030 『美女と野獣』の名場面
ノリノリで新人アイドル、工藤瑞穂の曲を歌う星宮花蓮。今日の為に練習を積んできたのだから自信満々。
気がついたらステージの前には八島鈴さんだけ!古谷三洋くんはともかく、愛しの山根浩二くんは何処に。
あっ!部屋の隅っこに。知らない美少女とコソコソと。コウちゃん!って、一緒にいる娘は古谷くんだった。もう、絶対に男の子には見えないんだもの。
何だろう。女装しているだけだって知っていてもメラメラと燃え上がるこの心の中の炎は!かわいすぎるわよ、古谷くん。私のコウちゃんと離れなさい。
ちょっと・・・。背中をバシって。私もコウちゃんに叩かれたい!んっ。私は変態か?どうしよう。冷静じゃいられない。
二人で肩を組んで戻ってくるコウちゃんと美少女。何てことだ。
「古谷。お前、着替えて来いよ」
「それ、ズルくないか」
「どうしたの古谷くん」
不安そうに古谷くんを見つめる八島さん。そうだった。古谷くんは八島さんの彼氏だった。公園の前で指切りをするようなハートフルな関係。ふふふ。心配する必要なんてこれっぽっちもない。
「それがね」
美少女姿の古谷くんが八島さんに耳打ちする。八島さんは目を丸くしてキョトンとしている。
「コウちゃん。私だけのけ者なんてどう言う事!」
思わずマイクを持ったまま叫んでしまった。キーンという音が室内をこだまする。大きな体をピクッと跳ね上げるコウちゃん。ステージに向かってズンズンと歩いてくる。
「花蓮!」
スクッと目の前に立つコウちゃん。私の三倍以上はあろうかという巨体がプルプルしている。かわいい!
「花蓮。結婚してくれ!」
「えっ」
そりゃー、許嫁なんだから何れはそうしたいけど・・・。いきなり過ぎる。グイグイ迫ってもつれなかったコウちゃん、まだ恋人同士らしいことも何一つしていないとのに。
「花蓮。好きだ。キミを愛している。俺にはキミしかいない」
とんだビックリだ。コウちゃんが私を愛していると言った。初めて聞く言葉。じわじわと体が熱くなっていく。
あれれ。目から熱い雫が・・・。私、泣いているの。
「嬉しい。嬉しいよー」
学園のマドンナ、メガネ女子の生徒会長、星宮花蓮は理知的な姿をかなぐり捨てて山根浩二の胸に飛び込んだ。その姿はまるで『美女と野獣』の名場面の様だ。
山根浩二が大きな手がそっと動いで星宮花蓮のメガネを外す。彼女の涙を指で拭う。途端に彼女の顔が桜色に染まる。その可愛らしい姿に古谷三洋と八島鈴は見惚れた。
「星宮先輩。とても素敵な瞳をしているんだ」
「山根にしか見せたことないらしいぞ」
「お似合いだね。二人」
「そうか。山根は単なるデブだぞ」
「そうかな。山根くんって男らしいかも。星宮先輩の気持ちがわかる」
「だな。デブだが良いやつだ」
「そこのギャラリー。うるさいぞ」
山根が古谷にポイッと星宮先輩のメガネを投げ渡すと彼女の細い腰に大きな腕を回してギュッと抱きしめる。右手を彼女の顎の下に回してクイっと持ち上げる。
真剣な顔で見つめ合う二人。そっと目を閉じる星宮先輩。山根浩二が屈みこんで彼女の唇を奪った。
目の前で展開するメロドラマ。八島鈴は古谷三洋の手をそっと取ってギュッと握った。
山根のやつ。メチャ、カッコイイ。マジかよ。
握られた手を握り返す勇気すらない女装姿の古谷三洋は顔を熱くするのだった。




