちだ。いかにも敏捷そうで、影から敵を仕留めることを前提としている。
「これで動きやすくなった。ばっちこい」
俺は左の袖をまくり、腕時計のストップウォッチボタンに触れた。
「準備が終わったなら、速度上昇を使うんだ」
「了解。――速度上昇――五倍ッ!」
アルマが五倍の速度に達したのと同時に、俺は叫ぶ。
「指示だ! 鉄角兎を捕まえに行け!」
その瞬間、突風が巻き起こり、アルマの姿が掻き消えた。
戦術展開の支援効果がもたらした、限界を超えた超高速移動。注目していたにも拘らず、消えたと錯覚するほどのスピードだ。
ストップウォッチボタンを押した時計の針が、コンマ単位で時間を刻んでいく。――二秒経過。三秒経過。四秒、五秒、六秒、七秒、八秒――
「ただいま」
アルマの声が聞こえた瞬間、俺はストップウォッチを止めた。
「はい、鉄角兎」
俺の背後から突風を伴いながら帰ってきたアルマが、両手いっぱいに抱えた鉄角兎を地面に放り出した。
「全部で十三匹。気絶させてある」
「……十三匹? まさか、全部捕まえてきたのか?」
「そう。あれ? 一匹だけってルールだっけ?」
「いや、一匹以上だから、ルールを破ってはいないな」
「良かった、安心した。それで時間は?」
「八秒六だ」
「時間内だね、やった。全部捕まえちゃったけど、実験はまだ続ける?」
首を傾げるアルマに、俺は苦笑した。
「いや、実験はこれで終わりだ。この結果なら訓練もいらないな」
まったく、大した奴だよ。初めてで、難なく支援に適応するなんてな。わざわざ、こんな実験をした俺が馬鹿みたいだ。
これが、伝説を継ぐ、ということか……。妬ましいね……。
「アルマの訓練が必要無くなったから、予定が空くことになった。そこで、パーティとして仕事を受けようと思う」
「おお、初仕事。深淵に潜るのは初めて」
「残念ながら、深淵関係じゃない。いくらアルマが強くても、壁役も無しに潜るのは危険過ぎるからな。俺たちが受ける仕事は、これだ」
懐から一通の手紙を取り出し、それをアルマに見せる。今朝方、フクロウ便で遠方から届いたものだ。紙質は悪く、少し馬糞の臭いがする。
「ううん? えっと、拝啓ノエル・シュトーレン殿。我がミンツ村の近郊に、盗賊団が現れました。つきましては、その討伐を貴殿に依頼したく存じます。ミンツ村、村長より」
手紙を読み終わったアルマは、訝し気な顔で見上げてくる。
「盗賊団?」
「そう、俺たちの初仕事は、盗賊団の討伐だ」
†
†
悪魔を狩ることだけが、探索者の仕事ではない。
宝探し、秘境探索、変異種狩り、そして犯罪者狩り。
前者二つは滅多にある仕事ではないが、後の二つは一般的なものだ。どれだけ潰しても湧いてくる変異種と犯罪者は、善良な民たちの脅威である。
もちろん、その報酬額は深淵関係のものと比べて少ないが、金をもらえる以上、立派な稼ぎ口だ。
前メンバーの時も、最初から深淵に潜るのではなく、そういった細々とした仕事をこなして金を稼ぎ、パーティの練度を上げていった。
この手の依頼は、中央広場の掲示板に直接貼られている。依頼主は様々だが、大体が集落からのものだ。
領民を守るべき領主は、いつだって仕事が遅い。領主の助けを待っていては、その前に集落は大打撃を被るし、最悪滅びてしまう。だから、自分たちで探索者を雇い、問題を排除しなければいけないわけだ。
ミンツ村の村長との繋がりも、そうした依頼を受けた時のものだ。その時の依頼内容は、変異種の討伐だった。依頼達成後に、また問題があれば助ける、と約束したのは、今は奴隷のロイドである。
約束を覚えていたミンツ村の村長は、問題を速やかに解決するためにも、俺たちに直接依頼を出した方が早いと判断したのだろう。
本当なら、断りの手紙を出すつもりだった。だが、アルマの訓練が必要無くなったことで、パーティ活動をする余裕が生まれた。
報酬にはあまり期待できないが、新しいパーティの力を試すには、ちょうど良い依頼だ。善良な村人を困らせる悪人から、その代償を取り立てるとしよう。
つまり、奴らの全てだ。