011 自宅で床屋さん
「動かないで!」
「そんなことを言われても・・・。くすぐったい」
「坊主にしちゃうぞ」
「それは困る」
「だったら大人しくしていて」
私こと八島鈴はボサボサ頭の古谷三洋の髪の毛を切ってあげている。いや。彼は嫌がったが私が望んだことだ。
なにかと秘密の多い古谷くん。キミが思っているほど、普通男子じゃないから。
ジョキッ。ジョキッ。ジョキッ。
長過ぎる前髪にハサミを入れる。
ほらね。やっぱり。
女の子みたいな長い睫毛。
年頃の男子にありがちな、ぶつぶつニキビもない。
女子が嫉妬するような整った美少年の素顔が現れる。
ドキドキさせられる。
最初からこうしていれば、ぼっちで過ごすこともないだろうに。
男子のやっかみを受けるかもしれないが、少なくとも彼氏のいないクラスの女子はほっておかないだろう。
「まだ終わらないのか」
退屈そうな声にハッとする。彼の素顔にみとれて、手がおろそかになっていた。私は彼の髪を切ることに集中する。
「もうちょっとだから」
・・・・・・
僕こと古谷三洋は学園きっての美少女、八島鈴に髪を切られている。
ダイニングの椅子に座らされているのだが、彼女が動く度に長い黒髪とか、そのー、女の子らしい胸とかが目の前をチラチラ行き来するので落ち着かない。
まいったなー。なんでこんなことになってしまったのか。夕食のお礼を申し出たのがいけなかった。
ってか、お礼がどうして僕の髪を切る事なんだ!納得いかん。
チョキチョキとハサミが奏でる音と髪を切られる感覚は思いのほか心地いいが、それ以上に心臓に悪いものがすぐ目の前に・・・。
髪を切る事に集中して、気づいていないのだろうが時々メッチャ顔が近くなる。それに彼女の制服からミルクのような甘い香りが漂ってくる。どんどんと理性を削られる。
「あっ!」
いきなりなんだよ!
「なに?」
恐るおそる尋ねる。
「だって動くんだもん」
彼女は僕の髪の束を差し出してクククッと笑いをこぼす。
頼むから失敗したとか言わないでくれよ。平凡を望む僕としては、周りに目立つのは困るし、笑われるのはもっと困る。
「ふふっ。冗談だよ」
ぐあっ。脅かすなよ。心臓が跳ねたぞ。風邪が治ったばかりなのに、また熱がでてきそうだ。病み上がりの僕をどうしたいと言うのだ。
「よし、終わり。ずいぶんとイケメンだね」
『イメチェン』なら理解できるが『イケメン』という表現は理解に苦しむ。八島鈴、言い違いじゃないか?
彼女は折りたたみの鏡を制服のポケットから出して僕に手渡す。彼女には悪いが正直、素人のヘアカットだから見るのが怖い。
「こっ、これが僕なのか」
鏡の中で驚愕の表情を浮かべているのは誰だ?
「自分の顔にそんなに驚く人なんて見たことない」
笑顔で鏡を覗き込んでくる八島鈴。むっちゃ顔が近いんですけど。一瞬で僕の顔が赤くなる。
だからやだって言ったんだよ。どうしてくれるんだ。僕はなにかと表情に出やすいんだ。むちゃくちゃ落ち着かない。
赤いだの青いだの、幼なじみにさんざんバカにされて、この髪型ができあがった。
幼なじみの工藤瑞穂がいなくなり、この髪型をそろそろ卒業したいと思ったのがマズかった。
中三の頃と全然、変わっとらん。少しは成長していると信じていたが・・・。
ちょっとは変われるかと体だってこっそり鍛えたのに・・・。
穏やかな心を求めて暮らしていた僕。鏡に映る紅潮してしまった顔はまるで変っていない。むちゃくちゃ恥ずかしい。
ミャー。
足元にじゃれつく黒猫にさえ笑われているように思えてならない。




